発見以来、数十年にわたって天文学者たちを悩ませてきた天体現象があります。それは強力なガンマ線がごく短時間、地球に降り注ぐ「ガンマ線バースト(gamma-ray burst: GRB)」です。宇宙でもっとも激しい現象といわれるこのバーストは、いまでは地球生命の誕生ともかかわりがあるのではないかと見られています。
目次
ガンマ線バーストを初めて捉えたのは
激烈で奇怪なそのガンマ線の“シグナル”を初めて捉えたのは、アメリカの軍事衛星でした。放射線として知られるガンマ線は光(電磁波)であり、その中では最も高いエネルギーを持っています。
東西冷戦さなかの1960年代、アメリカはある目的のために軍事衛星を次々に打ち上げました。その目的とは、1963年に調印された部分的核実験禁止条約にソ連(ソビエト連邦、現ロシア)が違反しないか監視すること。「ヴェラ」という名のそれらの衛星は正20面体で、宇宙空間や大気圏内の核爆発で放出されてあらゆる方向から飛来するガンマ線やX線を確実にキャッチするために作られました。
ところが1967年7月、「ヴェラ4A」「同4B」が爆発的な光度のガンマ線パルスを感知しました。太陽光度の1兆倍もの強度のガンマ線です。地上で解析を行っていたロスアラモス国立研究所ではにわかに緊張が走りましたが、担当の研究者はすぐに、このガンマ線パルスが核実験によるものではないと見てとりました。核実験であればガンマ線はまず大量に放出され、その後は少しずつ減衰するはずです。ところが、問題のパルスは2回連続して発生し、ほんの数秒で消失していたのです。
だとすれば、このガンマ線の爆発的放射、すなわち「ガンマ線バースト」は地球上の人工的な現象ではなく、何らかの突発的な天体現象と考えられます。しかし、候補となり得る天体現象(たとえば太陽フレアや超新星爆発)はその日には観測されていません。データを解析した研究者は天文学において重要な出来事だと感じたものの、ヴェラの観測データは軍事機密でもあったため、すぐに発表することはできませんでした。
ガンマ線バーストはどこから?天の川銀河の内部?それとも?
1973年、ヴェラが観測した複数のガンマ線バーストのデータが公表されると、天文学界に興奮の渦が巻き起こりました。天文学者にもこれほどのエネルギーを放出する天体現象の心当たりがなかったからです。
その後に打ち上げられたガンマ線観測衛星の観測などを通じて、このようなバースト現象は珍しくないことがわかってきました。ガンマ線バーストはどうやら全天のあらゆる方角でランダムに発生しているようなのです。そのほとんどは数十秒以内しか続かず、長くても数分のバーストでしたが、まれに数十分も続くこともありました。しかし、観測例が積み重なる一方で、爆発的なガンマ線を放出する天体が何なのか、その答は容易に出てきませんでした。
問題のひとつは、天体までの距離を示す情報がガンマ線に含まれていないことです。距離情報を得るには、可視光線や赤外線といった他の波長の電磁波を観測する必要があります。しかし、短時間で終わるバーストの正確な天球上の位置はつかめず(※1)、後から可視光線などで観測しても発生源は発見できませんでした。加えて、ガンマ線バーストはいつどこで発生するのかがまったく予測できないため、あらかじめその方角を狙って待ち構えるわけにもいきません。
こうした事情から、これほど強いガンマ線をどんな種類の天体がどのような仕組みで放出するのか見当がつかなかっただけでなく、バーストが天の川銀河の内部で発生するのか、それともはるばる遠方の銀河からやってくるのかさえ、発見から30年が経ってもわからなかったのです。
※1…ほとんどの物質を通過するガンマ線は、可視光線などのように鏡やレンズで像を結ばせることができない。そこで、一般にガンマ線観測では装置内を通過するガンマ線を検出する。そのため、過去には発生源のおおよその方向しかわからなかった(現在では精度が向上)。
天の川銀河の数十億倍もの光度で輝く?
突破口を開いたのは、オランダとイタリアのX線観測衛星「ベッポサックス」でした。ガンマ線も観測可能なこの衛星は、1997年にあるガンマ線バーストを感知した後、同じ場所から継続的に放出されるX線を捉えたのです。
ベッポサックスの観測に続いて他の観測装置がこのX線天体に照準を合わせたところ、可視光線でも天体の姿を確認できました。バースト発生源はガンマ線を放出しなくなっても、X線や可視光線などの電磁波を「残光(アフターグロー)」として放っていたのです。この残光のデータを解析した結果、ついに研究者たちはバースト発生源までの距離を突き止めました。
ところが、その解析結果は研究者たちを驚愕させました。このバーストが発生したのは80億光年もの彼方だというのです。バーストで観測されるガンマ線は、短時間とはいえ非常に明るく、しかも高エネルギーです。数十億光年もの遠方からやってきたとすれば、想像もつかないほど巨大なエネルギーが一気に放出されたことになってしまいます。
しかも、このバーストは例外ではありませんでした。その後も多くのガンマ線バーストの発生源が特定された結果、バーストの大半は非常に遠方で発生し、数十億~100億光年もの距離を越えて地球に到達したことがわかったのです。
典型的なガンマ線バーストは、わずか0.1~数十秒の間に、太陽が一生(100億年)かけて放出するほどの巨大なエネルギーを放出すると見積もられています。
とりわけ、2022年10月に観測されたガンマ線バースト「GRB221009A」は、観測史上最大の強さでした。約19億光年の距離で発生したこのバーストの最高強度は、太陽光度の数兆×1億個分(=天の川銀河の光度全体の数十億倍)にも達したとされます(※2)。このモンスター級のガンマ線バーストは、数千~1万年に1回のきわめてまれな出来事とされていて、"史上最高光度(the Brightest Of All Time)"という英語の頭文字を取って「BOAT(ボート)」と呼ばれています。
※2…BOATの光度数値は「GRB 221009A(Wikipedia)」、太陽光度は「Solar luminosity(Wikipedia)」などから計算している。
百花繚乱の仮説
では、これほどのエネルギーを生み出す天体とはいったい何なのでしょうか?
その発見当初から、ガンマ線バーストの発生源として100以上もの多様な天体現象が候補として提唱されました。たとえば、銀河の中心から放出される超高速ジェット、超新星爆発、中性子星の崩壊、天体衝突、マイクロブラックホールの爆発的蒸発(※3)といったものです。
しかし、ガンマ線バーストの発生源が非常に遠方にあると判明した後には、そのとてつもなく強大なエネルギーに見合う天体現象はほとんどないようにも思われました。バーストのあまりの激烈さから、研究者の間では喧々囂々の議論が沸き起こり、宇宙のどこかに大量に存在する反物質(※4)と普通の物質が衝突して対消滅を起こしたのだろう、いや宇宙誕生時のビッグバンの名残りだ、そうではなくブラックホールで吸い込まれた物質を超高速で噴出する“ホワイトホール”に違いない……そんな奇想天外な説もとび出したほどです。
ようやくガンマ線バーストの正体が見えてきたのは21世紀に入ってからでした。これは地上の観測機器の他に、NASAの「フェルミ」や「ニール・ゲーレルス・スウィフト」といったガンマ線を観測する衛星が次々に打ち上げられたことでガンマ線の観測体制が充実し、さらにはバースト観測直後から可視光線や電波を捉える観測機器などが連携して観測を行うシステムが確立した結果といえます。
こうして蓄積された数千ものデータを調べると、ガンマ線バーストのいくつかの特徴がはっきりしてきました。まず前述したように、バーストは全天で観測されます。発生頻度は1日に平均して1~2回で、2秒続くかどうかで大きく2種類に分けることができます。最初のグループは2秒から時には数十分も継続する「ロングガンマ線バースト」、第2のグループは2秒以内で終わる「ショートガンマ線バースト」です。
このうちロングガンマ線バーストについては、複数の発生場所で「極超新星(ハイパーノバ)」が発見されました。これは通常よりもはるかに明るく、爆発エネルギーも10倍以上に達する超新星爆発(※5)のことです。
超新星爆発は巨大な恒星が終焉を迎える時などに発生しますが、なかでも極超新星になる恒星は途方もなく巨大で、しかも高速回転していたと見られています。つまりロングガンマ線バーストは、超巨大な星の中心部が超新星爆発によって一瞬にして崩壊するカタストロフィックな現象に伴って発生するのではないかというのです。
このとき巨大恒星の中心部は、ブラックホールもしくは強大な磁場をもつ中性子星の一種「マグネター」(※6)へと生まれ変わりながら、超高速の長大なジェットとして物質を噴出します。このジェットから超高エネルギーのガンマ線が大量に放出されることで、ロングガンマ線バーストとして観測されるのではないかと推測されています。
※3…マイクロブラックホールの爆発的蒸発
1970年代、イギリスの物理学者スティーブン・ホーキングは、初期宇宙では非常に小さいブラックホールが多数誕生したと推測した。彼によればブラックホールは少しずつ“蒸発”するが、その最終段階で爆発的なエネルギーを放出して消失するという。
※4…反物質
反粒子でできた物質。反粒子とは質量やスピンなどの物理的性質は同じだが、電気的性質などが逆の粒子をいう。たとえば電子の反粒子はプラスの電荷をもつ陽電子。反粒子は正粒子に衝突するとガンマ線を放って消滅し、かつ高エネルギー環境で正粒子(ふつうの粒子)とともに生成する。とすれば宇宙には正物質と反物質が同量存在するとも推測されるが、認識可能な宇宙は正物質のみでできている。そこで過去には非常に遠方の宇宙に反物質のみの世界が存在するという仮説があった。
※5…超新星
質量の大きい終末期の恒星や特殊な環境の白色矮星が起こす大爆発を超新星爆発、このとき観測される明るい天体を超新星という。超新星爆発を超新星と呼ぶことも多い。
※6…マグネター
非常に強い磁力をもつ中性子星。磁場の強度は医療用MRIの1億~100億倍とされる。
宇宙最大級のクラッシュ
ロングガンマ線バーストの発生源が極超新星爆発なら、ショートガンマ線バーストの発生源も超新星爆発やそれに類する現象なのでしょうか?
ショートガンマ線バーストの継続時間は平均してわずか0.3秒、まさにまぶたを瞬く時間しか続きません。また、ロングガンマ線バーストは星が盛んに誕生する領域でよく観測されるのに対し、ショートガンマ線バーストは“高齢”な星が多い楕円銀河などでも発生しています。とすれば、ショートガンマ線バーストの発生源は超新星爆発ではないと推測されます。超新星爆発は新しい星を活発に生み出す星形成領域が存在する比較的若い銀河でよく見られるからです。
そこで考えられたのが、連星を成す天体どうしの衝突です。それも普通の恒星ではなく、ごく小さくて非常に重い“コンパクトな天体”どうしの衝突です。その候補として中性子星やブラックホールが想定されました。中性子星は半径10kmという小ささながらも太陽と同等の質量を持ち、密度は角砂糖1個分で数億トンにもなるという想像を絶する天体です。
中性子星とブラックホールは、どちらも巨大な恒星が一生を終えた後に残る天体であり、高齢の銀河で発生するという観測とも矛盾しません。この仮説は1989年、イスラエルのDavid Eichlerらによってはじめて提出されました。
決定的な証拠が得られたのは2017年です。この年の10月、フェルミ衛星が約1億3000万光年離れた銀河からのガンマ線バーストを検出しました。ほんの一瞬のみのショートガンマ線バーストです。同時刻、アメリカとヨーロッパの2か所の重力波天文台「LIGO」と「Virgo」もそれぞれ重力波(※7)を検出しました。これは巨大な質量を持つ天体が何らかの運動をしたことを意味します。ガンマ線と重力波が検出された方向へ、幾つもの宇宙望遠鏡および世界各地の望遠鏡が直ちに向けられました。
これらの多角的な観測から得られたデータは、互いを周回する中性子星の連星がらせんを描きながら少しずつ接近し、ガンマ線バースト発生の瞬間に宇宙最大級のクラッシュに至ったことを示していたのです。
※7…重力波
一般相対性理論によれば、質量の大きい物質の周囲では時空が歪む。そのため、大質量の物体が運動すると周囲の歪みも変化し、時空の伸縮としてまわりに波のように広がっていく。これが重力波で“時空のさざ波”とも呼ばれる。
地球質量の10倍もの金が生成?
これは単に天体どうしの衝突・合体にとどまりません。このとき、太陽の1億倍もの明るさで輝く「キロノバ(マクロノバ)」という現象が発生します。キロノバとは新星(ノバ)より1000倍も明るいという意味で、アメリカのBrian Metzgerらが名付けました。
キロノバは爆発的な現象です。中性子星どうし(または中性子星とブラックホール)が衝突すると、強大な衝撃で大量の物質が周囲にいっきに噴出すると考えられます。その物質の奔流がキロノバとされているのです。
この現象は物理学上の謎のひとつである元素の起源をも説明するものでした。かつて、鉄よりも重い元素は超新星爆発で生成されると考えられていました。しかし最近になって、超新星爆発で合成されるのは鉄よりも重い元素のうち一部にすぎないことがわかってきました。金などの貴金属やウランなどの重い元素が生まれるには、非常に特殊な条件が必要になるためです。2017年に検出されたショートガンマ線バーストと重力波の多角的観測は、キロノバでこうした重元素が大量に生じることを示していたのです。
中性子星どうしが衝突して発生するキロノバは、中性子の豊富な環境を作り出します。このような環境では原子核が中性子を容易に吸収し、さまざまな元素が次々に生成されます。キロノバは超効率的な“元素合成工場”なのです。
金やプラチナ(白金)などの貴金属、ウラン、さらにはいわゆるレアアースのような稀少な元素も、キロノバの産物と見られています。その量はまさに桁外れであり、中性子星どうし衝突が一度発生するだけで地球質量の3~13倍(!)もの金が生成されるという研究もあるほどです。
ガンマ線バーストの残光を調査した結果からは、キロノバで鉄よりも重い元素が生成された証拠もすでに示されています。「ハッブル宇宙望遠鏡」や「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」などの観測で、ランタン、セリウム、ストロンチウム、テルルなどの存在を示すスペクトルが見出されたのです。
キロノバで無数に誕生する元素は大半が一瞬で崩壊し、大量の放射線を周囲に放出して物質を加熱します。その結果、キロノバはまるで宇宙を飾る超巨大な花火のように強く明るく輝き、その後まもなくわれわれの眼前から姿を消してしまいます。おそらくは新たなブラックホールか中性子星をその場に残して――。
ガンマ線バーストが技術文明を支える?
ガンマ線バーストの全貌は50年かかってようやく見え始めました。ロングガンマ線バーストは極超新星爆発に、ショートガンマ線バーストは中性子星などのコンパクト天体の衝突に伴うもののようです。しかし、たとえばガンマ線がどんな仕組みで爆発的に放射されるのか、キロノバではどれほどの量の重元素がどのように生じるのかなど、有力な仮説はあるものの、まだ解明されたとは言いがたい謎も残されている状態です。また、当初は円盤状だと予測されていたキロノバが、観測では球状に見える理由もわかっていません。
さらに、これまではロングガンマ線バーストとショートガンマ線バーストというように継続時間のみで単純に分けられていたガンマ線バーストの種類も、極超新星爆発でも非常に短いバースト、中性子星衝突でも200秒続く長いバーストが見つかっており、ガンマ線バーストにはまだ不明な点が多いことを示唆しています。
解き明かされていない謎はまだ多いものの、ガンマ線バーストが宇宙で最も激しいだけでなく、さまざまな元素を生み出すいわば“創造的”な天体現象だと示されたのは重要なことです。ガンマ線バーストを発生させる極超新星爆発や中性子星の衝突は、生成した元素を周りの宇宙空間へと大量に放出します。地球上のあらゆる生命体は、こうした天体現象で誕生した元素を利用してその体を形作っているのです。さらに、中性子星の衝突で生じるレアアースなどの元素は、現在の技術文明を支えています。
他方で、仮に地球の近傍でこのようなバーストが発生すれば、地球の生態系に破局的な影響をもたらしかねません。たとえ生命に直接的な危険はなくとも、停電や通信障害によって日常生活が深刻な打撃を受ける可能性は少なくないでしょう。
生と死の両方をもたらす――このような二面性を持つ存在がガンマ線バーストなのです。
Source
- NASA - NASA Looks Back at 50 Years of Gamma-Ray Burst Science
- NASA - Gamma-ray Bursts
- Space.com - What are kilonovas?
文/新海裕美子 編集/sorae編集部