
2024年9月から2025年1月は、多くの人々がある意味で彗星に振り回された期間と言えます。2024年9月下旬には「紫金山・ATLAS彗星(C/2023 A3)」が、同年10月下旬には「ATLAS彗星(C/2024 S1)」が、そして2025年1月中旬には「ATLAS彗星(C/2024 G3)」が、それぞれ肉眼でも観察可能な明るさになるのではないかと予測されたためです。
この混乱は、複数の彗星が全く同じ名前か、あるいは似たような名前となっているために生じました。この出来事の背景には、彗星の命名に関する規則が関係しています。ではそもそも、彗星の命名規則はどうなっているのでしょうか? そして、天文学者は重複している名称をどのように区別しているのでしょうか? この記事では彗星の命名規則について、基本的な部分を解説します。

彗星に固有名をつけるようになったのは比較的最近
夜空に長い尾を引く彗星の名前と言えば、人の名前がついているというイメージが強いでしょう。ただし、2000年以上にわたって観測記録が残されている彗星に名前を付ける習慣が生まれたのは、18世紀半ば以降です(※1)。それ以前の彗星は、観測記録が残されている程度で、固有名が付いていないことも珍しくありません。固有名が付くにしても、せいぜい観測された年をつけて「○○年の彗星」と呼ばれる程度です。その中でも、人々の注目を浴びるほど明るくなった彗星は「1106年の大彗星(X/1106 C1)」「1882年の大彗星(C/1882 R1)」などのように、大彗星(Great Comet)と呼ばれることもあります(※2)。

彗星に人の名前が付けられる習慣が根付く最初のきっかけとなったのは、エドモンド・ハレーに因んで命名された「ハレー彗星(1P)」です。ハレーは過去の彗星の観測記録から、自身が1682年に観測した彗星が1759年に再び出現することを予測しました。この予測は後世の研究者により実際に証明され、その功績からハレー彗星と命名されました。
しかし彗星の名前は徐々に、公転軌道を予測した人ではなく、発見者に割り当てられるようになりました。このような習慣が定着したのは20世紀頃であり(※3)、彗星を名前で呼ぶようになったのもこの頃からです。この習慣は、現在では国際天文学連合(IAU)によって定義化されています。発見者の名前が付けられるというのは、天文学に限らず自然科学全般を見渡しても珍しい習慣です。その一方で、原則として発見者の名前「しか」付けられないという意味では、自由度のない命名規則であるとも言えます。
発見者の名前を付けられる、と言ってもそのルールは複雑
「発見者の名前が付けられる」と一言でまとめましたが、実際の彗星の命名には、かなり細かい規則があります。小惑星との重複登録の処理に絡む複雑な規則や、適用される可能性がほとんどない例外的な規則もあるため、この記事では全てを取り上げることはせずに、いくつかの重要なポイントを示します。
彗星の発見者となるには、彗星などの一時的な天文イベント(突発現象)の情報発信を行っている「天文電報中央局(CBAT)」に観測情報を報告する必要があります。発見者は原則として発見報告の先着順で2名まで(※4)、という形で決定しますが、現在の規則では単に報告が早いだけでなく、彗星の公転軌道を確定できるような観測情報を報告することが求められます。これは観測技術の進歩により、報告自体はいくらでも早くできるものの、公転軌道を決定するのには役に立たない観測情報が増えてきたためです。
現在の規則においては、最低でも2晩の観測情報を報告することが求められます。また、それらの観測情報は、公転軌道を決定するために十分な精度と信頼のおける内容であることが求められます。このルールは、天体の発見者という栄誉は、個々の天体の識別に欠かせない、公転軌道の決定に貢献した者に与えられるべきだという考えが天文学者の間で根付いており、支持されていることに基づいています。
そして、発見者は何も1人の人間であるとは限りません。特に最近ではアマチュアレベルでも、多人数のチームや市民科学的な手法で彗星を発見することがあるためです。この場合、彗星の名前は個人名ではなくチーム名となり、チームを「1人」と数えることになります。発見がチームワークの賜物である以上、よほど特別な事情が無い限り、チームの中の一個人だけに発見の栄誉を与えることはふさわしくないと見なされるためです。
例えば、2024年9月下旬に話題となった「紫金山・ATLAS彗星」は、2つのチーム名が横並びとなった彗星です。前者は中国の紫金山天文台で観測・発見された彗星につけられる名前、後者は「ATLAS(小惑星地球衝突最終警報システム)」という、地球に衝突するかもしれない小惑星の発見と警告を行う自動システムの名前です。このように自動化されたシステムや、そのシステムが置かれている天文台がチームと見なされるケースもあります。

また、名前が彗星名になり得る天文台は宇宙にある天文台、すなわち宇宙望遠鏡や探査機でも変わりません。例えば太陽・太陽圏観測機「SOHO(Solar and Heliospheric Observatory)」は、太陽の近くをかすめる彗星である「サングレーザー」を多数観測しています。その数は “発見者” としては最多となる5000個を超えていて、発見されている全ての彗星の半分以上を占めています。なお、SOHOにおける彗星の発見は自動化されておらず、人の手によって撮影画像から発見されています。実際、SOHOの名前を冠する彗星の9割以上は、SOHOを運用する人々ではなく、無数の市民科学者によって発見されたものです。
このように、無数の天体を一度に観測できるシステムや宇宙望遠鏡も彗星の名前になり得るため、名前が重複する、あるいは似ている彗星の存在は珍しくありません。冒頭で取り上げた「ATLAS」の名がつく彗星の混乱は、このようにして生じたと言えます。

また、1994年に木星に衝突した「シューメーカー・レヴィ第9彗星」のように、何十年か前に見つかった彗星には「第◯彗星」とついているものをしばしば見かけますが、いつの間にかそのような命名がされなくなったのも、大量に彗星が発見されるようになったことを理由としています。第◯彗星という呼称は、かつては同じ発見者が発見した何番目の彗星であるかを示すための分かりやすい連番でした。しかし現在では、同じシステムを通じて発見される彗星が多すぎることから、あまり意味をなさなくなりました。
それに、観測記録を遡ると、より古い時期の観測記録が発見の決め手になることも珍しくありません。発見順で番号を付けようとすると順番の入れ替わりが発生する可能性があることも、第◯彗星という呼称が使われなくなった理由のひとつです。
- 太陽観測機「SOHO」の観測で発見された彗星が5000個に到達!(2024年4月11日)
- ハワイで撮影された紫金山・アトラス彗星 10月20日頃まで観察・撮影の好機(2024年10月19日)
- 明るい彗星候補「ATLAS彗星(C/2024 S1)」の消滅を確認(2024年10月29日)
仮だけど “正式名称” の「仮符号」
何十から何千もの彗星が全く同じ名前では、お互いを区別することはできず、明らかに不便です。そこで彗星には、発見者に由来する固有名とは別に、「仮符号」と呼ばれる唯一無二の識別名が与えられています。この記事で、彗星の固有名の脇にかっこ書きで書かれている英数字がその仮符号です。仮符号の命名規則も、歴史上何度か変更されており、現在使用されている規則は1995年から運用されています。

仮符号の構成は、上記の画像で詳しく説明しています。一例として挙げた紫金山・ATLAS彗星の仮符号「C/2023 A3」はこのような構成となっており、「2023年の1月前半に3番目に発見された非周期彗星に分類される彗星」という意味になります。
C/: 下記のルールに従う接頭辞
2023: 発見された年
A: 半月ごとに割り当てられた、年内の期間を表すアルファベット
3: 上記期間中に発見された何番目の彗星かを表す数字
仮符号の先頭にあるアルファベットは、彗星の公転軌道やその他の性質を表すため、特に重要です。
P: 周期彗星(公転周期が200年未満、または近日点通過が2回以上観測されている)
C: 非周期彗星(上記の定義に当てはまらない彗星)
X: 公転軌道が確立されていない彗星(歴史書などに記述された彗星)
D: 彗星核の分裂・蒸発などの理由で、おそらく消滅した彗星
A: 当初は彗星であると誤って報告され、後に小惑星に再分類された天体
I: 恒星間天体
現在発見されている彗星のほとんどは非周期彗星に分類されていて、周期彗星の発見は稀です。周期彗星であることが確定し、かつ太陽へ近づく「回帰」が2回以上観測された彗星は、その回帰順に番号が付けられた「番号登録周期彗星」となります。例えばハレー彗星はその初めてのケースであるため、1P(1P/Halley)となります。なお、番号登録周期彗星となった後に消滅したと推定される彗星は、番号は維持されたままで記号がPからDへと変化します。このような例にはビエラ彗星の3D(3D/Biela)などがあります。
仮符号は彗星の発見順に機械的に割り振られるため、異なる彗星に同じ符号が与えられることはありません(※5)。このため、名前が重複していない有名な彗星を除けば、仮符号で表記した方が区別がしやすく、便利です。このため、 “仮” とは言うものの、特に研究や論文の中では仮符号が優先して使われており、事実上の正式名称の性質を持ちます。
さらに細かい話をすると、「紫金山・ATLAS彗星(C/2023 A3)」のように固有名が先で仮符号が後という名前の構成は、可読性を優先したものであり、厳密に言えば誤りと言えます。正式な構成では仮符号が先で固有名が後になります。そして、固有名の唯一正しい表記はアルファベットのみとなり、漢字やカタカナとするのは非正規の “日本語訳” と言うことになります。例えば紫金山・ATLAS彗星の場合、「C/2023 A3 (Tsuchinshan–ATLAS)」とするのが、厳密には正しい表記となります。
とはいえ、soraeをはじめ一般的な読者層を想定したメディアの記事では、彗星の名前は固有名を優先して書く傾向にあります。これは日本語に限らず、どの言語圏のメディアでも似たような傾向にあります。一般の人々にとって仮符号はなじみがないことや、固有名が一種のトロフィーと見なされることを踏まえれば、無理もないことでしょう。
このように、彗星にはルールに基づく様々な名前があり、状況に応じて使い分けていると言えます。
注釈
※1…彗星に人の名前が付けられた例は18世紀以前にもありました。おそらく最古の例は紀元前44年に観測された「カエサル彗星(C/-43 K1)」です。これは共和政ローマのガイウス・ユリウス・カエサルの暗殺直後に出現したことに由来しています。
※2…大彗星という呼称を使う命名規則は現在でも残されています。突発的に明るくなり、世界中で多数の人々が同時に発見し、発見者を絞り込むことが困難な彗星に対して使われます。
※3…例えば1843年にエルヴェ・フェイによって発見された彗星に「フェイ彗星(4P)」と言う名が付けられたように、20世紀以前でも例外があります。
※4…かつては3~4名の名前が連なった彗星もありましたが、現在では2名までとなっています。例外は、公転軌道が十分に決定される前に行方不明となった命名済みの彗星を再発見した場合です。
※5…再発見された彗星が、再発見であると気付かれる前に新発見の彗星の扱いを受け、新たな仮符号が付与されることはあります。この場合、何か1つの仮符号が代表的に使用される名前の扱いを受けますが、他に付与された仮符号も別名として登録され続けます。
文/彩恵りり 編集/sorae編集部
参考文献・出典
- “IAU COMET-NAMING GUIDELINES”.(IAU Minor Planet Center)
- “MPEC 2010-U20 : EDITORIAL NOTICE”.(IAU Minor Planet Center)
- “How are comets named?”.(ESA)
- “新天体の仮符号:彗星”.(国立天文台)
- Ian Ridpath. “A BRIEF HISTORY OF HALLEY’S COMET”.(A Comet Called Halley)