天文学の時間測定に関わる「タリウム205」の珍しい崩壊を初観測 猛毒の扱いを工夫し40年越しに成功

寿命末期の恒星から宇宙空間に放出された物質である「分子雲」は、太陽のような新たな恒星の原料物質となります。分子雲が形成された後、太陽として集合するまで宇宙空間を漂っていた時間は数千万年であったと言われています。これはいくつかの種類の原子核(同位体)の量を分析することによって導き出されましたが、最も正確に計算するには「鉛205」と呼ばれる原子核の量を測る必要があります。正確な量の測定のためには、普段は安定しているものの、電子を全て剥がして原子核が剥き出しになった時のみ生じる「タリウム205」の「束縛状態β(ベータ)崩壊(Bound-state β decay)」を観察する必要があります。

タリウムの毒性の強さから、タリウム205の観察実験は数十年間実行できていませんでしたが、ブリティッシュコロンビア大学のGuy Leckenby氏を筆頭とする国際研究チームは、実験方法を工夫することによって、タリウム205の束縛状態β崩壊を観察することに初めて成功しました。今回の実験での測定結果により、分子雲が形成された後、凝集して太陽になるまでの時間は推定1000万~2000万年となり、他の原子核による推定値の範囲内であることがわかりました。

図1: AGB星から放出される物質が分子雲となり、分子雲が凝集して太陽が形成されることを表したアーティストの印象によるイラスト。
【▲ 図1: AGB星から放出される物質が分子雲となり、分子雲が凝集して太陽が形成されることを表したアーティストの印象によるイラスト。(Credit: Danielle Adams(TRIUMF))】

太陽形成の年代推定に関わる「タリウム205」の「束縛状態β崩壊」

寿命を迎えたり、もうまもなく迎える恒星は、大量の塵やガスを宇宙空間へと放出します。このようにして形成される「分子雲」は、重力で1点に寄り集まると、新たな恒星を形成します。太陽系の中心にある太陽も、このようにして形成されたと考えられています。では、分子雲が形成された後、太陽になるまでの時間、言い換えれば宇宙空間で変化せずに漂っていた時間はどのくらいになるのでしょうか?

この時間は、「AGB(漸近巨星分枝)」と呼ばれる段階に達した恒星の内部で形成される、重い原子核の存在量によって測ることができます(※AGB星内部での核反応の詳細は記事末尾を参照)。これまでに測定された時間は900万~2600万年ですが、より正確な絞り込みには、原始的な隕石などに含まれる「タリウム205」原子核の存在がカギとなります。

タリウム205は、「鉛205」と呼ばれる別の原子核(半減期1700万年)の崩壊(電子捕獲)によって生成します。原始的な隕石などの太陽系の初期情報を持つ物質を分析し、タリウム205の存在量を測れば、間接的に分子雲に含まれていた鉛205の量を知ることができます。そして鉛205はAGB星内部でしか大量に生成しないと考えられているため、鉛205の量はAGB星内部から分子雲へどのくらいの物質がどのくらいの時間をかけて供給されたかを知る手掛かりとなります。つまり鉛205は、分子雲から太陽が形成されるまでの時間を絞り込むための重要なピースです。そしてその鉛205の量を知るための唯一の手掛かりは、タリウム205の存在量です。

ただし、タリウム205を通じて、鉛205の存在量は簡単に測ることができないということは数十年前から指摘されてきました。その理由の1つは、タリウム205が「束縛状態β崩壊」と呼ばれる珍しい崩壊をする可能性があるためです。タリウム205は通常の環境では崩壊せず安定してますが、電子を全て剥がして裸の原子核にすると、鉛205へと崩壊する非常に珍しい性質を示すと考えられています。束縛状態β崩壊は珍しく、これまでに実証されたのは2例しかありません(※束縛状態β崩壊の詳細は記事末尾を参照)。

タリウム205原子核を囲む81個の電子を全て剥がすには、自然界では数億℃もの高温が必要です。もちろん分子雲の中や太陽系の形成時にこれほどの高温は生じませんが、鉛205が形成されるAGBの内部では容易に達成される温度です。また、タリウム205の束縛状態β崩壊で生じる鉛205はエネルギー状態が高く(励起状態)、再度タリウム205に崩壊する可能性があります。鉛205とタリウム205の双方向の崩壊がどのようなバランスをとるかは、その環境によって大きく左右されます(※1)。タリウム205の量から鉛205の発生量を知ろうにも、肝心のタリウム205が鉛205へと逆戻りする可能性があるという指摘は、年代推定に大きな影響を与えます。

※1…これは、数億℃という高温環境における鉛205の半減期の短縮も含みます。

猛毒のタリウムの扱いを工夫し、40年越しに実験に成功

図2: 今回の実験で使用された、発生されたタリウム205イオンビームを保持する機器の一部。調整を行っているのは今回の研究の筆頭著者のGuy Leckenby氏。
【▲ 図2: 今回の実験で使用された、発生されたタリウム205イオンビームを保持する機器の一部。調整を行っているのは今回の研究の筆頭著者のGuy Leckenby氏。(Credit: Iris Dillmann)】

先述した問題を解消するためには、実験環境においてタリウム205の束縛状態β崩壊を直接観測するしかありません。ドイツの「重イオン研究所(GSI)」は、そのような実験が行える世界でも数少ない施設です。1980年代にはすでに実験が提案され、最優先で行われるべき実験の1つとしてリストアップされていたにも関わらず、今日まで実験ができていませんでした。

その理由は、タリウムの強い毒性です。束縛状態β崩壊を測定する最も簡単な手段はイオン化した原子核を直接生成する方法ですが、タリウム205でそれを実行するには、猛毒の蒸気を発生させてイオンビームを生成するという、明らかに危険な手段を取るしかありません。実験装置を使い捨てにすることも含め、有毒物質による汚染対策要件が厳しくなりすぎるため、この種の実験はGSIで許可されませんでした。

そこでLeckenby氏を筆頭とする国際研究チームは、間接的にタリウム205を発生させる方法(※2)を考案して実験を行いました。これはイオンビームの発生源で猛毒のタリウム蒸気を扱わないため、はるかに安全になりますが、代わりに無関係の原子核という不純物が大量に生じるという問題があります。

※2…加速した鉛206のイオンビームをベリリウム9ターゲットに衝突させ、陽子が1個剥がれることによって生じるタリウム205を分離し、二次イオンビームとして別の機器に貯蔵する方法。

今回の実験は、タリウム205の発生源での無関係な原子核の分離、タリウム205のイオンビームを最大11時間維持する方法、崩壊で生じた鉛205をタリウム205と区別する方法など、いくつもの難題との戦いでした。研究チームの1人であるGSIのYuri A. Litvinov氏は「実験を成功させるために必要な条件を達成するには、数多くの画期的な技術を開発する必要があった」と述べています。

セッティングに苦労した実験の結果、研究チームはタリウム205の束縛状態β崩壊の観測に成功しました(半減期291(+33/-27)日)。また、タリウム205が崩壊する確率だけでなく、鉛205が再度タリウム205へと崩壊する確率を計算するのに必要な情報も得ることができました。これにより、AGB星から分子雲が生成し、太陽が生成されるまでの時間は推定1000万~2000万年となりました。この値は、他の原子核によって推定されてきた値の範囲内です。

数十年の蓄積が今回の研究に結びついた

今回の実験は、真っ先に解決することが掲げられてきたにも関わらず、数十年もの間挑戦することができなかった謎を解決しました。しかしその数十年は、決して無駄な待機期間だったわけではなく、今回の実験に活かされる様々なノウハウに結びついています。

Leckenby氏は、今回の研究結果は「画期的な実験施設、多数の研究グループ同士の協力、そして多大な努力」の集大成として得られたものであり、数十年の無数の人々の積み重ねが背景にあったことを強調しています。

補足説明: AGB星内部での核反応

図3: AGB星の内部で生じる核反応と崩壊系列を示した図。AGB星内部のs過程(水色矢印)で生じる原子核のうち、一部はr過程(赤色矢印)とは無関係な位置にあることに注意。鉛205(205Pb)はタリウム205(205Tl)と双方向に矢印が結びついていますが、このうちの片方である束縛状態β崩壊(緑色矢印)は今回の実験があるまで未測定でした。
【▲ 図3: AGB星の内部で生じる核反応と崩壊系列を示した図。AGB星内部のs過程(水色矢印)で生じる原子核のうち、一部はr過程(赤色矢印)とは無関係な位置にあることに注意。鉛205(205Pb)はタリウム205(205Tl)と双方向に矢印が結びついていますが、このうちの片方である束縛状態β崩壊(緑色矢印)は今回の実験があるまで未測定でした。(Credit: Guy Leckenby, et al.)】

太陽程度の軽い恒星は、寿命の末期にAGBの段階に進化します。AGB星の内部では、半減期が100万年から1億年と、寿命の短い重い原子核が形成されます。この重い原子核は、恒星活動によって分子雲の中に放出されます。

重い原子核の生成量と寿命は、原子核の種類によって異なります。太陽系の形成から46億年経った現在では、寿命の短い重い原子核は崩壊しつくして存在しませんが、崩壊によって生じる別の原子核(娘核種)の量から、当時存在した量が推定できます。そして、分子雲から新たな恒星が形成されると分子雲からの物質供給が停止します。この性質を利用することで、分子雲が形成されてから太陽が形成されるまでの、分子雲が宇宙空間を漂っていた時間が分かります。

ところで、AGB星の内部で起こる重い原子核の生成過程は、数千年程度と遅い(slow)過程であることから「s過程」と呼ばれます。これに対し、太陽よりずっと重い恒星で発生する超新星爆発で生じる原子核合成過程は速い(rapid)ことから「r過程」と呼ばれます。分子雲であった時間を測るのに適した18種類の原子核のうち、4種類は主にs過程で生成しますが、多少の量がr過程でも生成します。s過程のみで生成され、r過程では生成されない原子核が、今回の話の主題となる鉛205となります。

補足説明: 束縛状態β崩壊

通常、原子核の外側の電子の状態は、原子核の寿命に影響しません。束縛状態β崩壊は、その数少ない例外です。

通常のβ崩壊では、電子軌道よりずっと遠くへと飛び出すのに十分なエネルギーを持った電子が飛び出しますが、原子核の種類によってはエネルギーが少ないために電子軌道の内部までしか飛び出せないものもあります。この場合、電子軌道が埋まっていると、崩壊して飛び出す電子が入り込む余地がないため、β崩壊は抑制されます。

一方で電子を全て剥がす、つまり完全なイオン化で電子軌道が空になった場合、飛び出した電子が電子軌道へと入り込む余地が生まれるため、β崩壊が発生します。これが束縛状態β崩壊です。今回のタリウム205以前には、ジスプロシウム163(普段は安定、束縛状態β崩壊は半減期47日)とレニウム187(普段は半減期412億年、束縛状態β崩壊は半減期32.9年)でのみ実験的に観測されていました。

なお正確に言えば、束縛状態β崩壊はK殻に空席があれば生じるため、全ての電子を剥がさず、K殻に1個だけ電子がある状態でも生じます。ただしこれは本文の解説内容からすると些細な違いであるため、本文では割愛しています。

 

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文/彩恵りり 編集/sorae編集部

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