ヘリウム化合物「ヘリウム化鉄」の合成に成功! 地球誕生時の重要な情報源?

「貴ガス(希ガス)」はほとんど化学反応をしませんが、条件次第で化合物を作ることがあります。ただし、貴ガスの中でも特に化学反応に乏しいことで知られている「ヘリウム」の化合物はほとんど知られておらず、金属元素との化合物は1種類のみが知られていました(※1)

東京大学大学院の竹澤春樹氏と廣瀬敬氏を中心とする研究グループは、鉄とヘリウムを高温高圧環境に置くことで世界で初めて「ヘリウム化鉄」を合成し、その性質を詳しく調べることができました。この成果は、珍しいヘリウム化合物を合成しただけに留まらず、地球が誕生した頃の環境を推定するための大きなヒントを与えることが期待されます。

地球中心部のヘリウムはどこにある?

学校の教科書で「貴ガス」を調べれば、そこには「ほとんど化学反応しない」などと書かれているかと思います。化学反応は原子同士での電子のやり取りで生じますが、貴ガスに分類される元素は、電子を受け取ったり放出したりしにくいため、通常は全くと言っていいほど化学反応をすることがありません。

しかし “ほとんど” と書かれているように、貴ガスも化学反応を起こすことがあります。電子を奪う能力が極めて強いフッ素は、通常の環境でも貴ガスと化学反応を起こします。それ以外の元素の場合、弱い化学結合が切れにくくなる極低温環境や、電子や原子を “無理やり押し込む” ことが可能になる高圧環境ならば、貴ガスを含む化合物が安定的に生成されます。特に高圧環境で生じる貴ガス化合物は、後述する理由から、惑星科学の分野で注目を集めています。

火山の噴火などを通じて、地球の内部の貴ガスが少しずつ放出されています。ごく一部の例外を除けば(※2)、貴ガスが地球内部で新たに生成されることはないため、約46億年前の地球の形成時に地球内部に取り込まれた原始惑星系円盤の塵やガスに含まれていたものに由来すると考えられています。新たに生成されない以上、地球内部のどこかに貴ガスを何十億年も保持できる場所があるはずです。

軽い気体としてよく知られる貴ガス「ヘリウム」は、ヘリウム3とヘリウム4の2種類の同位体(※3)が天然に存在します。このうちのヘリウム3は地球内部で生成するルートを持たないため(※4)、始原的な起源を持つと見なすことができます。しかもヘリウムは他の貴ガスと比べても逃げ出しやすいため、かなりの量が地球内部に存在しないといけません。

図1: 地球の内部には始原的なヘリウムが大量に存在すると予測されていますが、その場所がマントルなのか核なのかは大きな議論となっています。(Credit: B. Schröder, HZDR, NASA & Goddard Space Flight Center Scientific Visualization Studio)
【▲ 図1: 地球の内部には始原的なヘリウムが大量に存在すると予測されていますが、その場所がマントルなのか核なのかは大きな議論となっています。(Credit: B. Schröder, HZDR, NASA & Goddard Space Flight Center Scientific Visualization Studio)】

かつて、地球内部の始原的なヘリウムは、深さ660~2900kmの下部マントルに溜まっているとする説が主流でした。しかし、地下から湧き出すヘリウム3の量(※5)や、ヘリウム3濃度の高い岩石試料の分析結果(※6)などから「始原的なヘリウムは地球の中心核(コア)にも大量に含まれているのではないか?」とする説も登場しました。この説が正しければ、地球の核は現在でも100万tから10億tのヘリウム3を貯蔵していることになり、約46億年前の地球誕生時はもっと多かったことになります。

ただし、岩石でできているマントルとは異なり、地球の核は鉄を主成分とする金属でできています。ヘリウムと金属元素が化合物を形成すれば、地球の核はもっと大量のヘリウムを含むことができます。しかしこれまでに、ヘリウムと金属元素との化合物として報告されたのは、2017年に合成された「ヘリウム化二ナトリウム(Na2He)」が唯一でした。ヘリウムと鉄に関する研究では、鉄の中には最大でも0.0007%のヘリウムしか含ませることができないという実験結果が2013年に示されています。もし本当にこれほどしか含めない場合、現在の核には始原的なヘリウムがほとんど残っておらず、核からのヘリウム供給は無視できることになります。

ヘリウム化合物「ヘリウム化鉄」の合成に成功!

東京大学大学院の竹澤春樹氏と廣瀬敬氏を中心とする研究グループは、地球の核に近い高温高圧環境において、鉄の中に存在するヘリウムの振る舞いを調査する実験を行いました。高温高圧環境は「ダイヤモンドアンビルセル」と呼ばれる装置で作り出すことが可能ですが、実際にどのような物質が生成されているのかを調査することは困難です。

そこで、ダイヤモンドアンビルセルで高温高圧をかけた試料について、大型放射光施設「SPring-8」による結晶構造の決定と、北海道大学の同位体顕微鏡によるヘリウムの存在する位置の特定を行いました。これらの測定結果と、台湾国立中央大学のHan Hsu氏による理論計算を照らし合わせ、鉄の中に存在するヘリウムの位置や性質を決定しました。

図2: ダイヤモンドアンビルセルで鉄とヘリウムを高温高圧環境に置くことで、ヘリウム化合物である「ヘリウム化鉄」の生成に成功しました。(Credit: Haruki Takezawa, et al.より改変)
【▲ 図2: ダイヤモンドアンビルセルで鉄とヘリウムを高温高圧環境に置くことで、ヘリウム化合物である「ヘリウム化鉄」の生成に成功しました。(Credit: Haruki Takezawa, et al.より改変)】

ダイヤモンドアンビルセルで、温度を730~2550℃(1000~2820K)、圧力を5万~54万気圧(5~54GPa)という高温高圧環境を生成すると、鉄の結晶構造が変化して体積が最大30%膨張し、ヘリウム含有量も質量比で最大3.3%まで増大することが分かりました。2013年の研究では最大でも0.0007%だと示されていたことを考えれば、実に約5000倍も多くヘリウムが含まれていることになります。

また、同位体顕微鏡による分析結果でも、ヘリウムは鉄の結晶構造の中に大量に存在することが分かりました。理論計算も併せて考えると、鉄とヘリウムは高温高圧環境で「FeHe0.25」と「FeHe0.167」という組成の化合物となっていることになります(※7)。つまり今回の実験は、世界で初めて「ヘリウム化鉄」の合成に成功したことを示しています。金属元素とヘリウムとの化合物が報告されたのはこれで2例目となります。

なお、今回合成されたヘリウム化鉄は、常温常圧に戻してもすぐには分解せず存在できるものの、時間の経過とともに徐々にヘリウムを放出し、分解してしまいます。しかしヘリウム化鉄を極低温環境に置けば、ある程度ヘリウムの放出を防ぐことができるため、同位体顕微鏡による詳しい分析を行う時間を稼ぐことができます。2013年の実験では、鉄にヘリウムを含ませることはほとんどできないとする結論でしたが、この時には高温のまま試料分析を行っていました。当時の実験では、高温での分析中にヘリウムが抜けてしまったため、今回の実験よりも著しく低いヘリウム含有量が報告された可能性があります。

ヘリウムが誕生時の地球について語ってくれるかもしれない

図3: 今回のヘリウム化鉄の合成の成功は、誕生したばかりの地球環境を推定するのに影響があるかもしれません。(Credit: ESA, NASA & M. Kornmesser)
【▲ 図3: 今回のヘリウム化鉄の合成の成功は、誕生したばかりの地球環境を推定するのに影響があるかもしれません。(Credit: ESA, NASA & M. Kornmesser)】

今回のヘリウム化鉄合成の研究結果は、最も反応に乏しい貴ガスであるヘリウムに新たな化合物が加わった点だけでも興味深いですが、それだけに留まりません。今回のヘリウム化鉄の合成の成功により、地球の核には大量のヘリウムが含まれている可能性が高くなりました。この結果は「地球がどのように形作られたのか」という疑問の答えにも影響を与えます。

まず、地球の核におけるヘリウムの存在は、地球の水の起源を探る上で重要になるかもしれません。ヘリウムと同じように、宇宙に豊富に存在する軽い元素として「水素」があります。水素とヘリウムは共に原始惑星系円盤のガスとして存在しているため、地球の核にヘリウムが豊富に含まれているということは、水素も地球の形成時に原始惑星系円盤のガスから大量に取り込まれた可能性があります。

そしてよく知られているように、水素は酸素と化合すると水になるため、形成したばかりの地球には、原始惑星系円盤のガスに間接的に由来する水がかなりの量で存在していた可能性があります。これは、初期の地球における水の起源や量の議論に影響を与える可能性があります。つまり、地球の核に始原的なヘリウムが存在することは、間接的に初期の地球における水素や水の存在を示すことになります。

また、地球がどのくらいの時間で形作られたのか、その推定にも直接影響するでしょう。地球の形成にかかった時間は現在でも議論がありますが、長い推定では1億年かかったとするものがあります。しかしこれほど時間がかかると、ヘリウムが核から逃げ出してしまうため、約46億年後の現在に噴出しているのを観測することはできないでしょう。実際に始原的なヘリウムの噴出を観察できることからは、地球の形成にはそれほど時間がかかっていないことが示唆されます。

一方で、今回の研究では解決していない課題もあります。まず、今回の実験で合成されたのは、固体のヘリウム化鉄です。地球の核は全体が固体ではなく、外側が液体・内側が固体という二重構造になっていると考えられています。液体の鉄でヘリウム化鉄が合成できるかどうかは不明であり、今後も研究を行う必要があります。

また、今回の実験は厳密にはヘリウム4で行われたものであり、始原的なヘリウムと見なすことが可能なヘリウム3でのヘリウム化鉄は合成されていません。ただし、ヘリウム3はヘリウム4と似たような振る舞いをすることが予測されており、研究グループはヘリウム3によるヘリウム化鉄の合成も可能であると予測しています。

注釈

※1…本記事で言う貴ガス化合物は、通常の文脈では化合物とは呼ばれないファンデルワールス分子、イオン、クラスレート、固溶体などを除外しています。

※2…ウランやトリウムなどの崩壊で生じるヘリウム4と、カリウム40の崩壊で生じるアルゴン40。

※3…元素(同じ化学的性質を持つ原子)の中でも、原子核に含まれる中性子の数が異なるもの同士を同位体と呼びます。

※4…地球上におけるヘリウム3の自然発生は、宇宙線によるリチウム原子核の分解か、宇宙線によって生成した三重水素(トリチウム)の崩壊で発生しますが、いずれにしても宇宙線が届かない地下深くでは生じない反応です。

※5…中央海嶺からの火山ガスの分析結果から、1年あたり約2kgのヘリウム3が地中から湧き出していると考えられています。

※6…ハワイ、サモア、アイスランドなどの玄武岩には、地球の核付近からやってきたと推定される物質が見つかっています。これらの玄武岩はヘリウム3の濃度が高いため、ヘリウム3も核に含まれているのではないかという説が提唱されています。

※7…通常の鉄の結晶構造は体心立方格子構造(bcc)ですが、FeHe0.25で表されるヘリウム化鉄は面心立方格子構造(fcc)、FeHe0.167で表されるヘリウム化鉄は六方最密充填構造(hcp)の結晶構造を持っています。面心立方格子構造のヘリウム化鉄は不安定であり、測定されたヘリウムの比率は理想式より少なくなります。逆に六方最密充填構のヘリウム化鉄は結晶構造が変形して隙間ができることで、理想式より多くのヘリウムを含んでいます。

 

文/彩恵りり 編集/sorae編集部

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参考文献・出典