宇宙航空研究開発機構(JAXA)は9月6日、火星の衛星「フォボス」「ダイモス」を対象とした探査ミッションにおける微生物汚染評価の研究に関する発表を行いました。
研究はJAXAをはじめ、千葉工業大学、東京工業大学、東京大学、東京薬科大学が共同で取り組んでいます。研究内容は2本の論文にまとめられ、7月10日/17日付のLife Sciences in Space Research電子版に掲載されました。
■宇宙探査では微生物汚染への対策が必要
探査機を使った天体の探査では、機体に付着した微生物による汚染のリスクがあります。たとえば、地球の微生物が付着した探査機が火星に着陸した場合、地球産の微生物が火星で繁殖してしまう可能性が捨てきれません。
その結果、火星における生命探査で地球由来の微生物が誤って検出されてしまうことがあるかもしれませんし、各地で問題になっている外来生物のように火星本来の生命を駆逐してしまうことさえ考えられます。こうしたリスクを排除するため、火星に降り立つ探査機には高温で滅菌処理を施すなどの対策が取られています。
そのいっぽうで、他の天体の微生物によって地球が汚染されるリスクもあります。たとえばNASAのアポロ計画では、月面に降り立った宇宙飛行士たちが未知の微生物によって汚染されている可能性を考慮して、地球への帰還後に3週間ほどの隔離措置が取られました(アポロ14号まで)。
現在の宇宙探査では、こうした微生物の持ち込みや持ち帰りによる汚染のリスクを回避するために、国際宇宙空間研究委員会(COSPAR)が定めた惑星保護方針を遵守する必要があります。小惑星「リュウグウ」から2度目のサンプル採取を終え、帰還に備えたミッションを進めているJAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」も、この方針を遵守しています。
もっともリュウグウの場合は生命が存在するにはあまりにも過酷な環境ということもあり、サンプルに培養可能な微生物の含まれる確率は100万分の1以下(国際基準に照らせば実質的にゼロリスク)とされています。来年末に持ち帰られる予定のサンプルに生物が含まれていることはないでしょう。
■フォボスとダイモスの微生物汚染リスクを評価
今回の研究では、現在JAXAが開発を進めている火星衛星探査計画(MMX)の探査対象であり、これまで惑星保護方針の対象になっていなかった火星の衛星フォボスとダイモスにおける微生物汚染のリスクが評価されました。
火星に天体が衝突すると、その規模によっては、表面の物質が火星の引力を振り切るほどの速度で宇宙空間に放り出されることがあります。こうして放り出された火星由来の物質は、遠く離れた地球でも隕石として見つかっています。
となれば、火星を公転しているフォボスとダイモスにも火星由来の物質は到達しているでしょうし、それとともに微生物が飛来しているかもしれません。もしも微生物が存在し得るとされた場合、惑星間空間に孤立しているリュウグウのような小惑星への探査とは異なり、MMXでは微生物の存在を考慮した探査計画が求められることになります。
JAXAと諸大学が共同で取り組んだ研究によると、現在のフォボスやダイモスで微生物が生存していると仮定した場合、微生物はおよそ10万年前に発生した直径約10kmの「ズニル」クレーター形成時に放出された物質によって飛来したと考えられます。
しかし、研究チームが「火星で想定し得る微生物の密度」「ズニルクレーターを形成した天体衝突のエネルギー」「放出されてフォボスやダイモスへ到達する物質の量」「放射線による滅菌」といったさまざまな条件を考慮して生き残った微生物がサンプルに含まれる確率を検討したところ、実質ゼロを意味する100万分の1以下であることが示されました。
もしもこの確率が100万分の1を上回る場合、つまりゼロリスクではないとされれば惑星保護方針における「制限付き地球帰還」が適用され、サンプルの厳重な取り扱いをはじめとした従来とは全く異なる運用が求められることになるのですが、今回の研究によって実質的なゼロリスクが示され、国際宇宙空間研究委員会にも受理されたことで、MMXははやぶさ2と同レベルの惑星保護方針に従うことが可能となりました。
MMXは2020年代前半の打ち上げを目指し、現在開発が進められています。打ち上げから約1年で火星近傍に到達した探査機は、フォボスまたはダイモスに着陸してサンプルを採取し、地球へと帰還する計画です。また、探査機にはドイツ航空宇宙センター(DLR)とフランス国立宇宙研究センター(CNES)が共同開発するローバーの搭載も予定されています。
Image Credit: JAXA
http://www.jaxa.jp/press/2019/09/20190906b_j.html
文/松村武宏