小惑星「レオナ」による「ベテルギウス」の星食を観測
【▲図1: レオナによる星食が起きた時のベテルギウスの明るさの変化。 (Image Credit: Antonio Piras氏のビデオよりキャプチャ) 】

恒星の手前を小惑星が横切って恒星を隠す「星食(恒星食)」(※1)という現象は珍しくありませんが、見た目の直径が大きい「ベテルギウス」で発生する星食は興味深いものです。ベテルギウスで発生する星食は、巨星の膨張した大気を調べるために役立つ可能性があります。

※1…見た目の直径が大きな天体が小さな天体を隠す現象は一般的に「掩蔽(Occultation)」と呼ばれますが、小惑星による恒星の掩蔽は通常「星食」と呼ばれるため、本記事では星食と表現します。

協定世界時2023年12月12日1時頃、ベテルギウスの手前を319番小惑星「レオナ(Leona)」が横切る星食現象が南ヨーロッパの各地で観測されました。観測データの分析はこれからであるものの、ベテルギウスに関する理解をさらに深めることが期待されます。

【▲図1: レオナによる星食が起きた時のベテルギウスの明るさの変化。 (Image Credit: Antonio Piras氏のビデオよりキャプチャ) 】
【▲図1: レオナによる星食が起きた時のベテルギウスの明るさの変化(Credit: Antonio Piras氏のビデオよりキャプチャ))】

■ベテルギウスの「星食」は極端

恒星の手前を小惑星が横切る「星食」という現象は、知名度こそあまりありませんが、恒星も小惑星も文字通り “星の数ほど” 存在するため、世界中で年間数百回の発生が予測される珍しくない現象です。

小惑星による恒星の星食が起こると、恒星が数秒間消えたように見えます。恒星は小惑星よりずっと大きな天体であるものの、観測者(地球)から恒星までの距離は小惑星までの距離と比べてずっと遠いため、恒星は大きさのない1点の光として観察されるからです。

恒星が1点の光であることは、主に小惑星の研究に役立ちます。小惑星による恒星の星食を各地で観測し、星食の起きた時間や長さを記録することで、小惑星の形状を知ることができるためです。また、恒星の消え方をより詳しく調べることで大気や環を観測できる可能性もあります。

関連記事: 「クワオアー」に2本目の環を発見 両方ともロシュ限界の外側 (2023年5月13日)

しかし、いくつかの恒星は例外的に、点ではなく直径を認識できる大きさで観察されることがあります。その代表例が、見た目の大きさが3番目に大きな恒星である「ベテルギウス」です(※2)。ベテルギウスは性能の高い望遠鏡ならば、その表面の色の違いを観察できるほど大きな恒星です。また、ベテルギウスは1等星として古代から観測記録があるため、恒星の最期の期間である巨星の状態を詳細に観測できる貴重な研究対象でもあります。

※2…ベテルギウスより見た目の直径が大きい恒星は「太陽」と「かじき座R星」です。

ベテルギウスの見た目の直径が大きいことは、小惑星による恒星の星食でも例外的な状況を作りだします。例えば、2012年1月2日には147857番小惑星「2005 UW381」によるベテルギウスの星食が発生しましたが(※3)、2005 UW381の見た目の大きさがベテルギウスよりはるかに小さいために、ベテルギウスはわずか0.01等級しか暗くなりませんでした。普通の星食では恒星の全てが覆われて真っ暗になってしまうことを考えると、これはかなり例外的な現象と言えます。

※3…見た目の大きなベテルギウスの手前を、はるかに小さな2005 UW381が通過しているため、正確には「通過(トランジット / Traisit)」と表現できるほどの比率ですが、注釈1と同じく、これも星食と表現します。

■ベテルギウスの星食を起こす小惑星「レオナ」の形状

【▲図2: 予測されたレオナによるベテルギウスの星食の範囲。南ヨーロッパ地域を中心に、一部は北アメリカ大陸地域を含む狭い帯状の範囲での観測が予測されました。 (Image Credit: Asteroid Occultation Predictions) 】
【▲図2: 予測されたレオナによるベテルギウスの星食の範囲。南ヨーロッパ地域を中心に、一部は北アメリカ大陸地域を含む狭い帯状の範囲での観測が予測されました(Credit: Asteroid Occultation Predictions)】

そういった背景の中で、2023年12月12日、別の小惑星である319番小惑星「レオナ」によるベテルギウスの星食が、主に南ヨーロッパで観測可能であると予測されていました。

今回の星食は先述の2005 UW381よりも注目されています。レオナも2005 UW381も小惑星帯の軌道を公転する小惑星ですが、2005 UW381の直径は約7kmと予測されるのに対し、レオナの直径は直径約50~90kmとより大きいため、地球から見たレオナの見た目の大きさは、ベテルギウスの見た目の大きさとほぼ等しいと予測されるためです。

このため、レオナによるベテルギウスの星食は、ベテルギウスの全て、または大部分を隠す可能性があるものとしてより注目されました。理想的な観測条件ならば、ベテルギウスの明るさが約12秒に渡って暗くなると予測されました。また、星食の大部分は肉眼では見えないほど暗い恒星で発生するものであるため、1等星であるベテルギウスで発生する星食という意味で、一般にも注目されました。

【▲図3: レオナの形状は、2023年9月13日に発生した別の恒星の星食で正確に計測され、ベテルギウスの星食の観察に役立つデータとなりました。 (Image Credit: J. L. Ortiz, et al.) 】
【▲図3: レオナの形状は、2023年9月13日に発生した別の恒星の星食で正確に計測され、ベテルギウスの星食の観察に役立つデータとなりました(Credit: J. L. Ortiz, et al.)】

レオナはベテルギウスの星食の直前となる2023年9月13日に、別の恒星である「Gaia DR3 3347400001862704896」(視等級約10等級)の星食を発生させていました。この星食の観察により、レオナの正確な直径(79.6×54.8km)と形状が判明しています。このデータから、ベテルギウスの星食の時期におけるレオナの見た目の大きさは約46×41ミリ秒角であると計算されました。

ベテルギウスの見た目の大きさは約40ミリ秒角であるため、単純に考えれば、ベテルギウスはレオナによる “皆既食” が発生します。一方で、地球の大気の影響によって、ベテルギウスは約50ミリ秒角まで拡大して見えることもあるため、その場合にはレオナによる “金環食” が発生することになります。特に “金環食” が発生する場合、ベテルギウスからの光が一時的に外層部分のみとなるため、稀なデータを得られる可能性があります。

しかし、今回の星食ではどのような現象が発生するのか、また今回の星食はどこで観測可能なのかは、予測精度の限界から実際に観測できる時まで不明な点も多くありませんでした。

■予測通りの星食を観測!

【▲図4: 青で表されたのが、ベテルギウスの光度曲線 (明るさの変化) 。雲がかかったことによる明るさの変化が前後に見られますが、星食時の光度曲線 (赤色縦線の部分) は非常に鋭く、かつ左右対称な形状をしていることが分かります。 (Image Credit: Tim Haymes (IOTA/ES, BAA) ) 】
【▲図4: 青で表されたのが、ベテルギウスの光度曲線 (明るさの変化) 。雲がかかったことによる明るさの変化が前後に見られますが、星食時の光度曲線 (赤色縦線の部分) は非常に鋭く、かつ左右対称な形状をしていることが分かります(Credit: Tim Haymes (IOTA/ES, BAA))】

協定世界時2023年12月12日1時9分から27分にかけて、主に南ヨーロッパ地域を中心に、ベテルギウスの星食の観測が試みられました。しかし当日は雲がかかった地域が多く、例えば南ヨーロッパ地域以外の主要な観測地点であるアメリカのフロリダでは観測に失敗し、その他の地域でも薄曇りの影響を受けました。それでも、主にイタリア、スペイン、ポルトガルで多くの観測記録が得られました。

このような理想的とは言えない観測状況であったことや、分析に時間がかかることもあり、現時点で主要な情報はまとまっていません。それでも現時点では以下のことが分かっています。

ベテルギウスの明るさは最大で11秒間減少し、減光の度合いは2等級以上でした。これは事前の予測とおおむね一致します。そして、肉眼的には一瞬真っ暗になったという報告もあるものの、望遠鏡による詳細な明るさの記録を見る限りでは、完全に真っ暗になった瞬間はありませんでした。これは、レオナがベテルギウスを完全には隠さなかったことを意味します。

【▲図5: ベテルギウスのスペクトルデータ。上側が星食中のデータであり、下側の通常時のデータとは異なることが分かります。 (Image Credit: Sebastian Voltmer) 】
【▲図5: ベテルギウスのスペクトルデータ。上側が星食中のデータであり、下側の通常時のデータとは異なることが分かります(Credit: Sebastian Voltmer)】

レオナがベテルギウスを完全に覆い隠さなかった理由は、先述の通り地球大気の影響によるものであるか、もしくはベテルギウスの実際の直径が予想よりずっと大きい可能性が考えられます。巨星の物理的な性質には不明確な部分があるため、この可能性も十分考えられます。

興味深いことに、Sebastian Voltmer氏によって、ベテルギウスの星食の前後のスペクトルデータも得られています。このデータから、ベテルギウスの外層の様子がよりはっきりと分かるかもしれません。その場合、ベテルギウスの実際の大きさや、それを通じてさらに詳細な状況が判明するかもしれません。

 

Source

文/彩恵りり

関連記事