誕生直後の宇宙では、質量の小さい「原始ブラックホール」が多数生じたのではないか?という説があります。誕生直後の宇宙で銀河が誕生・成長する “種” となる可能性や、「暗黒物質(ダークマター)」の正体かもしれないと注目されていますが、今のところ原始ブラックホールは1個も見つかっておらず、そもそも存在しないのではないか?とする意見もあり、現状では賛否両論の状態です。仮に原始ブラックホールが存在したとしても、その小ささや数の少なさから、直接見つけるのは困難ではないかとも予測されています。
そこで、台湾の国立東華大学およびケース・ウェスタン・リザーブ大学のDe-Chang Dai氏と、ニューヨーク州立大学バッファロー校のDejan Stojkovic氏の研究チームは、天体や物体に原始ブラックホールが衝突した痕跡を見つける方法を提案しました。提案はいくつかありますが、中には「古い建物の建材を調べてみる」など、一見しただけではピンとこないような方法も含まれています。以下、その理由について解説します。
誕生直後の宇宙で「原始ブラックホール」は生成されたのか?
「原始ブラックホール」とは、誕生直後の宇宙で生成したと予測されているブラックホールです。通常のブラックホールは重い恒星によって生成されるか、それらが合体して大きくなるため、その質量は最低でも恒星スケールとなります。これに対して原始ブラックホールはかなり小さく、惑星スケールのものもあれば、砂粒より小さいものさえあるかもしれません(※1)。
※1…ただし、理論上の制約や観測結果との照らし合わせの結果、原始ブラックホールが存在するとしても、その質量の範囲は1000億tから100京t(山1つから小惑星程度)までに制約されています。
小さくてもブラックホールであるため、原始ブラックホールは強い重力を持ち、そして光では観測できません。このため原始ブラックホールは、周りの物質を引き寄せて銀河を誕生・成長させる “種” としての働きや、重力以外で検出することができない正体不明の物質「暗黒物質」の正体ではないか?という説があります。
ただし今のところ、原始ブラックホールが存在するという確実な証拠は見つかっていません。少なくとも、暗黒物質の一部はともかく、全てが原始ブラックホールであるという仮定は間違っていることが確実視されています(そうでなければとっくに見つかっているでしょう)。その他の角度の研究や理論も合わせて考えれば、そもそも原始ブラックホール自体が存在しないのではないか?という立場の物理学者も多くおり、現状では存在自体が賛否両論となっています。
仮に原始ブラックホールが存在したとしても、その数は相当少ないため、原始ブラックホールを直接観測することは難しいと予測されています。このため、原始ブラックホールを直接観測する代わりに、原始ブラックホールによって生じる現象を捉えようとする試みがあります。例えば原始ブラックホールの蒸発に伴う放射や、原始ブラックホールによる重力マイクロレンズ効果を捉える方法が提案されています。
- 未発見の「第9惑星(プラネット・ナイン)」正体は小さなブラックホールだとする説(2019年9月30日)
- やはり原始ブラックホールはダークマターにはなりえない?(2024年8月16日)
- 今の宇宙で「ヒッグス場の崩壊」が起きていない以上、「原始ブラックホール」は無いかもしれない?(2024年8月27日)
原始ブラックホールを中心に持つ中空の小惑星があるかも?
Dai氏とStojkovic氏の研究チームが提案した方法は、これらとは一風変わっています。両氏は岩石や金属などの硬い物質や、それらを主成分とする岩石天体に原始ブラックホールが衝突して生じる痕跡について考察を行い、その結果得られた結論はいくつかありますが、その1つとして「古い建物を調べれば原始ブラックホールの痕跡が見つかるかもしれない」というものも含まれます。いったいどういうことなのでしょうか?
まず、今回の研究と似たような考え方の研究が2023年12月出版の論文で発表されています。詳しくは以下の記事を参照いただきたいところですが、「原始ブラックホールが恒星に捕獲された場合、恒星の性質が変化するのか?」という考察が展開されています。
- もしも太陽の中心に原始ブラックホールがあったら? 「ホーキング星」の可能性を探索(2024年1月6日)
先述の研究と考え方こそ似ていますが、両氏が今回の研究で原始ブラックホールと相互作用する対象としたのは、岩石主体の天体です。流れやすい高温のガスでできた恒星と、ほとんど流動しない固体でできた岩石天体とでは、原始ブラックホールとの相互作用の結果が変わるはずです。
例えば、岩石天体が自分自身の重力によって、原始ブラックホールを捕獲する可能性があります。あるいは、原始ブラックホールの周辺に岩石天体が形成される場合もあるでしょう。これらの出来事が起こると、原始ブラックホールは岩石天体の中心部に留まることになります。そして十分な大きさを持つ岩石天体は、地球のように液体の中心核を持っています。その場合、岩石天体の中心部に存在する原始ブラックホールは、中心核の液体物質を吸い込むでしょう。ただし、原始ブラックホールはとても小さいため、物質を吸い込むことができる範囲には限界があります。
両氏によれば、岩石天体の中心に質量が1京tの原始ブラックホールがあった場合、中心付近の物質を吸い込むことはできても、表面の物質までは吸い込むことができません。岩石は十分に硬いため、最大で地球の10分の1までの直径の天体ならば、岩石の殻が崩れることなく、中空構造を維持すると予測されます。見た目には何の変哲もないにも関わらず、内部の密度が異常に低い小惑星が見つかったとすれば、それは内部が空洞であり、中心部に原始ブラックホールを持つ天体であるかもしれません。こうした中空な小惑星の候補は、表面のクレーターの構造、自転速度、探査機による重力異常の測定、あるいは着陸した探査機の地震計など、様々な角度からの観測によって見つかるかもしれません。
古い建物や岩石には原始ブラックホールによるトンネルがあるかも?
ただし、原始ブラックホールは宇宙空間を高速で移動しており、あまりにも小さいことから物質との摩擦も働かないため、岩石天体が原始ブラックホールを捕獲する可能性はかなり低いと見積もられます。むしろ、原始ブラックホールが岩石天体を貫通して向こう側に抜けるイベントの方がずっと高確率で起こるでしょう。
原始ブラックホールの質量がいかに膨大であったとしても、その大きさは非常に小さく、また高速で貫通するため、衝突した物質に原始ブラックホールの運動エネルギーはほとんど伝わりません。これは、窓ガラスに対して石を投げれば全体が割れる一方、銃弾ならば貫通した部分以外はほとんど無傷で済むのと似ています。
例えば、質量1京tの原始ブラックホールが岩石のような硬い物質と衝突した場合、直径100nm(1万分の1mm)程度の小さなトンネルが形成されるはずです。トンネルは顕微鏡で観察可能な大きさである一方、物質の構造や硬さを無視してまっすぐに続いており、微小隕石の衝突跡のような盛り上がりのあるクレーター状構造はできないと予測されます。
ただし、これは良いニュースにも悪いニュースにもなり得ますが、人体と原始ブラックホールとの衝突を心配する必要はありません。1平方メートルの面積に原始ブラックホールが衝突する確率は、1年間でたったの1京分の1です。言い換えれば、ある1人の人体を原始ブラックホールが貫通する確率も1年当たり1京分の1程度であり、文字通り宝くじよりも低い確率です。そして人体は岩石よりずっと柔軟なため、原始ブラックホールが貫通しても、その穴はすぐに塞がってしまいます。(ある意味では運良く)原始ブラックホールが衝突した人物がいたとして、自覚症状も痕跡もないと予測されます。
一方で、このあまりにも低い衝突確率は、衝突痕で原始ブラックホールを見つけようとする試みにおいて間違いなく障害となり得ます。理論的には、金属板をおいて定期的に顕微鏡観察することで、原始ブラックホールの衝突跡を見つけられる可能性がありますが、1平方メートルあたり1年に1京分の1程度の衝突確率では、穴が見つかる可能性は極めて低いと予測されます。
しかしながら、岩石・金属・ガラスと言った物質は、極めて長い年月の間、その構造を保ち続けます。例えば古い建造物のガラスには、他の方法では生成しがたい不自然な貫通トンネルが見つかるかもしれませんし、年代が極めて古い岩石にもトンネルがあるかもしれません。ただし、10億年という極めて年代の古い岩石においても、1平方メートルの範囲内で原始ブラックホールによるトンネルが見つかる確率は100万分の1程度です。見つかる確率が皆無ではないとはいえ、探索には苦労するでしょう。
とはいえ、中々論争に決着がつかない原始ブラックホールにおいて、このような理論研究が行えることは興味深いことです。確率は低いとはいえ、原始ブラックホールの見つけ方にはこのようなアプローチもあり得ることを今回の研究は示しています。
Source
- De-Chang Dai & Dejan Stojkovic. “Searching for small primordial black holes in planets, asteroids and here on Earth”.(Physics of the Dark Universe)(arXiv)
- Tom Dinki. “Evidence of primordial black holes may be hiding in planets, or even everyday objects here on Earth”.(State University of New York at Buffalo)
文/彩恵りり 編集/sorae編集部