
地球の自然衛星は月のみですが、小惑星が一時的に地球の周回軌道に乗って “第2の月” となるケースが稀に存在します。観測史上5例しかないため、このような天体の発見例は注目を集めます。一方で、このような天体は天然物ではなく、地球の重力を振り切った人工物(スペースデブリ)である可能性もあります。
2026年8月20日に発見された「Sar2901」という天体は、現在のところ正体不明のまま注目を集めています。6例目の “第2の月” である可能性がある一方で、事故で有名になった「アポロ13号」に関連した部品である可能性も考えられているためです。
現在、Sar2901が天然の天体なのか、それとも人工物であるのかは、意見が真っ二つに分かれています。この状況は国際機関にも伝わっており、 “仮の名前が付けられる前段階” であるにも関わらず、特別な電子回報を発行するほどとなっています。
「小惑星電子回報」には特別なバージョンがある
IAU(国際天文学連合)が監督する国際機関「小惑星センター」は、私たちの太陽系にある小惑星、彗星、衛星などの小天体の情報をまとめています。この小惑星センターが発行する出版物の1つに「小惑星電子回報(MPEC)」があります。
小惑星電子回報は通常、珍しい小惑星と、全ての彗星や衛星に対して発行されますが、稀に「編集部からのお知らせ(Editorial Notice)」も発行されます。これは天文学における新しいルールのお知らせや技術的な連絡事項などを含みますが、大半は極めて珍しい軌道を持つ小惑星の観測を呼び掛けたり、様々な理由で発見が撤回された小惑星情報の削除を通知するものです。
小惑星電子回報の発行対象となるのは、原則として小惑星センターに「仮符号」が登録されている小天体のみとなります。仮符号とは、小天体1つ1つに与えられた機械的な固有名です。ある程度の観測情報が出揃い、一定の確かさで公転軌道が確定した天体に対してのみ、仮符号が発行されます。
逆に、観測情報が不足しており、仮符号が発行されていない天体は、観測者や天文台に基づく追跡識別子で呼ばれます。この段階では軌道が不正確であり、実在しない可能性や、既に発見済みの小惑星を誤認した可能性もあります。その性質上、通常は小惑星電子回報で言及されることはありません。
異例の回報発行となった天体「Sar2901」とは?

2026年9月2日、非常に例外的な小惑星電子回報『MPEC 2026-R09』が発行されました。これは、まだ仮符号が付いていない小天体「Sar2901」に対して発行されたものです。
後述する通り、Sar2901は公式には天然の小惑星として “発見” されたわけではないため、この段階で観測を呼び掛ける小惑星電子回報が発行されるのは異例です。筆者が知る限り、仮符号発見前に、観測の呼びかけのために編集部からのお知らせが発行されるのは初めてのことです。
Sar2901は、2026年8月20日に、アメリカ・アリゾナ州にある「ローウェル・ディスカバリー望遠鏡」によって初めて観測されました。その後、2箇所の天文台も観測し、合計で8回の観測情報が得られた後、見失われています。

Sar2901が注目されているのは、その軌道が地球の周りを一時的に周回する “第2の月” (ミニムーン)となっているためです。軌道を見てみると、Sar2901は地球の周りを1周しているようには見えませんが、地球を中心とする軌道には乗っていることから “第2の月” と呼ばれています(※1)。 “第2の月” は珍しい存在であり、観測で “第2の月” であると証明された天体はこれまでに5例しかありません。もしもSar2901が “第2の月” であるならば、観測史上6例目となります。
※1…正確に言えば、地球を中心とした軌道エネルギーがマイナスの値を取っている期間がある天体のことを “第2の月” と呼んでいます。
しかし、Sar2901が “第2の月” であるかどうかは確定していません。小惑星センターが珍しい小惑星電子回報を発行した理由は、これに関連しています。
Sar2901の正体はアポロ13号関連部品?
まず、Sar2901の軌道ははっきりと確定していません。 “第2の月” である可能性は高いと見られているものの、それでも確定段階ではありません。
そして、Sar2901は天然の天体であるかどうかも確定していません。Sar2901は天然の天体ではなく、人工物(スペースデブリ)である可能性が天文学者のコミュニティでも議論されているのです。
Sar2901のような “第2の月” の軌道を解析すると、過去にも地球の近くにいたことが推定されます。もしもこの時期に、地球の重力を振り切るような速度でロケットの部品などの人工物が飛び出していた場合、それは天然の天体ではなく、人工物である可能性があることになります。

天文学者のMarshall Eubanks氏は、Sar2901は1970年4月10日から20日にかけて地球に接近していたと主張しています。この時期に地球の重力を振り切ってどこかに行ってしまった人工物として、「アポロ13号」の部品があります。1970年4月14日、月を目指していたアポロ13号の機械船の酸素タンクが爆発し、大きな損傷を受けた出来事がありました。この時に吹き飛んだ外装の板がSar2901の正体である可能性があります。
これとは別の可能性として、アポロ13号の打ち上げ時に投棄された、4枚のパネルのうちの1枚である可能性も考えられます。先ほどの機械船のパネルとは異なり、こちらは正常に切り離されたパネルとなります。
アポロ13号の事故で “宇宙の藻屑” となった部品が見つかったかもしれないと聞くと、ある種のロマンを感じさせます。ただし、Sar2901の正体が人工物なのか、ましてやアポロ13号に関連する部品なのかは確定した結論ではなく、人工物であること自体に否定的な声も多く存在します。これは、Sar2901の観測データが少なく、そこから計算される公転軌道も不確かであることから、Sar2901の位置を長期的に予測することが難しいためです。例えば、アマチュア天文家のTony Dunn氏は、1970年に地球の近くにあったという可能性自体を否定しています。
いずれにしても、天文学者のコミュニティは、Sar2901の正体について、天然の天体であるという意見と、人工物であるという意見とで真っ二つに割れています。小惑星電子回報でも、この状況は言及されています。
正体がはっきりするのは2026年末か
始めは “第2の月” の候補に挙げられながら、実際には人工物であった事例はいくつか存在します。例えば、2002年に見つかった「J002E3」は、アポロ12号のS-IVBであることがほぼ確定しています。2020年には、発見後に小惑星の仮符号が振られた「2020 SO」がありますが、1966年に月探査機「サーベイヤー2号」を打ち上げたロケット「アトラス・セントール」の固体ロケットブースターであることが後に判明し、小惑星としての登録が取り消されています。
いずれにしても、Sar2901の正体をはっきりさせるには、追加の観測が欠かせません。今回の小惑星電子回報は、まさに観測の呼びかけのために発行されています。現在、Sar2901は暗すぎて天文台からも見えませんが、2026年11月中旬から下旬にかけて再び観測可能になると予想されています。11月から12月にかけて観測データが揃えば、Sar2901の正体に迫るデータが得られると予想されます。

もしもSar2901が天然の岩塊ではなく人工物である場合、太陽から受けた光や熱の影響で、軌道が大きく変化します。予想外に大きな軌道の変化が観測されれば、Sar2901は人工物である可能性が高くなります。また、金属や塗料を示すスペクトルデータが得られれば、Sar2901はほぼ確実に人工物であると確定することになります。
いずれにしても、Sar2901の正体が判明するのは、早くても2026年末頃となるでしょう。しかし正体が何であれ、珍しい小惑星電子回報が発行されるほどには、天文学者のコミュニティはこの天体に注目しています。
ひとことコメント
“第2の月” かアポロ13号関連か。Sar2901の正体は謎だけど、国際機関が反応するくらいにはびっくりな発見よ!(筆者)
文/彩恵りり 編集/sorae編集部
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参考文献・出典
- Minor Planet Electronic Circular. “MPEC 2026-R09 : EDITORIAL NOTICE: On Previous NEOCP Object Sar2901”.(Minor Planet Center)
- “"Pseudo-MPEC" for Sar2901”.(Project Pluto)
- Avi Loeb. “Is the Mini-Moon Sar2901 a Lost Panel from Apollo 13?”.(Medium)
























