宇宙に存在するすべての物質・エネルギーのうち約27パーセントを占めるとされていながらも、正体が判明していない「暗黒物質(ダークマター)」。その候補の探索が国立天文台ハワイ観測所の「すばる望遠鏡」を使って進められています。
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の研究者らによる国際研究グループは、すばる望遠鏡に搭載されている超広視野主焦点カメラ「HSC(Hyper Suprime-Cam、ハイパー・シュプリーム・カム)」を使い、暗黒物質候補のひとつである「原始ブラックホール」の探索を進めています。
原始ブラックホールとは、ビッグバン直後の宇宙が急激な加速膨張(インフレーション)をした頃に生じた密度のゆらぎをもとに空間自身が崩壊して形成されたと考えられているブラックホールです。原始ブラックホールは近年重力波望遠鏡によって合体にともなう重力波が検出されているブラックホール連星の起源や、初期の宇宙で急速に成長したとされる超大質量ブラックホールの起源を自然に説明できる可能性があるだけでなく、謎の多い暗黒物質の正体である可能性もあることから注目されています。
Kavli IPMUでは2014年にもすばる望遠鏡のHSCを用いた原始ブラックホールの探索を行っており、2019年4月にその結果が発表されています。当時の探索はスティーブン・ホーキング氏が予言した月の質量よりも軽い原始ブラックホールの発見を目指したもので、「アンドロメダ銀河(M31)」にある約9000万個の星の明るさの変化が一晩かけて観測されました。
この観測において原始ブラックホールによって引き起こされたとみられる重力マイクロレンズ効果(※)の候補が1例検出されましたが、もしも暗黒物質が原始ブラックホールであるならば、理論上は1000例ほどの重力マイクロレンズ効果が観測されるはずだったといいます。観測結果をもとに、天の川銀河とアンドロメダ銀河の間に存在する暗黒物質が原始ブラックホールである可能性は低いと結論付けられていました。
※…天体の重力によって光の進む向きが曲げられることで、その背後にある星(光源星)の明るさが増したように観測される現象
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今回進められている探索は、月よりも軽い原始ブラックホールの可能性を再検討した研究成果をもとに進められています。研究グループが注目したのは、宇宙初期のインフレーションで生じたかもしれないという「子」宇宙です。
私たちが住むこの宇宙以外にも複数の宇宙(多元宇宙)が存在しているとする「多元宇宙論」という理論があります。研究グループは、インフレーションの際に誕生した数多くの子宇宙が収縮することでブラックホールが形成されたとする理論を提唱しており、すばる望遠鏡のHSCによる原始ブラックホールの探索によってこの理論が検証できるとしています。
また、インフレーション時に誕生した子宇宙は、事象の地平面を境に内側と外側では全く異なる見え方になるといいます。研究グループによると、外側にいる私たちには子宇宙がブラックホールに見えるものの、子宇宙の内側からは膨張し続ける宇宙として観測されるといいます。事象の地平面の内外で見え方が異なる現象は2020年にノーベル物理学賞を受賞したロジャー・ペンローズ氏が最初に予言したもので、今回の研究もペンローズ氏の考え方がもとになっているとされています。
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2019年に発表された先の研究成果ではすべての質量の原始ブラックホールが否定されたわけではなく、暗黒物質が原始ブラックホールである可能性はまだ残されています。今回の探索により、原始ブラックホール形成の謎を解く手がかりが得られることが期待されています。
Image Credit: Kavli IPMU
Source: Kavli IPMU
文/松村武宏
Last Updated on 2021/01/02