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【▲ 参考画像:2020年1月にイギリスで撮影された流星(Credit: Chris Small)】

宇宙から地球へと落下する「隕石」は、宇宙空間の物質サンプルを直接観察する手段として長年重宝されてきました。宇宙空間から物質を直接採取する方法では高い技術レベルとコストが求められるため、簡単に実行することはできません。その反面、隕石は採取の技術レベルやコストを大幅に低く抑えられる手段と言えます。

しかし一方で、隕石はサンプルとしての清浄さに問題があります。真空の宇宙空間と比較して、地球上にはサンプルの組成を変化させる酸素や水といった物質が満ち溢れているからです。落下から回収までに数百年、数千年、場合によっては数百万年の長期間に渡って地表に放置された隕石は、内部まで腐食が及んでいることも珍しくありません。

そのため、落下がリアルタイムで目撃され、数日から数週間という短期間で回収された隕石のサンプルは、研究の場で重要視されます。隕石の表面は大気圏突入時に受けた高温で焼けただれていますが、熱は内部まで浸透せず、宇宙空間にあった当時の情報をとどめていると見なされてきたからです。しかし、落下から短時間で回収された隕石は、本当に地球上の物質の影響を受けずに済んでいるのでしょうか?

グラスゴー大学のLaura E. Jenkins氏らの研究チームは、この疑問についての研究を行いました。この研究が行えたのは、偶然にも良い比較対象となる隕石がイギリスに落下したためです。2021年2月28日22時の少し前、イギリスのウィンチカムに隕石が落下しました。落下地点の地名から「ウィンチカム隕石」と呼ばれるこの隕石は、極めて幸運なことに約12時間後の3月1日朝には最初の破片が見つかり、その他の破片の大半も落下から1週間以内に回収されました。落下からこれほど素早く回収された隕石はほとんどありません。

ウィンチカム隕石はおよそ30年ぶりにイギリスに落下した隕石であり、破片の回収の迅速さや、回収時の細かな状況 (どこに落下したか、いつ回収されたか、どのような道具を使用して採集されたか) が判明していることも加えると、研究を行う上でまたとない機会です。また、ウィンチカム隕石は炭素に富んだ隕石「炭素質コンドライト」の1種であるCM2と呼ばれる隕石のグループに分類されます。炭素質コンドライトは有機物の起源を探る研究でよく利用されており、その元となった母天体は、他の隕石と比べて高温を受けなかったとも推定されています。そのため、炭素質コンドライトは太陽系誕生時の情報を保持しているとも推定されており、標準的な指標となる意味でも重要視される隕石です。

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今回研究されたウィンチカム隕石の破片は、2021年3月2日に個人宅の庭で発見されたものと、3月6日にヒツジ牧場で発見されたものの2つです。どちらも一般的にみれば落下から回収までかなり素早い事例ですが、後者のヒツジ牧場から回収されたサンプルの表面ではシュウ酸カルシウムの結晶や白黄色の物質が成長していることが、別の研究ですでに確認されています。これらは明らかに元の隕石にはなかった物質です。また、両者のサンプルは、カットした断面が少なくとも2か月間、管理されていない通常の空気に晒されています。今回の研究では、これらの環境が隕石に含まれる物質に対してどのような影響を及ぼしたのかが、より詳細に調べられました。

研究チームは走査電子顕微鏡法、透過型電子顕微鏡法、ラマン分光法を駆使して、隕石に含まれる様々な物質から、落下後に地球の物質との反応で生成したと思われるものを探りました。その結果「炭酸カルシウム」「硫酸カルシウム」「塩化ナトリウム」の3つが、落下後に生成された可能性が高い物質であると特定されました。

【▲ 図1: ウィンチカム隕石に観られる炭酸カルシウム。図aのCarbonateの矢印の先や、図bの水色の部分に存在し、その分布は微細なひび割れを埋める形で存在する。 (Image Credit: Jenkins, et.al.) 】
【▲ 図1: ウィンチカム隕石に観られる炭酸カルシウム。図aのCarbonateの矢印の先や、図bの水色の部分に存在し、その分布は微細なひび割れを埋める形で存在する(Credit: Jenkins, et.al.) 】

炭酸カルシウムは方解石の組成と結晶構造を持っており、隕石の融けた表面にある微細なひび割れを埋める形で存在していました。炭酸カルシウムは大気圏突入時の高圧で生じる可能性がありますが、実験的に再現されたことはありません。また、ウィンチカム隕石は炭酸カルシウムの生成条件を満たすほどの高い圧力を受けなかったと推定されていますし、ウィンチカム隕石が受けた温度と圧力の下では、炭酸カルシウムはむしろ二酸化炭素と酸化カルシウムに分解した可能性が高いと考えられています。微量な不純物や結晶構造の観察から、この炭酸カルシウムは地球の大気に含まれる二酸化炭素と、水に含まれる微量のカルシウムイオンとの反応で生成したことが考えられます。このような反応は、過去に見つかった別の隕石でも指摘されており、両者は類似しています。

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【▲ 図2: ウィンチカム隕石に観られる硫酸カルシウム (Calcium sulfates) 。図aや図bの紫色がそれに該当し、隕石のごく表面にしか存在しないことを示している。 (Image Credit: Jenkins, et.al.) 】
【▲ 図2: ウィンチカム隕石に観られる硫酸カルシウム (Calcium sulfates) 。図aや図bの紫色がそれに該当し、隕石のごく表面にしか存在しないことを示している(Credit: Jenkins, et.al.)】

硫酸カルシウムは主に焼石膏 (CaSO4・0.5H2O) の組成で存在し、一部は石膏 (CaSO4・2H2O) や硬石膏 (CaSO4) の組成で存在します。これもウィンチカム隕石の融けた表面や、剥き出しの表面の外側に存在していました。硫酸カルシウムは1400℃で分解するため、隕石落下時の高温を生き残った可能性は低いと考えられます。また、焼石膏は準安定な物質であり、時間をかけて加水または脱水して石膏や硬石膏に変化します。さらに、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星「リュウグウ」から持ち帰ったサンプル (ウィンチカム隕石と似ている) からは、硫酸塩は見つかっていません。これらのことから、硫酸カルシウムはウィンチカム隕石が地上に落下してから、硫化鉄と水の反応によって生成したと考えられます。炭素質コンドライトからは過去にも硫酸塩の鉱物が時々見つかっており、これまでは落下から回収に至る時間の短さをもとに落下前から存在していた物質であると主張されてきましたが、今回の研究およびリュウグウのサンプルの研究からは、この主張に疑問符が付く形となります。

【▲ 図3: ウィンチカム隕石に観られる塩化ナトリウム。図dで明らかなように、塩化ナトリウムは典型的な立方体の結晶を示している。 (Image Credit: Jenkins, et.al.) 】
【▲ 図3: ウィンチカム隕石に観られる塩化ナトリウム。図dで明らかなように、塩化ナトリウムは典型的な立方体の結晶を示している(Credit: Jenkins, et.al.)】

塩化ナトリウムは、個人宅の庭で回収されたサンプルの中で、磨かれた表面に存在しました。過去の研究では、塩化ナトリウムは水に微量に含まれるイオンでも生成することがあるため、液体に触れずに磨かれたサンプルから見つかる場合、それは元々隕石が持っていた物質である、と解釈されたことがあります。しかし、今回のウィンチカム隕石も同じ状況であることに加えて、塩化ナトリウムの発生した場所が磨かれた表面の、それもナトリウムに富む場所に限定されていることから、これは落下後に地球の物質との反応で生成されたものだと解釈することができます。一方で、隕石の表面で塩化ナトリウムが生成する正確な化学反応は、今回の研究からは判明しませんでした。炭素質コンドライトは塩化ナトリウムの生成に必要なナトリウムイオンが乏しい傾向にあり、また、塩化ナトリウムよりも先に結晶化するマグネシウム沈殿物や、塩化ナトリウムの生成を妨げる硫黄といった阻害要因が複数揃っていながらも塩化ナトリウムが存在することは、予想外でもありました。

今回の研究により、隕石はこれまでの予想よりも短時間で変質することが判明しました。今回見つかった物質の中には、隕石が地球に落下する前から保持していたと過去の研究で解釈されたことのある物質も含まれており、塩化ナトリウムのように発生が予想外であった物質もありました。これらの変質をなるべく抑えるには、落下から発見までの期間を短くすることに加えて、窒素など不活性ガスの雰囲気下に置くなど、これまで以上に慎重な隕石の取り扱いが求められます。

とはいえ、これらの策を講じても、落下から数日以内の短期間で起こる変質を防ぐのは難しいでしょう。その点でも、はやぶさ2やアメリカ航空宇宙局(NASA)の「OSIRIS-REx」などのサンプルリターン計画が極めて重要であることがわかります。

 

Source

文/彩恵りり

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