
無数の星々や銀河、あるいは謎めいた天体までの距離を測る、それは個々の天体の性質を探るだけでなく、宇宙の真の姿を知るための最初のステップとなります。
しかしもちろん天体までの距離は、地球上のように定規やメジャーを持ち込んで測定することはできません。われわれはいまのところ地球とその周辺から宇宙を観測し、距離を推測するしかないのです。
そこで天文学者や天体物理学者は、宇宙の時空の性質や特徴的な天体、激烈な天体現象などを利用して天体までの距離を測定しています。
本稿の前編では天の川銀河内の天体の距離を測定する方法を取り上げます。後編では天の川銀河を離れ、その近傍にある天体や数億~数十億光年離れた天体、さらにははるか100億光年以上も離れた彼方の天体までの距離を測定する手法について紹介します。
冬の夜の早い時間、南東の空を見上げるとひときわ明るく輝く星が見えます。太陽以外では全天でもっとも明るい恒星シリウスです。天の川銀河にあるこの星は、地球からわずか約8.6光年の距離にあるとされ、最近傍の星のひとつでもあります。
宇宙や天文関係の話題では、このように「この天体は地球から○光年離れている」といった表現がたびたび登場します。たとえばアンドロメダ銀河は約250万光年の距離にあるとか、「ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」がとらえた“ペンギンとその卵”に似た天体(図1)は約3億2600万光年遠方の2つの銀河であるとか、「すばる望遠鏡」が約130億光年彼方の生まれたての銀河を撮影したといったものです。

では宇宙では、天体までの距離をどのように求めているのでしょうか? もちろん地球上とは異なり、定規やメジャーを現地に持参して測ることは不可能です。
宇宙や天文関係のニュースに馴染みのある人なら「赤方偏移を調べているのでは?」というかもしれません。【後編】の〈6〉で詳述するように、これは天体のスペクトルの赤方偏移(本来のスペクトルとのずれ)を調べる方法で、赤方偏移が大きいほど天体は遠方にあるとされます。
赤方偏移はたしかにさまざまな天体で利用されるたいへん便利な指標です。しかし、赤方偏移を距離の“モノサシ”として使うには、その“目盛”を知る必要があります。つまり、赤方偏移がどのくらい大きければ天体はどのくらい遠いのか、というように偏移と距離を関係づけなくてはならないのです。
宇宙の“はしご”をつなぐ
宇宙空間の距離を測定するにはさまざまな手法があります。しかし、宇宙はとてつもなく広大なので、あらゆる天体を対象とする“万能のモノサシ”は存在しません。そこで天文学者たちは、近隣の天体や少し離れた天体、さらに遠方の天体など、対象までの距離に応じてモノサシを使い分けています。
これらのモノサシの多くは、前出の赤方偏移に比べると直接的な方法を用います。しかし、モノサシに目盛を付ける必要がある点では変わりません。そこでまず近くの天体までの絶対的な距離を測定した後、それを基準にして第1のモノサシに目盛を付けます(※1)。さらに遠方の天体を測定をする第2のモノサシも、第1のモノサシの目盛をもとに新しく目盛を打っていきます。
こうして目盛を打ちながら短いモノサシを順々につなぎ合わせることで、最終的にひとつのモノサシができ上がります。このとほうもなく長大なモノサシは、宇宙の果てまで届くはしごをつなぎ合わせる様子に見立てて「宇宙の距離はしご」と呼ばれています。
この記事では太陽系内の惑星から100億光年以上離れた天体まで、以下のようにそれぞれの距離に適したモノサシとその性質について説明していきます。
【前編】
〈1〉太陽系内:直接測定
〈2〉天の川銀河内:年周視差
〈3〉天の川銀河内:スペクトル①【後編】
〈4〉天の川銀河の近傍:標準光源①
〈5〉天の川銀河の近傍から遠方へ:標準光源②
〈6〉天の川銀河の近傍から宇宙論的遠方へ:スペクトル②(赤方偏移)
〈7〉宇宙論的遠方:重力波、ガンマ線バースト、重力レンズetc.
※1…後述する〈5〉のIa型超新星を利用する手法なら、まずセファイド型変光星を用いてIa型超新星が観測された銀河までの距離を求める。これにより標準光源(後述)となるIa型超新星の絶対光度を算出できる。
〈1〉太陽系内:直接測定~光(電磁波)が旅する時間で測る~
目的の天体-地球間を光が往復する時間をもとに距離を求める方法です。
地球からもっとも近い天体は月です。その距離は約38万km、これは直接的に計測して求めた数値です。しかし“直接”とはどういう意味でしょうか?
1969年、アポロ11号が世界初の月面着陸を果たしたとき、乗組員は月面探査を終える1時間前にある装置を設置しました(図2)。それは光を反射する再帰反射器(レトロリフレクター)です(※2)。
地球からこの反射器をめがけてレーザーを放つと、それは月面で反射されてただちに地球に戻ってきます。よく知られているように、光の(真空中の)速度は理論上いつでもどこでも秒速約30万kmと一定です。そこで、レーザー光が月と地球を往復する時間を測定すれば、月までの距離を求めることができます。これは「レーザー測距」と呼ばれています。

月は1年間に約4cmずつ地球から離れていることが知られていますが、これほど詳細な数値が得られるのは光による直接測定だからです。アメリカ航空宇宙局(NASA)が1960年代にレーザー測距法を採用し、反射器を設置したことは先見の明といえるでしょう。
火星や金星など比較的近い惑星でも、レーダーを惑星表面に反射させてそれが往復する時間から距離を求めています。ほかにも、惑星探査機が発する電波パルスが地球に到達する時間を用いて距離測定を行うこともできます。
しかし、大量の電磁波を放出している太陽までの距離は直接的には測定できません。そこで太陽の手前を横切る水星や金星の動きなどを観測し、それらをもとに計算しています。ちなみに地球-太陽間の距離は平均約1億5000万km、この距離は1天文単位(au)と呼ばれています(※3)。
※2…再帰反射器(レトロリフレクター):光がやって来た方向へと反射するように設計された立方体(コーナーキューブ)を多数配列した装置。コーナーキューブは一般に3枚の平面の反射鏡(ガラスや金属)を組み合わせて作る。
※3…2012年に国際天文学連合は測定値にもとづく定義を変更し、1天文単位を1495億9787万700mと固定した数値として定義した。
〈2〉天の川銀河内:年周視差~わずかな角度が長大な距離を示す~
自分が動くと、山や建物などのランドマークの方向も変化するしくみ(視差)を利用して距離を測定する方法です。人間が片目だけでは距離感がつかめず、両目を使うと“奥行き”を感じられるのも、右目と左目にごく小さな視差があるためです。
太陽系を一歩外に出ると、距離のスケールがいっきに広がります。そのために距離の単位もkmやauでは追いつかなくなり、「光年」や後述の「パーセク」を使うようになります。1光年とは光が1年間かけて進む距離であり、数値でいえば約9.5兆km(約6万3000au)です。
最近傍の恒星(ケンタウルス座プロキシマ星)でも太陽系から約4.2光年離れています。当然、光(電磁波)の反射で測定など不可能です。そこで近傍の天体に対する距離測定法として用いられるのは「年周視差」です。英語で視差はパララックス(parallax)、リズム感がよい名称なのでこちらの方が覚えやすいかもしれません。
視差というと難しそうに聞こえますが、誰もがふだんの生活で体感している現象です。たとえば散歩しているとき、道路脇の建物ははじめ前方に見えてもすぐ後方へと通り過ぎてしまいます。これに対してはるか遠方の山並みは、いつまでも同じ場所にとどまっているように感じます。このように自分が移動するにつれて観測対象の見かけ上の位置は変わっていきますが、この“ずれ”を視差といいます。われわれはふだんから、視差が大きければ対象はごく近傍にあり、逆に視差が小さければ対象は遠方にあると自然に判断しています。
地球も動いているので、同様の現象が起こります。その検証をはじめて試みたのは、16世紀の天文学者ティコ・ブラーエ(※4)ともいわれています。
地動説が登場した後、ティコはコペルニクスのいうように地球が太陽のまわりをめぐっているなら、天球上の星々の位置は季節によって刻々と移り変わるはずだと考えました。ティコの考えは正しかったのですが、当時としては精密な彼の観測機器と技術をもってしても、星々の視差は見いだせませんでした。そこでティコは地動説を退け、地球のまわりを複数の惑星を引き連れた太陽が回っているという摩訶不思議な宇宙の姿を考案したのでした(図3)。


現在では、地球の公転による視差(年周視差)があることはよく知られています。そこで、前述した「視差が小さいほど対象は遠方にある」という原理にもとづいて、地球から天体までの距離を求めることができます。実際には視線がつくる角度を三角関数にあてはめて計算します(図4)。
このように、天球上の天体の位置を測定し、各天体について軌道など運動の様子や地球からの距離などを求める学問分野を「アストロメトリー」と呼びます(位置天文学、天体位置測定学などと訳される)。
パララックスとパーセクの関係
天体までの距離はしばしば「パーセク」という単位で呼ばれます。これは「パララックス・オブ・ワン・セカンド(parallax of one second: 1秒の視差)」にもとづく合成語とされ、視差の角度1秒(1秒角=1度の1/3600)を距離に換算したものです。年周視差1秒角の距離は約3.26光年、つまりもっとも近い恒星ケンタウルス座プロキシマ星でも、年周視差が約1.3秒角しかないことになります。約33.7光年の距離のふたご座のポルックスになるとその1/10、約0.1秒角しかありません。
このように非常に小さい角度(見かけ上の天体の位置のずれにもとづく)を測定するため、視差はかつては太陽系周辺の近隣天体の距離測定にのみ利用されていました。しかし最近では、技術の進歩と天文衛星の活躍によって天の川銀河(さしわたし10万光年)のほぼ全域をカバーできるようになりました。現在、欧州宇宙機関(ESA)の2代目の位置天文衛星「ガイア」が天の川銀河の個々の星々について色や明るさ、視差を精密に計測し、銀河の3次元地図を作成しています。すでに18億個(うち視差については15億個)の星について詳細な情報が公開されています。
※4…ティコ・ブラーエ(1546~1601年):デンマークの天文学者。王に下賜された島に天文台を建築し、自身で発明・改良した観測機器を利用してさまざまな天体を観測した(後に亡命し、プラハで観測を続ける)。肉眼による観測としては当時もっとも精度が高く、ヨハネス・ケプラーは彼のデータを利用して火星の公転軌道が楕円であることを示した。1572年にティコ・ブラーエが観測した超新星は「ティコの超新星」とも呼ばれている。
〈3〉天の川銀河内:スペクトル①~星の色から明るさを知る~
星々のスペクトル(※5)から絶対的な光度を推定し、これをもとに距離を求める手法です。
年周視差はいまのところ、天の川銀河内のどの星に対しても利用できるわけではありません。天の川銀河内には数千億個の星が存在するとみられますが、年周視差がわかっているのはそのほんの一部にすぎないのです。そこでより広範な目安として、星々の“色”を利用する方法があります。
夜空の星々はどれも同じ色ではありません。たとえばオリオン座のリゲルは青みがかっており、さそり座のアンタレスは赤く輝いています。星の色と明るさの関係に気付いたのは、デンマークの天文学者エイナー・ヘルツシュプルングとアメリカの天文学者ヘンリー・ラッセルでした。
1911年、ヘルツシュプルングはプレアデス星団のようにどれもほぼ等しい距離にある星々をくわしく調べ、微妙な色(スペクトル)の違いと明るさが関係していることに気付きました。他方1913年、ヘンリー・ラッセルはこれまでに距離がわかっている星々について、青みがかった星は絶対光度が高く(明るく輝き)、逆に赤みがかった星は絶対光度が低く(暗く輝き)、太陽のような黄色い星はその中間であることを示しました。
こうした彼らの研究は、後に2人の名前をとったヘルツシュプルング=ラッセル図(図5)を生み出すことになります。図の「主系列星」とは太陽のような“ふつうの星”のこと。つまり、水素の核融合によって光と熱を放出している恒星をいいます。これを見ると、ヘルツシュプルングやラッセルが気付いたとおり、主系列星では星の色(スペクトル)と絶対等級に強い相関があることがわかります。

これは、星の光度が基本的には星の質量によって決まるためです。星の質量が大きいほど内部で発生する熱量は巨大になり、そのために温度が高くかつ明るくなります。このとき星が放出する光(電磁波)は高温であれば青白く、低温であれば赤っぽく見えます。ちょうど炎の温度が青白いほど高温であるのと同じです。つまり星の色(スペクトル)は、星の質量と絶対的な光度をそのまま反映しているのです。
そこで、星の色を観測すればおおよその絶対光度(絶対等級)を推測できます。こうして求めた絶対等級と実視等級(見かけ上の明るさ)を比較し、地球から観測すると星がどのくらい暗くなってるかを突き止めれば、地球から星までの距離を計算することができます。
※5…スペクトル:天体の放射する光(電磁波)を波長ごとに分解し、その強度をグラフとして表したもの。人間には可視光の波長の違いが色の違いとして感じられ、波長の長い光は赤く、波長の短い光は青く見える。スペクトルを解析すると、水素などの元素や水などの分子が特定の波長の光を放出・吸収することによる特徴的な線(輝線・吸収線)が見られることがある。
文/新海裕美子 編集/sorae編集部
参考文献・出典
- Manahel AR Thabet - Measuring Distances in Space (SSRN Electronic Journal)
- The University of Western Australia - Explanation of the Cosmic Distance Ladder
- NASA/JPL - Apollo 11 Experiment Still Going Strong after 35 Years
- ESA - Gaia’s new data takes us to the Milky Way’s anticentre and beyond
- Space.com - Henrietta Swan Leavitt: Discovered How to Measure Stellar Distances
- Nature Japan - 前田 啓一氏:「Ia型超新星」は、やはり没個性的!宇宙の距離を測る「標準光源」であり続ける ― 宇宙論研究や暗黒エネルギーの解明に期待