皆さんは日の出前や日没後の空を駆け抜ける星のような光、通称「ISS」と呼ばれる国際宇宙ステーション(International Space Station)を見たことがあるでしょうか?
世界各国が協力して作り上げた地球の上空約400㎞にある巨大な宇宙実験室、それがISS。そこでは、ミッションに任命された宇宙飛行士達が何か月間も滞在しながら、日々様々な実験を行っています。
ISSには日本が開発した実験棟「きぼう」があり、最先端の宇宙実験が行われています。とはいえ、細胞や遺伝子の研究、新薬の開発などがあまり身近に感じられず、実際にどのような実験が行われているのか、詳しくご存知ではない方も多いと思います。
本記事では、きぼうの歴史やそこで行われた研究事例を解説していき、宇宙に浮かぶ最先端の実験室「きぼう」でのすばらしい成果を見ていきたいと思います。
この記事でわかること
・宇宙実験のメリット
・日本モジュールきぼうについて
・最先端の宇宙実験、事例紹介
・きぼう2030年までの運用方針決定
■宇宙実験のメリット
はじめに、地上と宇宙の大きな違いと言えば、重力があるかないかということです。ISSは完全な無重力空間ではありませんが、地球の1万分の1から100万分の1ほどの重力しかなく、「微小重力環境」と呼ばれています。 重力があるおかげで、実は私たちの住む地球の空気も重力により引き寄せられており、私達が住める環境となっているんです。
微小重力環境には4つの特徴があります。
1. 沈降がない(水と油のように重さの違うものが分離しない)。
2. 熱対流が起きない。
3. 静水圧がない(地上では液体の深いところほど水圧が高くなるが、微小重力環境では水圧はほぼ発生しない)。
4. 容器がなくても浮遊できる。
上記の条件が、まさに微小重力環境の魅力的な部分なのです。
この条件のもとで、「きぼう」では高品質なタンパク質の結晶を作成したり、不純物の入っていない均等で高品質な半導体を作ったりすることができます。さらには、宇宙放射線や太陽エネルギーなど地上とは異なる環境で植物を育ててみる実験や、あるいは宇宙空間で地上と同じような生活を実現するための実験といった、宇宙での生命活動の可能性を探る実験が行われています。
これらの実験結果を理解することは、生命の誕生の秘密を探ったり、今後月よりも遠くの惑星探査や宇宙旅行で多くの人が宇宙へ行く際の医療サポートや食の向上につながったり、宇宙での生活環境をよりよくしたりすることに貢献します。
■日本実験棟「きぼう」について
宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発した日本実験棟「きぼう」はISSの中で最も大きな実験モジュールで、船内実験室、船外実験プラットフォーム、船内保管室、ロボットアームの4つで構成されています。2008年3月11日に運用が開始されて以来、現在に至るまで途切れることなく24時間体制で運用されています。
「きぼう」ではどんなことができるのでしょうか? 主なものだけでも以下のような実験がサポートされています。
・微小重力環境を活かした実験、高品質タンパク質結晶の作成など
・地上の環境変動を予測、広域災害をいち早く察知
・水再生システムの開発
・遠隔医療システム
・X線による全天の監視
・超小型衛星の放出
最新技術を駆使した「きぼう」での実験は、まさに無限大の可能性を秘めており、今後も様々な研究の舞台として活躍する予定です。
■「きぼう」は地上から見られるの?
「きぼう」を含むISSは、いつ日本上空を通るのかが手軽に確認できるようになっています。
インターネットで「きぼうをみよう」と検索すると、株式会社バスキュールの「KIBO宇宙放送局」が運用するウェブサイトで「きぼう(ISS)」が見える方角や時間帯を確認できます。
また、「きぼう」などISSから見た地球や宇宙は、JAXAの「きぼうの窓から」で見ることができます。このウェブサイトには「きぼう」船内などから撮影した写真が掲載されています。
この他にも、ISSに滞在している世界各国の宇宙飛行士たちがXなどでISSからの眺めを発信しているので、そちらも確認してみてください。お住まいの地域の写真が見つかるかもしれません。
参考リンク
・KIBO宇宙放送局 - #きぼうを見よう - 国際宇宙ステーションが見える予測日時をお知らせ
・JAXA 有人宇宙技術部門 - 「きぼう」の窓から
■最先端宇宙実験の事例紹介
それでは、これまでに「きぼう」で行われてきた実験を6つピックアップしてご紹介します。
宇宙ならではの実験ばかりを集めてみました。
◆宇宙で炎はどのように燃え広がるの? 宇宙火災を未然に防ぐ実験!「FLARE」
ISS船内の機械や宇宙飛行士の装備などには燃えにくい素材が使われていますが「燃えにくい」というのは地上での話であり、宇宙の方が燃えやすい場合もあると言われています。そこで登場するのがJAXAが開発した燃焼実験装置「SCEM」です。SCEMは様々な気圧や酸素濃度を設定して実験することができ、月環境を想定することもできます。例えば、ろうそくは地上だと細長い炎ですが、宇宙では対流(空気の移動)が生じないので丸い球体の形になります。また、それに伴って燃焼は遅くなり、地上よりも長い時間燃え続けるようです。今後の有人宇宙探査において、日本が安全な宇宙滞在に貢献出来るよう研究が進められています。
参考リンク
・JAXA 有人宇宙技術部門 - 火災安全性向上に向けた固体材料の燃焼現象に対する重力影響の評価
◆微生物は惑星間移動ができる?「Tanpopo(たんぽぽ)計画」
この実験では「きぼう」の船外実験プラットフォームに取り付けた装置に微生物を入れ、宇宙空間に3年間さらすという長期にわたる研究が行われました。すると、なんと3年間経過しても微生物の生存が確認されるという成果が得られました。
火星と地球の間を移動する場合、自然現象では平均すると数千万年かかりますが、移動する軌道によっては数か月から数年で到達できる場合もあります。この実験は、未だに謎が多い生命の起源について、微生物が惑星間を移動可能であるならば、地球上の生命は火星で誕生した可能性もあるという仮説を立てることを可能にしました。地球外生命体の発見にも繋がりそうな研究であり、今後の進展が楽しみです。
参考リンク
・JAXA 有人宇宙技術部門 - 「きぼう」船外環境で微生物が3年間生存していた!
・東京薬科大学 - 微生物は紫外線下で長期間生存可能:国際宇宙ステーション曝露実験
・たんぽぽ計画公式サイト
◆人工血液に挑む、タンパク質生成実験!
「きぼう」船内では沈殿や対流がなく、宙に浮いたまま生成することができるので、不純物を付着させることなくきれいなタンパク質の結晶を作ることができます。結晶化したタンパク質は構造を詳しく解析できることから、人工血液の構成物質であるヘモグロビンというタンパク質を結晶化する実験が行われました。現在は宇宙で作られたタンパク質を元に安心安全な人工血液を作るための、より詳しいタンパク質の構造解析が進められています。この研究をされている中央大学理工学部の小松教授は20年以上にわたって研究を続けており、災害や病気での輸血の際に人工血液が使える未来を見据え、実用化に向けて着実に研究を進めています。
参考リンク
・JAXA 有人宇宙技術部門 - 研究者インタビュー01 | タンパク質結晶生成宇宙実験
・JAXA - 宇宙で作ったきれいなタンパク質結晶が人工血液研究のカギとなる (YouTube)
◆微小重力空間での植物の育ち方とは? 実は重力がストレスだった? 「Space Seed」
今後、宇宙での滞在期間は今よりももっと長期的になる事が予想されています。人間の生存に欠かせない食物の確保がより重要になることを踏まえて、植物の成長過程を観察する実験が行われました。実験に使用されたのは「ぺんぺん草」の名で親しまれているシロイヌナズナです。シロイヌナズナは給水、湿度、光のコントロールがすべて自動で行われる植物実験ユニット(PEU)という装置内で栽培されました。実験の結果、地上と比べて茎の成長速度が早く、葉の老化が遅いという結果が出ました。これは、植物の成熟に関わる「エチレン」の合成が、ストレスを受ける重力環境では促進されるものの、無重力環境では抑えられたためだと考えられています。また、重力環境では植物の体を支えるために、細胞壁が固く、丈夫になります。茎の成長が促進したのは、微小重力環境で細胞壁が伸びやすくなったことが原因だと分かりました。近年では宇宙での野菜の栽培実験も行われており、地上と同じように新鮮な野菜が食べれる日も近いかもしれません。
参考リンク
・JAXA - ライフサイエンス実験 Space Seed
◆氷の結晶化実験「Ice Crystal2」、食品保存に新しい可能性
冷たい氷の下を泳いでいる魚は、「不凍糖たんぱく質」というものが体液に含まれていて、体が凍ってしまうのを防いでいます。この機能を上手く活用して冷凍食品や臓器の低温技術に役立てようと、不凍糖タンパク質の働きを解明する実験を行いました。すると、不凍糖たんぱく質を含んだ水溶液では氷結晶の成長速度が3~5倍も早くなり、成長が速くなったり遅くなったりを繰り返す不思議な現象が起こっていました。そして、成長が早い面は成長し続けた結果消失し、最終的に一番成長速度の遅い面で氷が囲まれ、結晶の成長が止まることが分かりました。これを元に、冷凍食品を凍結解凍を繰り返さずにおいしさをキープした冷凍食品の開発につなげたり、臓器を損傷しないように、低温で凍らせずに保存する技術の開発に大きな貢献が見込まれています。
参考リンク
・JAXA - 物質科学実験 Ice Crystal2
・北海道大学低温科学研究所 - Case 6 氷点下でも魚が凍らないのはなぜ?
◆金魚のウロコは最高の実験素材! 宇宙での骨量減少問題に取り組む「Fish Scales」
金魚のウロコは実は人の骨とよく似た成分、似た働きをする細胞で出来ており、人の骨について研究する際にピッタリなんです。この実験ではウロコをISSに運び、骨を作る細胞(骨芽細胞)と古い骨を壊す(破骨細胞)のメカニズムを調べました。宇宙では骨芽細胞の働きが弱まり、破骨細胞の働きが強くなることで、骨量の減少が起こってしまいます。このプロセスを抑制する上で有効とされているのが睡眠ホルモンこと「メラトニン」です。メラトニンは特に骨吸収の抑制効果が期待されており、メラトニンを添加した培地で育てたウロコでは骨吸収を促進する因子の表れが抑制される事が明らかになりました。2025年には再び魚のウロコを使用した宇宙実験が行われる予定で、骨粗しょう症に対する新たな予防法や治療法についての成果に期待が持てそうですね。
参考リンク
・JAXA - 宇宙空間で引き起こされる骨吸収がメラトニンによって抑制!:「きぼう」での実験
・金沢大学 - 宇宙空間で引き起こされる骨吸収がメラトニンによって抑制!
■「きぼう」は2030年まで運用される方針
JAXAは2023年12月にISSでの2030年までの活動の在り方について発表しており、アメリカが主導する国際月探査計画「アルテミス」で必要となる技術などの実証の場として継続する実験から、新たな試みに至るまでより幅広く行っていく予定です。また、今後は商業利用としての間口も広がり、民間利用も増えると期待されています。
JAXAが公表していた発表の一部をご紹介すると、
・健康寿命の延伸。小型動物飼育実験、タンパク質生成実験など。
・X線天文学における世界的発見、世界初の高エネルギー領域での宇宙線観測等、科学的知見を獲得。
・多くの民間企業の参入を実現。CM(コマーシャルメッセージ)撮影案件の募集。
・臓器培養技術開発。
・深宇宙放射線が次世代哺乳類に与える影響、宇宙でのがん治療の研究。
・宇宙での食糧生産。
などとなっており、今後も宇宙開発をリードする国のひとつとして様々な領域で力が入れられていくことになります。
■まとめ
私たちは宇宙実験室を利用して細胞や生命についてより深く理解し、地上では解明出来なかった詳細な解析までできるようになりました。私たちの知識はISSができる前と比べて圧倒的に飛躍し、長期間の宇宙滞在や惑星間移動をするための研究も進められています。
また、どの実験も斬新なアイデアから始まって新しい知見を見出しており、宇宙実験の可能性を感じられたのではないでしょうか。今後も宇宙実験から革新的な技術が生まれ、私たちの生活を一層豊かで便利なものにしてくれると期待しています。
Source
- JAXA
- 国際宇宙ステーション(ISS)の これまでの成果と今後の活用の在り方について(宇宙政策委員会 宇宙科学・探査小委員会 第59回会合 資料2)
- たんぽぽ計画公式サイト
- 東京薬科大学
- 北海道大学低温科学研究所 - Research Frontier
- 金沢大学
文/池澤朱音 編集/sorae編集部