広告
広告
“宇宙ゴム” とプレソーラー粒子 【小惑星ベンヌのサンプルから多種多様な物質を発見(後編)】

炭素質小惑星「ベンヌ(ベヌー)」には、生命の構成要素となる様々な種類の有機分子や、太陽系誕生以前の物質など、非常に多様な物質が含まれていると考えられています。これらの物質について詳しく分析することは、地球やヒトなどの存在がなぜあるのかという根源的な疑問の答えに繋がるかもしれません。

2025年12月初旬、ベンヌのサンプルに含まれる多種多様な物質に関する報告が、全部で4本の複数の論文で発表されました。内訳は「糖」「トリプトファン」「ゴム状物質」「プレソーラー粒子」であり、それぞれ独自に発見の重要性があります。

本記事では後編として、ゴム状物質とプレソーラー粒子に関する報告について解説します。糖とトリプトファンについては前編の記事をご覧ください。

小惑星のサンプルではこんなことも分かる

図1: 小惑星ベンヌの表面に降り立つOSIRIS-RExの想像図。(Credit: NASA, Goddard & University of Arizona)
【▲ 図1: 小惑星ベンヌの表面に降り立つOSIRIS-RExの想像図。(Credit: NASA, Goddard & University of Arizona)】

アメリカ航空宇宙局(NASA)の「OSIRIS-REx(オサイリスレックス)」は、炭素質小惑星「ベンヌ」の探査とサンプルリターンを行いました。炭素質小惑星には、生命の基本構成要素となる多種多様な有機分子や、太陽系以前の情報を保持する古い物質が含まれていることが期待されるためです。

前編でも解説した通り、ベンヌのサンプルには、生命の基本構成要素である「糖」「アミノ酸」「核酸塩基」の全てが含まれていることが判明しています。この発見は、炭素質小惑星が原始地球に生命の材料を届けた可能性を示唆しています。

また、それ以外の有機分子の情報も重要です。分子の種類や量の情報は、有機分子がどのような環境で合成されたのかを示すからです。これは生命の材料となる物質が、太陽系のどこで誕生したのかを探る手掛かりとなります。

生命が利用しないであろう無機物の情報もまた重要です。これらの一部は、太陽系が誕生するより以前に生成された「プレソーラー粒子」であるためです。

直訳すれば “太陽系前駆物質” となるように、プレソーラー粒子は太陽系の誕生以前に結晶化した鉱物粒子を指します。これらの鉱物の同位体組成(※1)を調べると、この鉱物がどのような環境で形成されたのかを知ることができます。

※1…同じ化学的性質を示しながらも、重さが異なる同士の原子のことを同位体と呼びます。同位体の割合は、その物質が生成した温度や圧力などの環境条件によって変化するため、同位体組成を調べることで、どこで作られた物質であるかを推定することができます。

地球や生物には、超新星爆発や、AGB(漸近巨星分枝)という特殊な段階に達した恒星の内部でしか生成しないような重い元素が豊富に含まれています。プレソーラー粒子を調べれば、重い元素がどの天文現象で生成されたのかを知ることができ、太陽系の誕生以前の歴史を推定することができます。

また、天文現象の関与の度合いが分かれば、太陽系と似たような惑星系が宇宙にどの程度存在したのかを推定する手掛かりにもなります。

論文3: 小惑星表面の “宇宙ゴム” を発見!?

今回最初に紹介するのは、NASA、エイムズ研究センターのScott A. Sandford氏とカリフォルニア大学バークレー校のZack Gainsforth氏を筆頭とする研究チームの研究です。

この研究では、ベンヌのサンプルについて、岩石を構成する鉱物や、含まれる有機分子の種類や元素の量を分析しました。

ベンヌは、元から現在の形で誕生したのではなく、もっと大きな天体(母天体)の形で誕生したと考えられています。この母天体が、やがて別の天体と衝突して砕け散り、その破片が寄り集まったものがベンヌになったと言われています。

母天体を構成する岩石の内部では、数百万年かそれ以上の時間をかけて化学反応が進行したでしょう。ベンヌのサンプルから見つかる有機分子の種類や元素の量などからは、この母天体内部で進行した化学反応の様子、例えば「水中や湿っぽい場所で反応したのか、それとも乾いた場所で反応したのか」といった状況を知ることができます。

図2: “宇宙ゴム” とたとえられた、シート状の高分子有機化合物を採集する様子を撮影した透過型電子顕微鏡。シートの左下にあるのは補強用の白金、そこから飛び出す針は、溶接されたサンプル採集用のタングステン針。(Credit: NASA & University of California, Berkeley)
【▲ 図2: “宇宙ゴム” とたとえられた、シート状の高分子有機化合物を採集する様子を撮影した透過型電子顕微鏡。シートの左下にあるのは補強用の白金、そこから飛び出す針は、溶接されたサンプル採集用のタングステン針。(Credit: NASA & University of California, Berkeley)】

分析の結果、ベンヌのサンプルには、水に溶けにくい高分子の有機化合物が豊富に含まれていることが分かりました。

これらの高分子はシート状に分布しており、窒素や酸素に富んでいます。その化学形態はアミン、アミド、窒素複素環、脂肪族、芳香族炭化水素など、複雑かつ極めて多様な構成です。ユニークなことに、これらの高分子化合物が複雑に混ざった有機物のシートは、力を加えると凹むような軟らかい性質を持ちます。

軟らかい高分子化合物であることから、NASAのプレスリリースではこの物質を “宇宙ゴム(space gum)” や “宇宙プラスチック(space plastic)” とたとえています。ただし、身近にあるゴムやプラスチックは化学構成が一定であるのに対し、ベンヌのサンプルに含まれる高分子化合物の組成は一定しておらず、とても複雑な構成です。

また、ベンヌの “宇宙ゴム” は柔らかいと言っても、脆く簡単に壊れてしまいます。これは、宇宙環境に長年晒されたことで劣化しており、高分子が切断されてしまっているからです。外に長期間放置したゴムやプラスチックが、太陽の紫外線で劣化し、簡単に砕けてしまうのと同じようなものです。

これらの水に溶けない高分子化合物の存在から、次のような化学反応が起きたことが推定されます。

形成されたばかりの母天体の内部は、寿命の短い放射性同位体の崩壊により熱が発生し、温度が上昇します。母天体の岩石内部には、水、二酸化炭素、アンモニアの氷(固体)が含まれていますが、温度が上昇すると、最初に二酸化炭素とアンモニアの氷が溶け(融解または昇華)、カルバメート(※2)と呼ばれる有機分子を生成します。そしてカルバメート同士が反応し(重合反応)、 “宇宙ゴム” と形容されるシート状の高分子化合物が生成する反応が起きたと考えられます。

※2…カルバミン酸のエステルの総称。

カルバメートの元となるカルバミン酸は、水に触れると分解するため、高分子化合物の生成反応は、水の氷が溶ける前に発生したはずです。 “宇宙ゴム” の存在は、このような反応の時間差を示しています。

また、周辺の岩石の分析から、高分子化合物が生成した後も、水が関与する反応が生じることで、高分子化合物の表面に多種多様な有機分子が生じたり、シート自体が折りたたまれて複雑な形状になったようです。

今回の研究は、 “宇宙ゴム” の発見そのものも面白いですが、生命にとって重要な有機分子を生成する反応が、これまでの認識以上に複雑であることを示している点でも興味深いものとなっています。

論文4: ベンヌにはプレソーラー粒子が豊富に含まれる

次に紹介するのは、NASA、ジョンソン宇宙センターのAnn N. Nguyen氏などの研究チームによるプレソーラー粒子の研究です。

この研究では大きさ約0.5mmの粒子をカットし、内部に含まれるプレソーラー粒子の量と鉱物の種類を調査しました。

分析の結果、炭素に富むもの、酸素に富むもの、ケイ素に富むものといった、様々な種類の鉱物に分類されるプレソーラー粒子が数十個見つかりました。プレソーラー粒子は、超新星に由来するものもあれば、AGBに由来するものもあります。

図3: ベンヌで見つかったプレソーラー粒子の1つである炭化ケイ素の結晶。画像aの結晶面が輝いている部分、および画像bの赤色が濃い部分に存在します。(Credit: Ann N. Nguyen, et al.より一部をトリミング)
【▲ 図3: ベンヌで見つかったプレソーラー粒子の1つである炭化ケイ素の結晶。画像aの結晶面が輝いている部分、および画像bの赤色が濃い部分に存在します。(Credit: Ann N. Nguyen, et al.より一部をトリミング)】

特に豊富に含まれているのは、炭素に富むプレソーラー粒子(※3)であり、これは超新星で豊富に生成されます。注目すべきことに、ベンヌのサンプルは、原始的な隕石と比べても、炭素に富むプレソーラー粒子が6倍も多いという特徴があります。

また、酸素に富むプレソーラー粒子(※4)の同位体組成の分析でも、ベンヌには超新星由来のプレソーラー粒子が豊富であることが裏付けられています。

※3…そのほとんどがモアッサン石(炭化ケイ素)ですが、一部に石墨(単体炭素)もあります。

※4…スピネルやヒボン石(Hibonite)などの酸化鉱物。

ところで、プレソーラー粒子は化学的に変化しやすく、特に水が関与する反応で簡単に変質するという特徴があります。

前章でも書いた通り、ベンヌのサンプルを分析すると、液体の水が存在し、化学反応を進めた証拠が見つかりますし、今回見つかったプレソーラー粒子の中には、表面が多少変質しているものもあります。その一方で、炭素に富むプレソーラー粒子が隕石の6倍も多いことを始めとして、今回見つかったプレソーラー粒子はかなり多くあります。

これらの分析結果を合わせると、ベンヌの母天体は、現在の木星軌道より遠くの原始惑星系円盤で誕生し、内部の一部は50℃より高温にならなかったことが示唆されます。この分析結果は、これまでの研究とも矛盾しません。

この分析結果は、ベンヌを形作る粒子が、非常に多様な経歴を歩んで寄り集まったものであることを示唆してます。

ひとことコメント

“宇宙ゴム” の発見は、ベンヌのサンプルには予想以上に複雑な化合物が含まれていることを示しているのよ。(筆者)

 

文/彩恵りり 編集/sorae編集部

関連記事

参考文献・出典