JAXA(宇宙航空研究開発機構)が2003年に打ち上げ、2010年に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」は、小惑星「イトカワ」から採取したサンプルを地球へ運ぶことに成功したことで知られています。アリゾナ大学のShaofan Che氏とThomas J. Zega氏の研究チームは、イトカワの元となった天体 (母天体) がかつて液体の水を含んでいたことを間接的に示す証拠を発見しました。
イトカワは「S型小惑星」という非常に一般的なタイプの小惑星であり、地球に落下する隕石の67%はS型小惑星と同じタイプの岩石でできているとも言われています。
S型小惑星は、一言で表せば「カラカラに乾いた岩石」であり、長年の研究でも水の証拠は見つかっていません (※) 。S型小惑星は太陽系誕生時に太陽から近い距離で作られた天体であり、水は太陽の熱や天体同士の衝突による熱で蒸発してしまったと考えられています。
※…ここでいう「水」とは、液体や固体の水 (遊離水) に限らず、化学成分中の水、例えば鉱物に含まれる結晶水なども含まれます。
このため、地球などの惑星に水をもたらしたのはS型小惑星ではなく、もっと少数の珍しいタイプの小惑星だとする考えが主流でした。太陽系の外側の低温環境で作られたとされる「C型小惑星」はその有力候補であり、JAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」の探査天体「リュウグウ」や、NASA (アメリカ航空宇宙局) の小惑星探査機「OSIRIS-REx」の探査天体「ベンヌ」が該当します。
しかし、今回のChe氏とZega氏の研究によって、乾燥したS型小惑星も過去に豊富な流体、すなわち液体の水が存在した可能性が高いことが示されました。その理由は、イトカワのサンプルに含まれていた「塩化ナトリウム(NaCl)」の結晶の存在です。いわゆる食卓塩と同じ組成である塩化ナトリウムの結晶は、液体が関与しないと生成されにくいことで知られています。
塩化ナトリウムの結晶はこれまでにもS型小惑星を起源とする隕石中から見つかっていましたが、地球の大気中の湿気や人間の汗など、実験室で隕石のサンプルを分析する際の汚染によって付着した可能性が排除できていませんでした。
一方で、「はやぶさ」が持ち帰ったイトカワのサンプルは厳重に管理されており、地球の環境に晒されたことは一度もありません。サンプルは5年間保管されていましたが、保管開始直後の写真と比較して塩化ナトリウムの存在する場所が変化していないことや、比較のために同様の環境に晒された地球の岩石に新たな塩化ナトリウムが付着していないことも、サンプルが汚染されていないことを示す証拠となります。
結果的に、今回イトカワのサンプルから見つかった塩化ナトリウムの結晶は地球に届けられてから付着したのではなく、イトカワにもともと存在していたことが分かります。
また、塩化ナトリウムの分布はナトリウムが豊富なケイ酸塩鉱物の脈と一致することや、ケイ酸塩鉱物の化学組成は熱水による変質を受けたことを示していることも、今回明らかになりました。これらの証拠は、イトカワが過去に豊富な液体の水に触れていたことを示す有力な証拠です。
Che氏とZega氏は、イトカワの元となった天体には凍った水と塩化水素が含まれており、それらの化学変化と最終的な水の蒸発が塩化ナトリウムの結晶を作ったという仮説を立てています。このシナリオが正しい場合、イトカワのようなS型小惑星は過去のある時点で大量の水を含んでいたことになり、惑星形成時の水の供給にも影響した可能性があります。
今回の研究だけでは、S型小惑星が過去に含んでいたかもしれない水の量を推定することは難しいため、惑星の水供給のシナリオを書き換えることには繋がりません。しかし、太陽系でありふれたタイプの天体が過去には乾燥していなかったことを示す今回の成果は、惑星形成論に影響を与える可能性もあります。
Source
- Shaofan Che & Thomas J. Zega. “Hydrothermal fluid activity on asteroid Itokawa”. (Nature)
- Daniel Stolte. “Pass the salt: This space rock holds clues as to how Earth got its water”. (University of Arizona)
文/彩恵りり