1989年10月、アメリカ航空宇宙局(NASA)の木星探査機「ガリレオ(Galileo)」が打ち上げられました。木星に到達するのに十分な速度を得るために、ガリレオはまず太陽系内を何度か周回し、地球や金星をフライバイ(接近通過)して加速する必要がありました。
カール・セーガンが発見した地球の生命
フライバイを行った時、ガリレオは本来の目的である木星探査に先立って地球を観測しました。その時、カール・セーガン(※1)率いる科学者グループは、ガリレオに搭載された観測機器から得られたデータを用いて地球上に「生命」を発見したのです。今からおよそ30年前のことです。
※1…カール・セーガン(Carl Sagan、1934 - 1996):アメリカの天文学者。バイキング、ボイジャー、ガリレオなどの惑星探査計画に携わり、『コスモス』やSF小説『コンタクト』などの著作でも有名。
もちろん、私たちは人類を含む生命が地球上に存在することを知っています。しかし、異星人の立場になって、ガリレオと同様の観測機器を搭載した宇宙船を太陽系の第3惑星(地球)に接近させて観測したと仮定してみてください。
ガリレオ探査機は生命発見を目的とした装置を搭載していない
ガリレオには、木星とその衛星の大気や宇宙環境を研究するために設計された、撮像カメラ、分光計、電波実験装置を含む様々な機器が装備されていました。ただ、これらの装置は生命探査を目的としたものではありません。もし私たちがその惑星について他に何も知らなかったとしたら、生命を見つけるために設計されたわけではない機器だけを用いて、明確に生命を発見することができるでしょうか。
2000年代半ばに、微生物の存在が知られているチリのアタカマ砂漠にある火星のような環境から土のサンプルを採取し、NASAが1970年代に行ったバイキング計画(※2)と同様の実験が試みられました。ところが、サンプルから生命の存在は確認できませんでした。この実験結果は、たとえ生命の存在が知られていたとしても、生命の痕跡を見逃す可能性があることを示唆しています。
※2…バイキング計画:NASAが1975年に打ち上げた2機の探査機による火星探査計画で、火星土壌中の微生物の検出が主な目的。結果的に生命存在の証拠は得られなかった。
重要なのは、セーガンが率いた研究者たちは、地球上に生命が存在するという前提に立つことなく、データだけから結論を導こうとしたことです。
ガリレオに搭載された近赤外マッピング分光計(NIMS)は、地球大気全体に分布するガス状の水、極地の氷、さらに海洋規模の液体の水も検出しました。また、-30℃~+18℃までの温度も記録しました。しかし、液体の水は生命が存在するための必要条件ではあっても、十分条件ではありません。
NIMSはまた、他の既知の惑星と比較して、地球の大気中に高濃度の酸素とメタンを検出しました。これらはいずれも反応性の高いガスで、他の化学物質と急速に反応し、短時間で消滅してしまいます。それにもかかわらず高濃度が維持されているということは、何らかの手段で継続的に補充されている必要があります。ただ、これらのガスも生命の存在を示唆するものではありますが、証明するものではありません。
一方、他の機器は太陽からの有害な紫外線から地表を保護するオゾン層の存在も検出しました。もし地表に生命が存在すれば、オゾン層によって紫外線から保護されている可能性があります。
撮像カメラによる画像には、海、砂漠、雲、氷、そして南アメリカの暗い色合いの地域が写っていました。もし予備知識があれば、その地域に熱帯雨林が広がっているとわかるはずです。しかし、より多くの分光測定と組み合わせることで、その領域での赤色光の明確な吸収が判明し、セーガンたちは光合成植物によって吸収された光を強く示唆していると結論付けました。
最も解像度の高い画像は、オーストラリア中央部の砂漠と南極大陸の氷床であり、都市や農業の明確な証拠は含まれていません。また、探査機は太陽光が地表を照らす日中に最接近したため、夜間の街の明かりも見えませんでした。
興味深かったのは、ガリレオのプラズマ波電波実験でした。宇宙空間は自然由来の電波放射で満ちていますが、そのほとんどは多くの周波数にわたって発生する広帯域の電波です。対照的に、人工的な電波源は狭い帯域で発生します。
YouTubeのSpace Audioチャンネルで公開されているこちらの動画では、土星探査機カッシーニが捉えた土星大気から発生する自然由来の電波を音で聞くことができます。ラジオ放送とは異なり、周波数は急激に変化しています。
ガリレオは、地球から届く周波数が固定された狭い帯域の電波放射を検出しました。これは技術を持つ文明から生じたものであり、19世紀以後でなければ検出できなかったはずだと結論付けられました。もし異星人の宇宙船が地球誕生から数十億年のどこかの時点で地球を通過していたとしても、地球上に文明があったという決定的な証拠は見つけられなかったことでしょう。
地球外生命が存在するという証拠がまだ見つかっていないことは、おそらく驚くべきことではないでしょう。地球上の人類が築いた文明から上空数千キロメートル以内を飛行する宇宙船でさえ、その証拠を検出できる保証はありません。
セーガンは、「科学とは単なる知識の集まりではなく、考え方である」と語ったことで有名です。言い換えれば、人間が新しい知識を発見する方法は、知識そのものと同じくらい重要なのです。
この意味で、セーガンたちが行った研究は一種の「対照実験」であり、ある研究や分析方法が、私たちがすでに知っていることの証拠を見つけられるかどうかを問うことであると言えるでしょう。
現在、5000個を超える系外惑星が発見されており、いくつかの惑星の大気中には水の存在さえ検出されています。しかし、セーガンの実験は、これだけでは十分ではないことを示しています。
地球外の生命や文明の存在を明確に証拠付けるには、光合成のようなプロセスによる光の吸収、狭い帯域の電波放射、適度な気温と気候、自然現象では説明が難しい大気中の化学物質の挙動などを、相互に裏付けて組み合わせる必要性が高いと言えるでしょう。
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のような観測装置の時代に入っても、30年前と同じように、セーガンの実験は今でも有益なのです。
本記事は、2023年10月20日付けで「The Conversation」に掲載されたガレス・ドリアン(Gareth Dorrian)氏執筆の記事「Carl Sagan detected life on Earth 30 years ago – here’s how his experiment is helping us search for alien species today(カール・セーガンは30年前に地球上に生命を発見した – 彼の実験が今日の異星人探索にどのように役立っているのか)」を元にして再構成したものです。
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- Video Credit: Space Audio
- Image Credit: NASA
- The Conversation - Carl Sagan detected life on Earth 30 years ago – here's how his experiment is helping us search for alien species today
文/吉田哲郎