
生命の誕生には、その前の段階の化学反応である「プレバイオティック反応(前生命反応)」の積み重ねが重要であるという説があります。しかし、実験室で再現可能な化学反応と、生物の体内で起こる生化学には、それぞれの複雑さの間に天地ほどの差があります。このため、プレバイオティック反応の詳細を探るための研究が進められています。
ところで、生物がエネルギーを生産する上で欠かせない物質を作り出すのに重要な「クエン酸回路(TCA回路 / クレブス回路)」と呼ばれる反応があります。ハインリッヒ・ハイネ大学のJonathan Gutenthaler-Tietze氏などの研究チームは、その名前に反して地殻に豊富に存在する元素である「希土類元素(レアアース)」(※1)が、クエン酸回路と似たような化学反応を促進する触媒となることを実験で示しました。
※1…スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、プロメチウム(Pm)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリニウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、ルテチウム(Lu)の17種類。このうちスカンジウムとイットリウムを除いた15種類は「ランタノイド」と呼ばれています。
希土類元素と生命との関連性はここ十数年ほどで示されたばかりの、まだまだ未開拓な分野です。今回の研究結果は、希土類元素が生命そのものだけでなく、その誕生にも関与していることを示唆しています。
なお、今回紹介する研究論文は、「希土類元素と親和性の高いペプチド(短鎖タンパク質)を “うっかりミス” で偶然に合成する」という研究論文と同時にAngewandte Chemie国際版に掲載・紹介されています。こちらの解説記事は下記の通り、アズワン株式会社のメディア『Lab BRAINS』に掲載されています。
【関連リンク】うっかりミスがきっかけ! 希土類元素 (レアアース) と親和性の高い短鎖タンパク質を合成(Lab BRAINS)
生命誕生には金属元素が関与している
生命はどのように誕生したのでしょうか? 現在でも謎が多いこの疑問ですが、様々なアプローチで解決が試みられています。その1つに、初期の地球で起きたと考えられている「プレバイオティック反応」を探索する研究手法があります。
生命活動は複雑怪奇なものの、1つ1つの段階にまで分解すると、何かしらの化学反応であると見なすことができ、1段階だけなら生命が関与しなくても発生する反応もあります。生命が誕生する前の初期の地球では、このような生命が関与しない反応が組み合わさって、やがて最初の生命が誕生したとも考えられます。
ただし現状では、初期の地球で起きたであろう単純な化学反応と、生命活動で起こる複雑な化学反応との間には大きな開きがあり、中間的な複雑さを持つ化学反応の知見が不足しています。この大きな溝を埋めるため、生命以前に起きた化学反応であるプレバイオティック反応が探索されているのです。
プレバイオティック反応において主役となるのは有機分子ですが、金属元素も重要な “脇役” となります。金属元素は有機分子に直接組み込まれることはありませんが、金属元素のイオンは化学反応を促進する触媒として働きます。初期の地球には金属イオンが豊富にあるため、プレバイオティック反応の研究においては金属元素の存在を無視することはできません。
たとえば、地球の表面に2番目に豊富に存在する金属である鉄は、プレバイオティック反応の触媒として有力視されています。詳細は後述しますが、鉄を触媒とするクエン酸回路と似た化学反応も見つかっています。
希土類元素は生命誕生に関与しているか?
ハインリッヒ・ハイネ大学のJonathan Gutenthaler-Tietze氏、Carolina G. Heßler氏、およびLena J. Daumann氏の研究チームは今回、プレバイオティック反応の触媒となる元素として「希土類元素」もありうる可能性を提示する研究結果を発表しました。

希土類元素とは、お互いに化学的性質が似ている全17種類の元素の総称です。英語名である「レアアース」としても知られています。 “レア” とは言うものの、特に豊富な希土類元素は、銅や亜鉛に匹敵するほどの地殻濃度を持ち、それほどレアではありません。このような名前が付いた理由は、濃集している鉱物が稀にしか存在しないこと、そのような鉱物を含む鉱石であっても濃度が低いため、大量の鉱石を採掘・製錬しなければ得ることができないことに由来してます。
自然界でそれほどレアではない元素であるならば、プレバイオティック反応の触媒として機能してもおかしくありませんが、最近になるまで希土類元素を利用する生化学の実例が見つかっていなかったことから、その関連性はほとんど注目されていませんでした。
しかし、2012年に希土類元素がないと機能しない酵素「XoxF」が発見されると、その見方に大きな変化がありました。続けて2013年にはXoxFが機能しなければ生存できない細菌の発見、およびXoxFが似た機能を持つ酵素と比べて祖先的な系統に位置づけられることが判明したことで、希土類元素と生命はかなり古い時代から関連している可能性が見えてきました。
さらに、ウランやトリウムのような放射性元素は希土類元素と化学的性質が似ているため、しばしば一緒に存在します。ウランやトリウムからの放射線は、化学反応を進めるためのエネルギー源となり得ます。
これらの背景事情を踏まえ、Gutenthaler-Tietze氏らは「これらの事項だけでも、生命の起源に関する研究で、これまで希土類元素が無視されてきたことは、まことに驚くべきことである。」と述べています。
希土類元素はクエン酸回路と似た反応を促進する!
Gutenthaler-Tietze氏らは、希土類元素が関与するプレバイオティック反応として、「クエン酸回路」に似た化学反応が起きるかどうかを実験しました。クエン酸回路とは、生物がエネルギーを生産するのに欠かせない物質を作る重要な化学反応であり、酸素を呼吸する生物(好気性生物)全般に見られます。
クエン酸回路に関する研究では、酸素を呼吸しない生物(嫌気性生物)ではクエン酸回路が逆回転すること、いくつかの段階の反応は金属イオンや鉱物が触媒作用を持つことが知られています。このため、初期の生命、あるいは生命誕生以前から、クエン酸回路と似たような化学反応が既に存在していた可能性が示唆されています。
プレバイオティック反応におけるクエン酸回路と似た反応は、主に鉄の関与が調査されていますが、Gutenthaler-Tietze氏らは希土類元素でもこのような反応が起こるのではないかと考え、実験を行いました。反応の出発点としてピルビン酸とグリオキシル酸を用意し、熱水噴出孔を再現した環境(※2)で化学反応させました。
※2…窒素で満たした密閉容器内で、弱酸性/70℃の水中で3時間反応。

その結果、琥珀酸、フマル酸、アコニット酸、イソクエン酸など、クエン酸回路で登場する11の中間体のうち、7種類が合成されることが確認されました。また、イオン半径が小さいイットリウムとホルミウムでは多段階反応が進みやすいことや、イオン半径が大きいランタンではグリコール酸が多く生成されやすいことなど、希土類元素のそれぞれによって反応の詳細が異なることが示されました。
特に、ランタンがかなりの微量であってもこのような反応が進んだことを確認できたことは大きな成果です。これはランタンを含めた希土類元素が、化学反応を進める触媒としての作用を持つことを示す有力な証拠です。
今回の実験で、希土類元素はクエン酸回路と似たような化学反応を進めることが明らかとなり、生命の誕生に関連している可能性が示唆されました。一方で、希土類元素で起こるプレバイオティック反応の様子は、鉄のそれとは異なります。ランタンによる実験では、鉄とは逆にpHが低下すること、還元反応で生成されるグリコール酸と乳酸は鉄と比較して大量に生成されることが分かりました。
このため、生命の誕生に関与した金属元素は、鉄か希土類元素かという二者択一ではなく、両者が相互補完的に関与した可能性もあります。
Gutenthaler-Tietze氏らは、希土類元素と光による光酸化還元触媒など、希土類元素が関与する他の触媒作用もプレバイオティック反応に関連している可能性があると考えており、今後も研究が必要であると述べています。
ひとことコメント
希土類元素と生命の関連は最近になって分かったことだから、今後もこのような成果が出てくると思うのよ。(筆者)
文/彩恵りり 編集/sorae編集部
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参考文献・出典
- Jonathan Gutenthaler-Tietze, Carolina G. Heßler & Lena J. Daumann. “Influence of Rare Earth Elements on Prebiotic Reaction Networks Resembling the Biologically Relevant Krebs Cycle”.(Angewandte Chemie International Edition)
- Arne Claussen. “Rare earth elements – Of peptides and the origins of life”.(Heinrich-Heine University Duesseldorf)























