1921年12月12日の夕方、ヘンリエッタ・スワン・リービット（Henrietta Swan Leavitt、1868-1921）という名の天文学者が癌でこの世を去りました。
この日、リービットが住んでいたマサチューセッツ州ケンブリッジでは大雨が降りました。ハーバード大学天文台で約30年にわたり働いてきたリービットは、雨雲に隠れていた星たちと別れを告げることになったのです。あるいは、彼女も雨雲の遥か彼方で星になったのかもしれません。天文学史上の輝星が雨雲に隠されたかのようなリービットの生涯と功績を振り返ってみましょう。
リービットの生涯と功績
リービットの人生は53年という短さでしたが、生前その功績が十分に評価されることはありませんでした。しかし今日、リービットの遺産なくして現代の天文学を語ることはできません。
教育とキャリアの始まり
リービットは1868年7月4日、アメリカ合衆国独立記念日にマサチューセッツ州ランカスターで生まれました。彼女は、大学に入学する女性が少数だった時代にもかかわらず、高等教育を受ける機会に恵まれました。最初はオーバリン大学（Oberlin College）に入学し、その後、女性のためのハーバード大学とも呼ばれたラドクリフ・カレッジ（Radcliffe College）に編入しました。彼女はそこで芸術、哲学、言語学、数学を学び、最終学年で天文学のコースを受講しました。
ハーバード大学天文台での業績
19世紀末になると、大学を卒業した女性の数は増加しましたが、正規の大学教育を受けた女性が就ける専門職はまだ限られており、科学の分野ではさらに少なかったのです。天文学に興味を持ち始めたリービットは、家族からの経済的支援もあり、ハーバード大学天文台で研究助手として働き始めました。
当時、ハーバード大学天文台では、台長のエドワード・ピッカリング（Edward Charles Pickering、1846-1919）が写真乾板に記録された星のカタログ作成を進めていました。星の色や明るさ、スペクトルなど、膨大なデータを処理するため、多数の女性が雇用されました。彼女たちは「コンピューター」呼ばれ、データ処理や計算手として働きました。望遠鏡を操作することは許されませんでしたが、科学的な大発見につながるデータ解析に貢献しました。その一環として、ピッカリングはリービットに変光星の研究を任せました。
セファイド変光星の「周期‐光度関係」の発見
リービットは、写真に写った変光星を見つけ出し、その明るさの変化を解析することに卓越していました。実際、生涯で数多くの変光星を発見しています。しかし、彼女の最大の功績は、後に「セファイド変光星」（ケフェウス座δ型変光星）と呼ばれる星の「周期‐光度関係」を発見したことです。
変光星のカタログ作成は地道な作業でした。異なる夜に同じ空域で撮影されたガラス乾板写真のペアを比較する必要がありました。リービットは何千もの星が写った写真を見て、わずかな明るさの変化も見逃さず丹念に調べ上げました。そして、セファイド変光星の変光周期に重要なパターンがあることに気づいたのです。
彼女は、小マゼラン雲にある多数のセファイドを観測したデータを精査し、周期の長いセファイドほど明るいことを発見しました。つまり、星の変光周期とその絶対光度には直接的な関係があることを突き止めたのです。小マゼラン雲内の星々は地球からほぼ同じ距離にあると仮定できるため、見かけの明るさの違いは星自体の明るさの違いに起因すると考えられます。
リービットの発見がもたらした宇宙観の変革
後に、エドウィン・ハッブル（Edwin Powell Hubble、1889-1953）はこの「周期‐光度関係」を用いてアンドロメダ星雲（M31）までの距離を測定し、アンドロメダ星雲が私たちの天の川銀河とは別の銀河であることを明らかにしました。
この発見は、宇宙が私たちの銀河だけで構成されているという当時の常識を覆し、宇宙観に大きな変革をもたらしました。さらに、他の銀河のセファイドを観測してその距離を求め、赤方偏移のデータと比較することで「ハッブルの法則」を導き出しました。これが「宇宙膨張説」を示す重要な証拠となりました。
セファイド変光星の脈動の原因
ちなみに、セファイド変光星が変光する原因については、その後の研究で、星自体が膨張と収縮を繰り返す「脈動変光星」であることが判明しました。
制限された環境とリービットの苦悩
ピッカリングはリービットの技術と能力を高く評価し、彼女に昇給を与えましたが、彼女が取り組める仕事の範囲は依然として限定されていました。宇宙に関する疑問に自主的に取り組むことを許された女性「コンピューター」はほとんどいませんでした。
リービットはセファイド変光星の研究を続けたいと望んでいましたが、思うように研究を進めることはできず、結局、自身の発見を十分に活かすことができないままこの世を去りました。
また、リービットは生涯を通じて健康問題に悩まされ、聴覚障害（難聴）を患っていたとも言われています。
リービットの功績とその評価
リービットについて語られるとき、その多くは「女性」や「障害」という属性とともに語られます。しかし、彼女が成し遂げた天文学上の功績は、これらの属性とは直接関係がありません。
「ケプラーの法則」や「ハッブルの法則」がある一方で、セファイドの「周期‐光度関係」がなぜ「リービットの法則」と呼ばれないのか。もしそれが「女性」であり、正規の天文学者ではなく「コンピューター」に過ぎなかったという理由であるならば、それは再考されるべき問題です。
ノーベル賞候補とその後の評価
1925年、スウェーデンの数学者でありスウェーデン王立科学アカデミーの会員であるゴスタ・ミッタク＝レフラー（Gösta Mittag-Leffler）から、リービットをノーベル物理学賞の候補に推薦したいという手紙がハーバード大学天文台に届きました。しかし、リービットはその4年前に亡くなっており、ノーベル賞は存命の人物にしか授与されないため、彼女が受賞することはありませんでした。
もし彼女が生きていれば、ノーベル賞の栄誉に輝いた可能性は高かったでしょう。
リービットの遺産と記念
リービットの名前は、現在では小惑星や月のクレーターに冠されています。こちらの画像は、オーラ・サッツ氏による「The Leavitt Crater」と題されたアート作品（2014年制作）で、リービットの肖像画と彼女にちなんで名付けられた月のクレーターの写真が重ね合わされています。
この作品は、スミソニアン博物館のナショナル・ポートレート・ギャラリー（National Portrait Gallery）のコレクションの一部となっています。
Source
- Image Credit: American Institute of Physics, Emilio Segrè Visual Archives
- Image Data: NASA, ESA, Hubble Legacy Archive; Processing & Copyright: Rogelio Bernal Andreo (DeepSkyColors.com)、National Portrait Gallery, Smithsonian Institution
- CFA - Remembering Astronomer Henrietta Swan Leavitt
- APOD - RS Puppis
文／吉田哲郎 ／sorae編集部
