
JAXA(宇宙航空研究開発機構)の小惑星探査機「はやぶさ2」は、2031年に直径約11mの小さな小惑星「1998 KY26」を探査する予定です。接近に成功すれば、太陽系の多数派に関する詳細な観測データを提供してくれることになるでしょう。
しかしここで、ハーバード大学のAbraham Loeb氏などの研究チームは、1998 KY26に関するユニークな説を提唱しました。それは、1998 KY26の正体は天然の天体ではなく、旧ソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)が1988年に打ち上げた火星探査機「フォボス1号」であるというものです。
ただ、この説の受け止めには注意が必要です。確かに、科学的な議論を重ねてこのような説を出すことは可能であり、話としては興味深い内容ではあります。しかし、Loeb氏らが主張したのはあくまで正体の可能性です。1998 KY26の正体はフォボス1号であると断定しているわけではないことには注意が必要です。
“宇宙の石ころ” を目指すはやぶさ2

162173番小惑星「リュウグウ」の探査を終えた、JAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」は、2026年7月に98943番小惑星「トリフネ」のフライバイによる探査を計画していますが、さらにその先の2031年に、まだ小惑星番号の無い「1998 KY26」という小惑星の探査を計画しており、可能ならば着陸を狙っています。
1998 KY26は、直径約11m(9~13m)と推定される非常に小さな小惑星で、自転周期が5.3分と短いことから、リュウグウのように多数の岩片が寄り集まった天体(ラブルパイル天体)ではなく、1枚岩で構成された天体であると推定されています。もし探査が成功すれば、たとえ着陸に成功しなくても、探査機が訪れた最小の天体の記録を更新します。直径10m程度、またはそれ以下の小さな小惑星は、 “宇宙の石ころ” と言えるほど数が膨大ですが、性質に未知な点も数多くあるため、詳細な観測が期待されています。
また、1998 KY26は小惑星ではなく彗星なのではないかという説もあります。一般的に小さな天体であるほど、計算上の公転軌道と、実際の公転軌道にはズレが生じることが知られています。ほとんどの場合、このズレはヤルコフスキー効果(太陽から受けたエネルギーを熱として放射する際に発生する力)によって説明できますが、1998 KY26の軌道のズレは、ヤルコフスキー効果だけでは説明が付きません。
ヤルコフスキー効果では説明不足な軌道のズレについて、2023年の研究では、表面から塵やガスが噴出し、その反動が軌道をズラしていると主張しています。もしもこの主張が正しい場合、1998 KY26は彗星の定義を満たす天体であることになります。その場合、地上からの観測では分からないほど、活動度が低く暗い彗星であることになります。
はやぶさ2は1998 KY26に接近するため、搭載された検出器が塵を検出し、彗星であることを証明できる可能性があります。また、接近観測では1998 KY26の正確な形状が分かります。小惑星の形状も、軌道の変化に影響する要素となるため、1998 KY26の軌道のズレの説明に彗星活動が必要かどうかもはっきりすることになります。
さらに、この2023年の研究では、1998 KY26の他にも暗い彗星の候補をあげているため、はやぶさ2の観測結果次第では、1998 KY26以外の小惑星の軌道の謎の解明にもつながるかもしれません。
1998 KY26の正体は旧ソ連の火星探査機?
しかし、ハーバード大学のAbraham Loeb氏は、1998 KY26などの暗い彗星候補の天体について、別の正体の可能性を検討しています。
その根拠は、1998 KY26の特異な性質です。例えば、表面の反射率(アルベド)が約0.52と非常に高い可能性があります。この反射率は、岩石というよりは金属に近い値です。本当にこれほど高いのかは確定的ではないものの、もしも本当に金属であるならば、それは自然の天体ではなく人工物である可能性が出てきます。
これに加えて、1998 KY26は細長い形状をしており、高速で自転していることも考慮事項となります。形状や自転速度自体は、天然の天体でも説明がつくものの、人工物も同じ特徴を持つことができるからです。
もちろん人工物といっても、それはどこかの異星人が作ったものではなく、人類が地球から過去に打ち上げた探査機です。これまでに様々な探査機が打ち上げられましたが、それらはとても小さいため、直接的な観測で見つけることは難しくなります。
特に、ミッションの途中のトラブルなどで行方不明となった探査機は、正確な軌道が分からないケースがしばしばあります。このため、行方不明となった探査機を偶然再発見し、人工物とは気づかずに天然の小惑星として登録してしまう可能性は十分に考えられます。例えば、2020年に発見され、一旦は小惑星として登録された「2020 SO」の事例では、その後の観測で人工物(ロケットの上段ステージ)であることが判明しています。
もしも1998 KY26が探査機であるならば、太陽光を反射した際に発生する圧力で軌道がズレるため、彗星活動を仮定しなくても軌道のズレを説明することができます。1998 KY26の公転軌道から、可能性があるのは火星探査機であることになります。

Loeb氏は他の研究者と共に、1998 KY26の軌道と、1998 KY26の発見前に打ち上げられた31機の火星探査機の軌道とを比較し、1998 KY26の正体である可能性があるものの絞り込みを行いました。その結果、旧ソ連が打ち上げた火星探査機「フォボス1号」が、1998 KY26の正体である可能性が出てきました(※1)。
※1…計算上はフォボス2号も正体の候補に上がりますが、フォボス2号は火星の周回軌道の投入に成功しているため、候補から除外されます。

フォボス1号は火星と、火星の衛星「フォボス」への到達を目標に、1988年7月7日に打ち上げられたものの、同年9月2日に誤った指令が送信されたことをきっかけに通信が途絶し、行方不明となっています。
この行方不明直前の状況から推定されるフォボス1号の公転軌道は、確かに1998 KY26の公転軌道と似ています。またLoeb氏らは、軌道の一致に加えて、1998 KY26の推定される大きさや形が、太陽光パネルを広げたフォボス1号と矛盾しないことも指摘しています。
とはいえ、意図せず行方不明となった関係上、フォボス1号の軌道には不確実性があります。これに加え、フォボス1号の推定される軌道と、観測された1998 KY26の公転軌道を完全に一致させるには、軌道を修正する必要があります。

Loeb氏らは、フォボス1号に誤った指令が送信された1988年9月2日に約0.61km/s、ミッション終了後の1996年5月19日に約1.28km/sの軌道修正があれば、フォボス1号と1998 KY26の軌道が完全に一致すると推定しています。Loeb氏らは、フォボス1号に搭載されているスラスターの燃料は、この軌道修正を行うのに十分足りると推定しています。
ただ、この軌道修正の必要性が、今回の説の一番の弱点なのも確かでしょう。この軌道修正に必要なスラスター噴射は、いずれも指令による意図的な制御ではなく、スラスター燃料の漏れなど、意図しない偶発的な出来事に頼る必要があります。そのような出来事が起きた可能性を安易に否定することはできませんが、偶発的な軌道修正という前提条件は今回の説を否定する強い根拠にもなるでしょう。
主張の受け止めには注意が必要
はやぶさ2拡張ミッションの目標天体のひとつが、かつて行方不明になった火星探査機であるかもしれないというのは興味深い可能性ではありますが、この話題は慎重に受け止める必要があります。実際、Loeb氏らは今回のプレプリントで以下のように述べており、決して1998 KY26の正体をフォボス1号だと断定しているわけではありません。
明確にしておくと、今回の研究は1998 KY26がフォボス1号であると断定するものではなく、この結論を裏付ける証拠を分析するものであり、その証拠には非常に説得力がある。
(To be clear, this research cannot unequivocally identify that 1998 KY26 is really the Phobos 1 probe, it analyses the evidence in support of this conclusion, which is quite compelling.)
一般的に科学的な研究では、同じデータを分析しても、得られる結果は複数であることが普通です。その中で最も妥当である、正しそうであると考えられる結果を結論として主張するのが研究結果であり、次点以下の結果はあくまで候補となります。ほとんどの場合、次点以下の結果は後の研究で否定されることが多いですが、それでも科学的な議論を経て得られた結果であることに変わりはありません。
筆者としては、今回の研究のプレプリントの著者にAbraham Loeb氏が含まれていることに特に注意する必要があると考えています。といってもこの注意は、Loeb氏自身が科学者ではない要注意人物だという意味ではありません(※2)。
※2…なお、プレプリントや査読の無い研究ノート等の内容に基づき議論を重ねることは、天文学では珍しくありません。
前提として、Loeb氏は今回のように、科学的に妥当な議論からユニークな結論を出すことで知られています。例えば、観測史上3番目の恒星間天体「ATLAS彗星(3I/ATLAS)」について、太陽系外からやってきた宇宙船である可能性は否定できないと主張したこともあります。
しかし、Loeb氏はATLAS彗星宇宙船説を主張した際、最も可能性が高いのは自然の天体であることを認めた上で「仮説それ自体は興味深い試みであり、その妥当性に関わらず、探求するのは楽しい」と述べています。この発言からも分かる通り、Loeb氏はもっと妥当な結論があることを認めた上で、独立した解釈で他の可能性を検討しているに過ぎないことが分かります。少なくともLoeb氏は、科学的な議論からこの結論を出しています。
とはいえ、Loeb氏の情報発信は他の天文学者から批判を受けていることも事実です。科学的に得られた結論とはいえ、極端な解釈でもあるため、「嘘は言っていない」という内容となるからです。実際、Loeb氏は、ATLAS彗星よりもさらに前、観測史上初の恒星間天体「オウムアムア」について、同様に宇宙船説を提唱し、さらにはこの内容を記した本も著しています。説の内容というよりも、情報発信の観点から、他の天文学者から批判を受けているという状況はあります。
これを踏まえると、筆者としては、情報発信を行う側が、その内容に注意して発信を行うべきだと考えています。ATLAS彗星宇宙船説が出された際、「ハーバード大学の教授が、ATLAS彗星が異星人の宇宙船の可能性があると認めた」という情報の発信をしばしば見かけました。ところが、Loeb氏の実際の主張は、ATLAS彗星が自然の天体であるという解釈が最も妥当と認めた上で、宇宙船であるという解釈も可能であるというニュアンスであるため、意図的かどうかは別にして、主張が歪められて発信されていることになります。
今回の研究も、はやぶさ2という関心の高いミッションであるため、日本語の発信ではニュアンスの異なる受け止め方を見かけます。しかし実際はこのように、あくまで可能性の1つを提示したに過ぎず、正体の断定はされていません。今回の話は、この点に注意して受け止める必要があります。
いずれにしても、はやぶさ2が接近すれば答えははっきりしますし、その前の観測や研究で人工物である可能性が否定されるかもしれません。結論についてはもう少し待った方が良いでしょう。
ひとことコメント
「驚きの結論」が出た時には、その結論が出された背景にも考えが及ぶようにした方がいいと思うのよ。(筆者)
文/彩恵りり 編集/sorae編集部
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参考文献・出典
- Adam Hibberd, Adam Crowl, Carlos Gómez de Olea Ballester & Abraham Loeb. “Is the Dark Comet 1998 KY26 the Spacecraft Phobos 1?”.(arXiv)
- T. Santana-Ros, et al. “Hayabusa2 extended mission target asteroid 1998 KY26 is smaller and rotating faster than previously known”.(Nature Communications)
- Darryl Z. Seligman, et al. “Dark Comets? Unexpectedly Large Nongravitational Accelerations on a Sample of Small Asteroids”.(The Planetary Science Journal)
























