昨今、頻繁に行われるロケットの打ち上げや衛星コンステレーションの構築など、宇宙ビジネスのニュースが日常的に報じられるようになりました。かつては国家主導であった宇宙開発は、いまや民間企業が牽引する巨大な市場へと変貌を遂げつつあります。
今回soraeでは、シリコンバレーを拠点とするベンチャーキャピタル「ペガサス・テック・ベンチャーズ(Pegasus Tech Ventures)」の創業者兼CEOであるアニス・ウッザマン氏にお話を伺いました。同社は、世界中の大企業(特に日本の大企業)向けにCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)ファンドを設立し、その運営を代行する「ベンチャーキャピタル・アズ・ア・サービス」という独自のモデルを展開しています。
数々の世界的企業へ投資を行ってきたアニス氏の視点から、イーロン・マスク氏率いるSpaceX(スペースX)社の圧倒的な成長の背景と、日本の宇宙スタートアップが世界で勝つための条件を紐解きます。

ロケット再使用と「Starlink」がもたらしたパラダイムシフト
ペガサス・テック・ベンチャーズは、これまでにSpaceXに対して7回にわたる投資を実施してきました。アニス氏によると、初期の投資決定において最も高く評価したのは、SpaceXの「Falcon 9(ファルコン9)」ロケットにおける「1段目の再使用技術」だったといいます。
ロケットの心臓部といえる高価なエンジンも、従来は打ち上げごとに使い捨てるのが当たり前でした。しかし、垂直着陸で1段目機体を回収し、再使用するこの技術により、従来は1回あたり数百億円かかっていた打ち上げコストは大幅に削減されました。
アニス氏は、このコストダウンによってSpaceXが世界の打ち上げ市場で圧倒的なシェアを獲得すると確信した、と振り返ります。実際、Falcon 9の1段目機体は当初の予想を大きく超えて幾度も再使用されており、現在では世界の打ち上げ需要の多くをSpaceXが担う状況となっています。

さらに、追加投資の大きな要因となったのが、SpaceXの衛星インターネットサービス「Starlink(スターリンク)」の存在です。現在、Starlinkはインフラとして急速に普及しており、同社の売上の大きな柱へと成長しています。
アニス氏によれば、イーロン・マスク氏は既存の海底ケーブルに依存したインターネットインフラの脆弱性や、世界人口の約25%がインターネットにアクセスできない現状に課題を感じていました。低軌道に数万機の衛星を配置するStarlinkの構想は、当初こそ実現を疑問視する声もあったものの、アニス氏はこれを「固定電話が携帯電話に変わったのと同じパラダイムシフト」であると信じて投資を継続したといいます。

宇宙AIインフラと、次世代ロケット「Starship」の脅威
SpaceXの構想は、単なるロケット打ち上げや通信事業にとどまりません。アニス氏は、SpaceXが将来的に「宇宙におけるAIインフラ」を構築する計画を持っていることに言及しました。
現在、地球上では生成AIの発展に伴い、データセンターの電力確保や冷却に必要な水資源の問題が浮上しています。アニス氏によると、SpaceXはStarlinkの技術を応用し、宇宙空間にデータセンターを構築することを目指しています。宇宙空間であれば、太陽光による発電が容易であり、冷却に水も使用しません。将来、巨大な計算能力を必要とするAI企業がSpaceXの顧客になる可能性があると、アニス氏は予測しています。
また、現在開発が進められている完全再使用型ロケット「Starship(スターシップ)」の実現も、業界のゲームチェンジャーとなります。
アニス氏によれば、SpaceXはStarshipの本格稼働により、1kgあたりの軌道投入コストを100ドル(約1万6000円)水準まで低下させる目標を掲げています(※)。Starshipはこうした劇的なコスト低下によって宇宙ビジネスへの参入障壁を大きく引き下げるだけでなく、将来的にはブースターを使用しないサブオービタル(弾道)飛行によって、地球上の主要都市を数十分で結ぶ超高速移動手段として活用することも構想されています。
※…編注:参考として、Falcon 9の打ち上げコストは1kgあたり2900ドル、Falcon Heavyの打ち上げコストは1kgあたり1500ドル(文部科学省・宇宙戦略基金の推進に関する検討会(第1回)の配付資料から引用)。
圧倒的なコスト競争力によって、すでに世界の打ち上げ需要の6〜7割を占めるSpaceXですが、その真の脅威は「中立的なプラットフォーム」としての姿勢にあるとアニス氏は指摘します。SpaceXは衛星インターネットサービスで競合関係にあるAmazon(アマゾン)社などの衛星打ち上げも請け負っており、自社のロケットを全宇宙産業のインフラとして位置付けているのです。
この圧倒的な成長を支えているのは、イーロン・マスク氏の「リスクを恐れないビジョン」だけではありません。アニス氏は成功の要因として、社長を20年以上務めるグウェン・ショットウェル氏をはじめとする優秀な幹部チームの存在を挙げています。アニス氏はショットウェル氏を「マスク氏がスティーブ・ジョブズなら、彼女はティム・クックだ」と評し、強力なリーダーシップとそれを実務面で支え続ける強固な体制の両輪が、SpaceXの躍進を可能にしていると指摘します。

宇宙産業は「1990年代のインターネット黎明期」
目覚ましい進歩を遂げている宇宙産業ですが、投資熱という観点では、現在どの段階にあるのでしょうか。
アニス氏は、現在の宇宙産業を「インターネット産業で言えば1990年代後半、AI産業で言えば2010年代前半のフェーズ」に位置すると分析しています。基盤技術がようやく整い始めた段階であり、長期的な成長余地が極めて大きい宇宙産業において、日本の宇宙スタートアップがSpaceXのような世界的企業へと成長するためには何が必要なのでしょうか。
日本のスタートアップが世界で勝つための条件として、アニス氏は「最初からグローバルなビジョンを持つこと」「大規模な資金調達能力」「グローバルな人材獲得能力」の3点を指摘します。日本の起業家は国内市場を中心にビジネスモデルを構築しがちですが、世界規模の課題を解決するためには、初期段階から海外の投資家や多国籍なエンジニアを巻き込むエコシステムの構築が不可欠だといいます。
成功事例として、ペガサスも投資を行う産業用AIロボット企業「Mujin(ムジン)」の名が挙げられました。同社は早期から海外の投資家を巻き込んで数百億円規模の大規模な資金調達を行い、多国籍なチームによって世界クラスのソリューションを提供することでユニコーン企業へと成長しました。アニス氏は、これこそが日本企業が目指すべき「成功のレシピ」であると語ります。
「宇宙ラッシュ」の時代へ向けて
ISS(国際宇宙ステーション)が2030年で運用を終えた後は、民間企業による宇宙ステーションの建設や、軌道上サービスの提供など、宇宙空間にも地球上と同じような経済圏が形成されていくと予想されています。
「今、まさに『宇宙ラッシュ』の時代が来ている」と語るアニス氏。民間主導による宇宙開発の可能性がSpaceXによって証明された今、世界中の起業家たちにとって、宇宙空間には大いなる挑戦の舞台が広がっています。高い技術力を有する日本からグローバルな視点と大胆なビジョンを持った次世代の宇宙企業が誕生することを、アニス氏は期待していると強く感じました。
文・編集/sorae編集部










