自然界には存在しない“メタマテリアル”が宇宙拠点や望遠鏡の製造に貢献するかもしれない

自然界に存在しない物質への飽くなき探究はどこまで続くのでしょうか?

わたしたち人類は、自然界に存在する物質を探すことだけでは飽き足らずに、自然界には存在しない“物質(material)”を作り出すことに成功しました。こうした物質のなかには、“不自然”と映るような物理的特性をもつ物質があります。それが「メタマテリアル」と呼ばれる人工物質です。

欧州宇宙機関(ESA)の研究グループは、ある構造を持つメタマテリアルが宇宙望遠鏡や宇宙拠点の製造に役立つ可能性を示唆する論文を発表しました。

アメリカ航空宇宙局(NASA)が計画中の「ARMADAS(Automated Reconfigurable Misson Adaptive Digital Assembly Sysmtes)」で建設を考案している月面インフラの想像図(Credit: NASA/Chris Gunn)
【▲ アメリカ航空宇宙局(NASA)が計画中の「ARMADAS(Automated Reconfigurable Misson Adaptive Digital Assembly Sysmtes)」で建設を考案している月面インフラの想像図(Credit: NASA/Chris Gunn)】

内部の構造が物理的特性を決定する

メタマテリアルとは、自然界に存在する物質とは異なる物理的特性を、内部の構造を加工することで実現した人工物質のことです。メタマテリアルには幾つかの種類があり、可視光、音、電波などの波に対する屈折率を人工的に変えたメタマテリアル(電磁メタマテリアル、音響メタマテリアルなど)のほか、特殊な機械的特性を持つ機械的(メカニカル)メタマテリアルなどがあります。

最初の機械的メタマテリアルとして知られるのが、アメリカ・ウィスコンシン大学マディソン校のRoderic Lakes教授が1987年に発表した負のポアソン比をもつ人工物質です。ポアソン比とは、引っ張られたときの縦方向の伸びに対して、横方向の収縮がどの程度起こるのかを示す指標です。輪ゴムのような天然ゴムは正のポアソン比を持ち、横に引っ張ると左右に広がります。いっぽう、負のポアソン比を持つ材料では、横に引っ張ったにもかかわらず縦方向に大きく広がるという特性を示します。

Lakesが発表した負のポアソン比を持つ「ポリマー・フォーム」と名付けられた発泡材料の一種は、のちに「Auxetics(オーセチックメタマテリアルとも)」と命名されるようになり、人工皮膚や防護服などに応用されています。

変形自在なメタマテリアルと宇宙開発への応用可能性

ESAの研究グループは、「トティモルフィック(totimorphic)構造(※1)」と呼ばれる再構成可能な(reprogrammable)格子構造を持つメタマテリアルに着目しました。

※1…toti-という接頭辞はラテン語のtotusに由来し、「全体」、「すべて」、「完全な」を意味する。このことから、「あらゆる形状に変えられる」というニュアンスを持つ。レッドウッド・マテリアルズ社の研究者Gaurav Chaudharyさんがトティモルフィック構造を提唱した論文のなかで、mechanism-like infinitely malleable(メカニズムとしては無限に変形可能な)人工物質を“totimorphic”と呼ぶと、命名の由来が明かされている。

トティモルフィック構造は2021年に提唱されたばかりのメタマテリアルであり、梁(strutあるいはbeam)、レバー(lever)、ゼロ長ばね(zero-length spring)(※2)から構成されています。この3つを組み合わせることで、レバーを引っ張るとレバーの長軸方向とばねの力を合計した力の向きとが平行になる、つまりレバーにトルク(回転モーメント)がかからない安定状態に“落ち着く”構造(ユニット)を設計できる反面、こうした構造の安定性により外部から力がかかっても変形しないのだといいます。研究グループは、トティモルフィック構造の特性を利用し、梁とレバーの方向を調整することで、さまざまな形状に変形できる物質を実現することが可能だと主張しています。

※2…自然長がゼロであるため、ばねの長さと弾性力とが比例する。この特性を利用して、コイルなどに用いられている。

トティモルフィック構造を持つ格子の概略図(左)。梁(黒色)の中点と球状の軸受(ball joint)であるC点とがレバー(青色)で結合し、梁の両端(A, B)と軸受とがばねで繋がっている。軸受を介してレバーを引くことで、ばねの力を合計した力の向きとレバーの方向を平行にし、レバーにトルクがかからない安定状態に“落ち着かせる”ユニットを設計することが可能だという。(Credit: D. Dold, A. Thomas, et al.)
【▲ トティモルフィック構造を持つ格子の概略図(左)。梁(黒色)の中点と球状の軸受(ball joint)であるC点とがレバー(青色)で結合し、梁の両端(A, B)と軸受とがばねで繋がっている。軸受を介してレバーを引くことで、ばねの力を合計した力の向きとレバーの長軸方向を平行にし、レバーにトルクがかからない安定状態に“落ち着かせる”ユニットを設計することが可能だという。(Credit: D. Dold, A. Thomas, et al.)】
トティモルフィック構造を持つ格子が変形する様子を示した図(Credit: G. Chaudhary, S. G. Prasath, et al.)
【▲ トティモルフィック構造を持つ格子が変形する様子を示した図(Credit: G. Chaudhary, S. G. Prasath, et al.)】

研究グループはトティモルフィック構造をもつ格子のトポロジーを最適化することで、材料特性を継続的に変化させ、展開可能かつ再構成可能な中〜大規模の宇宙居住施設の実現を提案しました。

また研究グループによると、トティモルフィック構造を持つメタマテリアルは宇宙望遠鏡やアンテナ、宇宙居住施設の製造に応用でき、編隊を自由に展開可能なキューブサット群の実現や、自律的に組立可能な宇宙居住施設などが実現可能だといいます。

これまで、アメリカ航空宇宙局(NASA)が折り紙から着想を得たメタマテリアルを提唱し、「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」で実用化されていますが、今回の提案では構造を展開したのちも再構成可能な点がメタマテリアルとして斬新だといいます。

トティモルフィック構造を持つ人工物質で作られた宇宙居住施設(左)と宇宙望遠鏡の鏡(右)の概念図。主鏡の形を変えることで、焦点距離を変えられるという。(Credit: D. Dold, A. Thomas, et al.)
【▲ トティモルフィック構造を持つ人工物質で作られた宇宙居住施設(左)と宇宙望遠鏡の鏡(右)の概念図。主鏡の形を変えることで、焦点距離を変えられるという。(Credit: D. Dold, A. Thomas, et al.)】

メタマテリアルの課題は“不自然”さの克服にあり!?

研究グループによると、トティモルフィック構造をもつメタマテリアルの課題として制御の正確性を挙げています。たとえば、望遠鏡の場合、反射光をどれだけ正確に焦点に合わせるかが重要となるといいます。研究グループによると、鏡にトティモルフィック構造を導入することで、焦点距離を変えるよう再構成できることを提案していますが、コンセプトをブラッシュアップするために物理的特性を定量化する必要があるといいます。また、これらのメタマテリアルは自然界に存在しないため、その特性を再現するプロトタイプの設計や製造には、技術的課題を克服する必要があるといいます。

本研究を取り上げたSpace.comは、こうしたメタマテリアルの研究がまだ仮説の段階にとどまっていることを前置きしたうえで、未来の宇宙目標を実現するための礎となる可能性に期待を寄せています。

 

Source

  • Space.com - New flexible 'metamaterial' inspired by nature could help us build shapeshifting space habitats and telescopes
  • NASA - Webb and Origami
  • D. Dold, A. Thomas, et al. - Continuous Design and Reprogramming of Totimorphic Structures for Space Applications(ArxiV)
  • R. Lakes - Foam structures with a negative Poisson's ratio(Science)
  • V. Siniauskaya, H. Wang, et al. - A review on the auxetic mechanical metamaterials and their applications in the field of applied engineering(Frontiers in Materials)
  • G. Chaudhary, S. G. Prasath, et al. - Totimorphic assemblies from neutrally stable units(PNAS)

文/Misato Kadono 編集/sorae編集部