地球の近くを通過する小惑星は、時々地球の重力で捕獲されて周回軌道に乗る、一時的な “第2の月” となることがあります。ただし、大半はあまりにも小さいために観測されておらず、たまに見つかっても、その多くはロケットなどの人工物を誤認しているケースです。地球を周回する小惑星が真に天然の天体であった事例は稀であり、確実なものはこれまでに4例しかありません。
マドリード・コンプルテンセ大学のCarlos de la Fuente Marcos氏とRaúl de la Fuente Marcos氏の研究チームは、2024年8月に見つかったばかりの小惑星「2024 PT5」の公転軌道を解析したところ、同年9月29日から11月25日まで(世界時)、地球の重力に一時的に捕獲される “第2の月” となることを示しました(※1)。研究者は、捕獲される前後の軌道から、2024 PT5が人工物である可能性は低いと考えているため、5例目の “第2の月” となる可能性があります。また、地球周回軌道に入る前に発見され、 “第2の月” となることが事前に予測されたのは2024 PT5が初めてです。
※1…この記事では、特に記載がない限りは世界時で日時を表します。
地球の “月” はいくつある?
地球の周りを公転する衛星はいくつあるのでしょうか? 通常は「月」の1個しかないと答えるところですが、厳密には「天然の天体」かつ「恒久的な衛星」という但し書きが必要になります。
「天然の天体」は人工衛星を排除しているという意味なので分かりやすいですが、では「恒久的な衛星」の反対である「一時的な衛星」とはなんでしょうか? 地球の近くを通過する無数の小惑星は、地球に接近することでその重力を受け、軌道が変更されたり、たまに衝突することもあります。特に、地球に対する相対速度が遅い小惑星は、地球の重力によって捕獲されることがあるため(※2)、それまでの太陽を重力的中心とする公転軌道から、地球を重力的中心とする公転軌道に変化することがあります(※3)。
※2…より正確には、地心エネルギー(Geocentric energy)が負の値となる期間。
※3…これに対し、見た目だけは地球の周りを公転しているように見えても、実際には地球が重力的中心ではない天体は、地球の「準衛星(Quasi-satellite)」と呼びます。
地球を重力的な中心とする公転軌道はまさしく衛星であるため、これを「不規則天然衛星(Irregular Natural Satellites; NES)」と呼ぶこともありますが、どちらかと言えば口語的な “第2の月” や “ミニムーン” の方が、論文などでもよく使われます。とはいえ、このような小惑星の軌道は、地球を周回する月の重力の影響で不安定であり、長くても数年後に周回軌道を離脱し、再び太陽中心の軌道へと戻ります。
シミュレーションによれば、このような “第2の月” は、常に入れ替わりながら存在し続けると考えられており、例えば直径1mの小惑星は常時1個以上、一時的に地球の周りを周回していると考えられています。ただし直径1mとは、よほど条件が良くなければ観測できない大きさです。常時あるはずなのに見つかっていないということは、大半が見逃されていることになります。
それでも、たまに “第2の月” の発見報告はあります。ただしその多くは、人工物の誤認である可能性が高いと考えられており、いくつかは正体が確定しています。例えば2003年に発見された「J002E3」は、1969年に「アポロ12号」を打ち上げるのに使われたサターンVロケットの第3段ステージS-IVB-507と確定しています。誤って小惑星として正式に登録される場合もあり、例えば2020年に発見された「2020 SO」は、天然の天体として小惑星の登録もされた “第2の月” の候補でしたが、後に1966年に月探査機「サーベイヤー2号」を打ち上げたアトラス・セントールだと確定し、小惑星としての登録が外されています。
このような背景の下、真に天然の天体が “第2の月” になったと確実視されている事例はこれまでに4例あります(※4)。このうちの「2006 RH120」と「2020 CD3」の2例は、地球の周りを1周以上した「一時的に捕獲された周回天体(temporarily captured orbiters)」に、残りの「1991 VG」と「2022 NX1」の2例は、地球の周りを1周する前に離脱した「一時的に捕獲されたフライバイ天体(temporarily captured flybys)」にそれぞれ分類されます。
※4…1913年に観測された流星群「シリリッド」、2016年に観測された火球「DN160822_03」は、落下前に地球の周りを周回していたと推定されています。小惑星「2023 FY3」は過去または未来に地球周回軌道に入る可能性が示されていますが、具体的な時期は不明です。
関連記事
・地球の第2の月、通称「ミニムーン」が発見される。ただしあとわずかで離脱(2020年2月28日)
・地球のもうひとつの月「ミニムーン」再び。今度は人工物かも(2020年9月27日)
観測史上5番目の “第2の月” 「2024 PT5」を発見
Carlos de la Fuente Marcos氏とRaúl de la Fuente Marcos氏の研究チームは、最近発見された小惑星「2024 PT5」に注目し、解析結果をアメリカ天文学会の研究ノート(査読なし)に投稿しました。2024 PT5は2024年8月7日に「小惑星地球衝突最終警報システム (ATLAS)」で発見された、直径約10mと推定される小惑星です。地球とかなり似た公転軌道を持っており、地球に接近する際には1km/sを下回る、かなり遅い相対速度となります。2024 PT5は、このような地球と似た公転軌道を持つ小惑星のグループ「アルジュナ群」に分類されました。
研究者は、2024 PT5の公転軌道のデータに基づき、地球や月の重力の影響を受け、どのような軌道へと変化するのかをシミュレーションしました。その結果、2024 PT5は地球接近時の重力で軌道が変更され、2024年9月29日20時2分(日本時間30日5時2分)から同年11月25日10時33分(日本時間同日19時33分)まで地球の周回軌道に入ることが分かりました。つまりこの約2か月間、2024 PT5は地球の “第2の月” となります。これは観測史上5例目となります。また、2024 PT5は “第2の月” になる前に発見及び予測されていますが、これは観測史上初めてのことです。
周回状態となっている期間が短いため、2024 PT5は地球の周りを1周する前に地球周回軌道を離脱します。このため2024 PT5は3例目の一時的に捕獲されたフライバイ天体に分類されます。特に、地球の周回軌道となる前後も含め、その公転軌道は前回の例である2022 NX1とそっくりです。このことから研究者は、2024 PT5は人工物である可能性は低いと考えています。
“第2の月” である期間中、2024 PT5は地球と月との距離の約10倍(350~400万km)の距離にあります。直径約10mと小さいため、地上からの視等級は22等級と、残念ながら肉眼はおろか、大型の望遠鏡でないと見ることは不可能です。
“第2の月” となりうる小惑星は、地球周回軌道を離脱した後も、数十年後に再び地球に捕獲される可能性があります。2024 PT5の場合、次回は2055年になると予測されています。
Source
- Carlos de la Fuente Marcos & Raúl de la Fuente Marcos. “A Two-month Mini-moon: 2024 PT5 Captured by Earth from September to November”.(Research Notes of the AAS)
- Minor Planet Electronic Circular. “MPEC 2024-P170 : 2024 PT5”.(Minor Planet Center)
- Kelly Kizer Whitt. “Earth to get an asteroid mini-moon for 2 months”. (EarthSky)
- “Tony Dunn氏のX(旧Twitter)”.
- Mikael Granvik, Jeremie Vaubaillon & Robert Jedicke. “The population of natural Earth satellites”.(Icarus)
- R. de la Fuente Marcos, et al. “Mini-moons from horseshoes: A physical characterization of 2022 NX1 with OSIRIS at the 10.4 m Gran Telescopio Canarias”.(Astronomy & Astrophysics)
文/彩恵りり 編集/sorae編集部