たった1つのデータから小惑星「2001 CC21」の形状を推定 はやぶさ2探査予定天体
【▲ 図1: 今回の研究結果に基づいて作成された、2001 CC21のモデルと、その近くを通過するはやぶさ2の想像図。詳細は後述しますが、2001 CC21の想像図はイトカワのモデルが転用されています。(Credit: 有松亘 & 宇宙航空研究開発機構(JAXA))】

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の機「」は、現在拡張ミッションを行っており、2026年には98943番小惑星「2001 CC21」の近くを通過しながら撮影と観測を行うが予定されています。しかし、高速で通過する探査機が小さな小惑星を捉えるには、その正確な形状を事前に知っておく必要があります。

京都大学白眉センターの有松亘氏などの研究チームは、2023年3月5日に日本で観測された、2001 CC21による恒星の掩蔽(えんぺい)(※1)と呼ばれる現象(後述)の観測データを元に、2001 CC21の形状の推定を行いました。新たな掩蔽データ分析手法「ドウシテ(DOUSHITE)」により、たった1地点の掩蔽の観測データから、2001 CC21のシルエットが約840m×約310mの楕円形であると割り出しました。

※1…小惑星が恒星を隠す現象は通常「星食(恒星食)」と呼ばれますが、今回はプレスリリースの表現を優先して「掩蔽」と呼びます。

今回の研究結果からドウシテは、少ないデータから小惑星の形状を明らかにする強力なツールであることが伺え、掩蔽の観測データが不足している他の小惑星の形状推定にも生かされることが期待されます。

【▲ 図1: 今回の研究結果に基づいて作成された、2001 CC21のモデルと、その近くを通過するはやぶさ2の想像図。詳細は後述しますが、2001 CC21の想像図はイトカワのモデルが転用されています。(Credit: 有松亘 & 宇宙航空研究開発機構(JAXA))】
【▲ 図1: 今回の研究結果に基づいて作成された、2001 CC21のモデルと、その近くを通過するはやぶさ2の想像図。詳細は後述しますが、2001 CC21の想像図はイトカワのモデルが転用されています。(Credit: 有松亘 & 宇宙航空研究開発機構(JAXA))】

■はやぶさ2の次の目標天体「2001 CC21」

JAXAの機「はやぶさ2」は、2020年12月に162173番小惑星「リュウグウ」のサンプルをに届けた後、現在は拡張ミッションを行っています。ミッションの1つとして、2026年7月に98943番小惑星「2001 CC21」の付近を通過し、撮影や観測を行うことが計画されています。

着陸を果たしたリュウグウと異なり、2001 CC21に対しては高速で付近を通過するを行う予定です。推定直径約500mの2001 CC21の近くを、相対速度約5km/sという高速で通過することから、狭い的を狙う流鏑馬(やぶさめ)のごとく、観測のチャンスは一瞬しかありません。観測をうまく行うには、2001 CC21の正確な位置だけでなく、その形状を事前に知っておく必要があります。

から遠く離れた小惑星の形状を知るには、「掩蔽」という現象が利用されます。掩蔽とは、観測者から見て、見た目の大きさが小さい天体の手前を、見た目の大きさが大きい天体が横切る現象です。小惑星の形状を知る手段としては、恒星の手前を小惑星が横切る掩蔽が利用されます。

恒星はあまりにも遠くにあるため、通常は1点の光源であると見なせます。その手前を小惑星が横切ると、隠されている間だけ恒星が見えなくなります。での観測場所の位置が違えば、天体の見た目の位置もずれるため、恒星が見えなくなるタイミングや時間は観測者によって異なります。これらのデータを合わせれば、小惑星の形状が “影” として現れます。これが掩蔽による小惑星の形状を知る手段です。

掩蔽の観測は、複数の観測地点で同時に行うほどデータが確かなものとなります。このため小惑星の掩蔽を観測するプログラムには、プロの天文学者だけでなく、アマチュアの観測者も多数参加します。これは天文学にしばしばみられる市民科学(シチズンサイエンス)の典型例と言えるでしょう。

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■掩蔽の観測に成功!(ただし1地点)

2001 CC21は、2023年3月5日にきりん座の方角にある恒星「TYC4082-00763-1」を掩蔽すると予測されました。小惑星の形状を探るために掩蔽の観測が試みられることは時々ありますが、2001 CC21はいくつかの点で困難がありました。

まず、2001 CC21の推定直径が約500mと極めて小さいことです。つまり掩蔽が観測できるのは、この幅とほぼ同じ幅の帯状の領域のみとなります。一方で2001 CC21の公転軌道は当時まだ誤差が大きかったため、その十数倍もの広い範囲が、掩蔽の観測ができる可能性のあるエリアとなります。候補となる領域自体が広いため、小さな小惑星は観測自体が失敗する確率が高くなります。実際、直径1km未満の小惑星の掩蔽を観測した例はほとんどありません。

2023年3月5日に発生した掩蔽では、日本の中国地方と四国地方の合計20地点で掩蔽の観測が試みられました。その結果、東広島市で観測を行っていた井田三良氏が唯一、2001 CC21によるTYC4082-00763-1の掩蔽を捉えることに成功しました(※2)

※2…17地点は掩蔽の観測に失敗し、2地点は機材トラブルで観測自体が行われていません。

【▲ 図2: 2023年3月5日に行われた掩蔽の観測結果。観測が行われた18地点のうち、掩蔽を捉えたのは1地点だけです(14番の線上にある太い部分が、掩蔽が起きた時間を表しています)。このため掩蔽のデータから予測される形状は、ある部分の長さだけの “線” となってしまいます。(Credit: 有松亘, et al.)】
【▲ 図2: 2023年3月5日に行われた掩蔽の観測結果。観測が行われた18地点のうち、掩蔽を捉えたのは1地点だけです(14番の線上にある太い部分が、掩蔽が起きた時間を表しています)。このため掩蔽のデータから予測される形状は、ある部分の長さだけの “線” となってしまいます。(Credit: 有松亘, et al.)】

掩蔽の観測自体は素晴らしい成果ですが、1地点の観測データだけでは他の観測データとの比較ができないため、2001 CC21の形状を知ることはできません。掩蔽が継続した時間が約0.105秒であったことから、2001 CC21のある部分の長さは449±12mであることは分かりますが、それが2001 CC21にとって最長の長さなのか、最短の長さなのか、それとも平均的な長さなのかは、このままでは分かりません。

■1地点の観測データから形状を推定する「ドウシテ」を開発

有松氏らの研究チームは、この1地点の掩蔽観測データから、2001 CC21の形状を知ることはできないかと考え、光の回折に着目した分析を行いました。回折とは、波が物体の周辺を回り込む現象です。壁を挟んだ裏側でも電波が届く現象が身近な例ですが、目に見える光(可視光線)でも回折は発生します。

恒星の光が小惑星で回折すると、掩蔽の観測データとしては恒星の見た目の明るさの微細な変化として観測されます。回折の度合いは小惑星の形状や大きさに左右されるため、回折のデータを分析することで、小惑星の形状をモデル化することができます。

【▲ 図3: ドウシテによって推定された2001 CC21の形状。細い線の1本1本がそれぞれ1つの形状を予測しており、重なりの多い部分から、最も妥当と思われる楕円形の形状が見えてきます。(Credit: 有松亘, et al.)】
【▲ 図3: ドウシテによって推定された2001 CC21の形状。細い線の1本1本がそれぞれ1つの形状を予測しており、重なりの多い部分から、最も妥当と思われる楕円形の形状が見えてきます。(Credit: 有松亘, et al.)】

有松氏らは、掩蔽による明るさの変化から、回折現象を仮定して小惑星の形状を割り出す解析手法「ドウシテ」を開発しました。そしてデータの解析結果から妥当な形状を割り出すと、短軸と長軸の比率が0.37±0.09という楕円形が浮かび上がることが分かりました。これは長さに直すと、約840m×約310mの楕円形となります。つまり、ドウシテから割り出された2001 CC21は、少なくとも先述の大きさの楕円形で表されるシルエットを持つことになります。

掩蔽という、小惑星の “影” を利用する観測手法である以上、得られる形状は2次元的です。しかしそれは、複数の観測データを組み合わせて形状を割り出す、今までの手法と代わりはありません。むしろ、たった1回の観測データから形状を割り出したという点で、今回の研究結果は優れていると言えます。

今回の研究結果は、2001 CC21の形状データが必要であるはやぶさ2の拡張ミッションに役立てられるだけでなく、他の小惑星の掩蔽観測でも生かされることが期待されます。

■ユーモアにあふれた研究発表

ここからは余談となります。まず、今回開発された解析手法はどうして「ドウシテ」という名前なのでしょうか。DOUSHITEは「Diffracted Occultation's United Simulator for Highly Informative Transient Explorations」の略であり、直訳すれば「回折掩蔽統合シミュレーターによる非常に有益な過渡現象の追及」となります。

ドウシテを命名した有松氏は以前、京都大学吉田キャンパス施設屋上に設置した、惑星の表面で発生するに由来する閃光を観測する小型観測システムに「ポンコツ(PONCOTS)」と命名していますので、同じようにシャレを利かせたものだと言えます。なおPONCOTSは「Planetary ObservatioN Camera for Optical Transient Survey」の略であり、直訳すれば「光学的過渡現象測定用惑星観測カメラ」となります。

【▲ 図4: 当初投稿予定であったリリース図(詳細は本文を参照)。(Credit: 有松亘 & 宇宙航空研究開発機構(JAXA))】
【▲ 図4: 当初投稿予定であったリリース図(詳細は本文を参照)。(Credit: 有松亘 & 宇宙航空研究開発機構(JAXA))】

また、この記事の冒頭でも紹介した、するはやぶさ2と共に描かれた2001 CC21の想像図は、実は初代の「はやぶさ」がサンプルリターンを行った25143番小惑星「イトカワ」の3Dモデルを元に作られています。京都大学OASES/PONCOTSプロジェクトのX(旧Twitter)ではこの理由が述べられています。今回の研究で、ドウシテによって割り出された2001 CC21の楕円形は、余りにもイトカワそっくりです。そのため当初のリリース図は小惑星にモザイクをかけて読者の想像を掻き立てる方針であったとのことです。しかし、「これはこれで変な文脈が発生しそうだという指摘を受けキャンセル」し、この記事冒頭と同じリリース図が使用されました。

このようなユーモアにあふれた命名や対応は、普段科学に馴染みのない一般の人々に向けて、たとえ笑いからでも興味を持ってほしい、そして天文学で重要である市民科学の参加者を増やしたいという、研究者の願いの発露であるとも言えます。最後に、そのような願いが分かる有松氏のコメントを引用します。

「掩蔽観測楽しいよ!みんなやってみて!」

 

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文/彩恵りり 編集/sorae編集部