はやぶさ2の探査予定小惑星に「トリフネ」と命名! 日本神話の神に由来

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ2」は現在、拡張ミッション「はやぶさ2#(はやぶさツーシャープ)」に入っており、ミッションの1つとして98943番小惑星「2001 CC21」の探査を実施する予定です。その関心の高さから、2001 CC21の名称は一般公募で提案されることとなり、JAXAのはやぶさ2#チームが、2023年12月から2024年5月まで命名案を募集するキャンペーンを実施していました。

提案された名称は、小惑星などの小天体の名称を管轄する国際天文学連合(IAU)の「小天体命名作業部会(WGSBN)」が審査・投票し決定されます。このWGSBNが2024年9月23日付で発行した速報にて、2001 CC21の名称として「トリフネ(Torifune)」が正式に承認されました(※1)。これは日本神話に登場する神、あるいは船の名前である「天鳥船(あめのとりふね)」に由来しており、はやぶさ2がトリフネの超近接フライバイ探査を安全に行えるようにという願いが込められています。

※1…小惑星の正式な名称は、アルファベット表記が唯一です。一方で日本語表記については正式な基準はありませんが、JAXAなど日本の宇宙機関はカタカナで表記することが一般的です。

トリフネの近くを通過するはやぶさ2の想像図。
【▲ 図1: トリフネの近くを通過するはやぶさ2の想像図。(Credit: 有松亘 & 宇宙航空研究開発機構(JAXA))】

■サンプルリターン後も続く「はやぶさ2」の拡張ミッション

JAXAが2014年に打ち上げた小惑星探査機「はやぶさ2」は、2018年から2019年にかけて162173番「リュウグウ」の探査およびサンプル採集を行い、2020年にリュウグウのサンプルを地球に帰還させました。ただし、本体も地球大気圏に突入してミッションを終えた初代「はやぶさ」とは異なり、はやぶさ2はカプセルのみを地球に帰還させたため、現在は地球を離れ、拡張ミッションである「はやぶさ2#」を実行中です。

拡張ミッションでは、まだ小惑星番号のない小惑星「1998 KY26」に2031年7月に到達することを最終的な目標としていますが、その途中で別の小惑星にも立ち寄る予定です。それが今回の主題である98943番「2001 CC21」です。約840m×約310mの楕円形であると推定される2001 CC21に対し、はやぶさ2は2026年7月に可能な限り接近し、相対速度約5km/sの高速で通過しながら、フライバイ探査を実施する予定です。

なよろ市立天文台のピリカ望遠鏡で、2023年1月15日に撮影されたトリフネ(2001 CC21)。
【▲ 図2: なよろ市立天文台のピリカ望遠鏡で、2023年1月15日に撮影されたトリフネ(2001 CC21)。(Credit: 北海道大学)】

2001 CC21は、アメリカの小惑星発見プログラム「リンカーン地球近傍小惑星探査(LINEAR)」によって2001年に発見された小惑星です。命名権はLINEARが持っており、命名権の譲渡や売買は禁止されていますが、命名権を持つ人物やチームが、第三者が提案した名称を申請することは禁止されていません。

これは、天文学へ興味を持ってもらい、普及を図るために、名称を一般公募する命名キャンペーンが行われることがあるためです。リュウグウもそのような経緯で命名されており、2001 CC21の名称一般公募は、初代はやぶさの探査対象だったイトカワと合わせて3例目となります。2001 CC21の命名案は、2023年12月6日から2024年5月9日まで受け付けられていました(※2)

※2…最終目標である1998 KY26は、命名権が与えられるために必要な小惑星番号が与えられていないため、現時点では名称を与えられる基準に達していません。

2001 CC21は、地球に接近する公転軌道を持つ「地球近傍小惑星」の1つです。地球近傍小惑星には神話に由来する名称を付けるルールとなっています。このため命名キャンペーンでは、神話に由来する名称が推奨されていました(※3)

※3…初代はやぶさが探査した小惑星イトカワは、地球近傍小惑星でありながら、神話ではなく実在する人物の名前(日本の宇宙開発・ロケット開発の父と呼ばれる糸川英夫)にちなんでいます。命名キャンペーンでは当初、この例外を指して神話以外の名称の提案も受け付けていましたが、後に、これはかなり例外的な措置であることをIAUが注意したことを追記しています。

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■日本神話の神に由来する「トリフネ」に決定!

提案された小惑星の名称は、IAUの作業部会「WGSBN」に所属する15人のメンバーによって、審査と投票が行われます。ここで承認されれば、初めて名称が正式なものとなり、WGSBNが定期的に発行する『WGSBN速報(WGSBN Bulletin)』にて公表されます。そして、2024年9月23日付で発行されたWGSBN速報4巻13番にて、2001 CC21の名称が「トリフネ(Torifune)」で承認されたことが公表されました。

Torifune (an abbreviation of Ame-no-torifune) is a god in Japanese mythology. It is also the name of the god's ship, which can travel safely at high speed like a bird and steady as a rock. The Hayabusa2 spacecraft will perform a flyby of this asteroid, and the name expresses the hope that Hayabusa2 will be able to safely conduct the high-speed encounter.

トリフネ(天鳥船、あめのとりふね、より)は、日本神話における神である。同時に神が乗る船の名前でもあり、鳥のように速く、岩のように安定して安全に航行できる船である。「はやぶさ2」探査機は、この小惑星のフライバイ探査を行う予定であるが、この名称は、「はやぶさ2」が高速でこの小惑星とすれ違う運用を安全に行うことができるよう願って付けられたものである。

図3: 寛永21年(1644年)に発行された『古事記』の刊本から、「葦原中國平定」の章にある「天鳥船神」の記述の例。
【▲ 図3: 寛永21年(1644年)に発行された『古事記』の刊本から、「葦原中國平定」の章にある「天鳥船神」の記述の例。(Credit: 国立国会図書館 / 筆者(彩恵りり)により加筆)】

理由の説明の通り、トリフネとは『古事記』や『日本書紀』に登場する神に由来します。どちらも神格ではあるものの、同じような場面で異なる描写がされています。『古事記』では「天鳥船神(あめのとりふねのかみ)」または「鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ)」という神名の、イザナギとイザナミの間に産まれた神です。建御雷神(タケミカヅチ)の付き添いとして葦原中国(地上世界)に遣わされた神として描写されています。

一方で『日本書紀』では、人のような神ではなく、物質的な船として描写されています。上述した、葦原中国に神を遣わす場面について、『日本書紀』では使者は別の神である稲背脛命(イナセハギノミコト)と述べており、「熊野諸手船(くまののもろたふね)」、および別称「天鴿船(あまのはとふね)」という船に乗ったと描写されています。『日本書紀』で「天鳥船(あめのとりふね)」という名称が出てくるのは、大己貴命(オオアナムチノミコト)が海を渡るために与えられた船として言及される場面です。

日本神話に関する他の記述も含めて解釈すると、「鳥」と付く船にはその船が速いという意味が、「石」にはその乗り物が堅固であるという意味が込められているという説があります。また楠(クスノキ)は、古来から船の建材として重宝されてきました。このことから鳥之石楠船神という神名には、鳥のように速く、岩のように堅固であるという意味が込められていると解釈できます。

広い宇宙の中で、大きさが数百mしかない小惑星を目標とするのは、ただ接近するだけでも困難です。まして相対速度約5km/sという高速のフライバイでは、カメラの視野に収めるだけでも困難があります。さらに今回は、はやぶさ2のカメラで高精細な撮影を行うために、トリフネに対してかなり接近する超近接フライバイを予定しています。

ミッションの困難さを考えれば、はやぶさ2が探査する小惑星にトリフネという名が付けられたのは、探査が無事に成功するようにという強い願いが込められていることがよく分かります。また、正式な理由には書かれていないものの、鳥のハヤブサに由来するはやぶさ2の探査天体にふさわしい名前とも言えるでしょう。

■「トリフネ」の選定には子どもも参加

今回の2001 CC21改めトリフネの命名キャンペーンにおいて、提案された名称の検討は、はやぶさ2#チームのメンバーの他に、公益財団法人日本宇宙少年団(YAC)、および認定NPO法人子ども・宇宙・未来の会(KU-MA)から選定された、小学校5年生から中学校2年生までの9人からなる「子ども選定委員」が行いました。永久に残る小惑星の名称選定に子どもが関われるという点も、命名キャンペーンならではと言えるでしょう。

なお、今回の命名キャンペーンでは5人以上の提案があった名称は60個ほどあり、その中で鳥船または天鳥船を提案したのは10人だったとのことです。

 

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文/彩恵りり 編集/sorae編集部