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建設工事が始まったばかりの “ミニカミオカンデ” 「中間水チェレンコフ検出器」とはなにか?

「この宇宙には物質が満ちており、反物質はほとんどない」という謎は、物理学の分野における最大の疑問の1つです。この謎を解くカギとして、素粒子「ニュートリノ」が持つと考えられている「CP対称性の破れ」があります。

国際共同研究プロジェクト「ハイパーカミオカンデ計画」では、ニュートリノのCP対称性の破れを発見することを目標の1つとして掲げています。この実験計画の一環として、茨城県東海村に「IWCD(中間水チェレンコフ検出器)」という装置を建設しています。

このIWCDは、約600トンの純水を溜めた装置付きの水槽であり、仕組み的には “ミニカミオカンデ” と言えます。しかも、この装置は上下に移動可能であり、これは世界初となります。本記事では、このIWCDを解説します。

世界初の水槽による可動式ニュートリノ検出装置

「ハイパーカミオカンデ計画」とは、東京大学とKEK(高エネルギー加速器研究機構)を中核機関とした国際共同研究プロジェクトです。純水質量が26万トンにも達する巨大水槽「ハイパーカミオカンデ検出器」を設置し、素粒子「ニュートリノ」が水と衝突するという稀な反応の信号を捉え、ニュートリノの性質を測定します。詳しくは後述しますが、ニュートリノの性質を通じて、宇宙最大の謎の1つ「宇宙が物質で満たされている理由」に迫ることを大きな目標の1つに掲げています。

この計画で最も注目されているのは、巨大な装置であるハイパーカミオカンデであることは間違いないでしょう。一方で「IWCD(中間水チェレンコフ検出器)」と呼ばれる中間検出器もまた、計画を達成する上で重要な装置です。

図1: IWCD(中間水チェレンコフ検出器)の完成イメージ図。(Credit: KEK/JPARC ニュートリノグループ)
【▲ 図1: IWCD(中間水チェレンコフ検出器)の完成イメージ図。(Credit: KEK/JPARC ニュートリノグループ)】
図2: IWCD内部には、新型光センサーモジュールが搭載されます。ニュートリノの検出原理はハイパーカミオカンデと同じです。(Credit: KEK/JPARC ニュートリノグループ)
【▲ 図2: IWCD内部には、新型光センサーモジュールが搭載されます。ニュートリノの検出原理はハイパーカミオカンデと同じです。(Credit: KEK/JPARC ニュートリノグループ)】

IWCDは現在、茨城県東海村で建設中であり、同村にある「J-PARC(大強度陽子加速器施設)」から約1kmほど離れています。J-PARCで生成されたニュートリノは、IWCDを通過した後、約300km離れた岐阜県飛騨市神岡町のハイパーカミオカンデまで0.001秒ほどで届きます。

IWCDは直径約9m、高さ約12mの大きさがある水槽であり、中に蓄えた約600トンの純水でニュートリノを検出します。直径も高さも約70mあるハイパーカミオカンデと比べればずいぶんと小さいですが、ニュートリノを検出する方法は同じであり、いわば “ミニカミオカンデ” と呼ぶべき存在です。

もちろん、比較対象が桁外れに大きいだけで、IWCDも巨大な水槽には間違いありません。しかし最も驚きなのは、IWCDは縦穴(立坑)の中をエレベーターのように上下に移動できるという点でしょう。実際、水槽による可動式ニュートリノ検出装置は世界初となります。中に蓄えた水も合わせ、約800トンの装置が移動するというのは中々想像しがたいでしょう。

IWCDが移動する縦穴は建設が始まったばかり

IWCDが移動する縦穴は、深さが約50mにも達します。この穴を作るためには「圧入式オープンケーソン工法」と呼ばれる方法が使われます。簡単に説明すれば、縦穴の壁となる鉄筋コンクリートのリング(ケーソン)を地面に置き、リングの内側を掘り進めることで、リング自身の自重と油圧によってリングを地中へと沈めていく方法となります。もう少し細かく説明すると、以下のような手順を踏みます。

1. 地面を掘り進めるための刃口(先が尖ったリング)と、その上に載るリング(躯体)の型枠を組み立てる。
2. 型枠に生コンクリートを流し込み、鉄筋コンクリートのリングを作る。
3. リングの内側の地面を掘ると、自重で沈む力が働く。真っすぐ下に沈み込むよう油圧で制御する。
4. 刃口が十分沈んだら、先端が尖っていない通常のリングの鉄筋コンクリートを作る型枠を設置する。
5. 以下、リングの製造、内側の土堀り、油圧による制御を、刃口も含めて11段分繰り返す。
6. 最後に、底を厚さ5.5mのコンクリートで覆う。

図3: 刃口を地面へと沈める直前の状態を撮影したもの。刃口そのものは雨よけのブルーシートの内側にあります。周りには油圧装置が組みあがっています。(Credit: 彩恵りり)
【▲ 図3: 刃口を地面へと沈める直前の状態を撮影したもの。刃口そのものは雨よけのブルーシートの内側にあります。周りには油圧装置が組みあがっています。(Credit: 彩恵りり)】
図4: 油圧装置の上に昇るための足場と比較すれば、刃口だけで高さが4m以上あることが実感できます。(Credit: 彩恵りり)
【▲ 図4: 油圧装置の上に昇るための足場と比較すれば、刃口だけで高さが4m以上あることが実感できます。(Credit: 彩恵りり)】

リング1つだけでも、高さ4.5m、外径13.6m、厚さ1.6m、重さ500トンという巨大な鉄筋コンクリート構造物です。筆者は2026年4月2日、報道機関向け見学会に参加した際、刃口とリング、それを押し込むための圧入装置が組みあがった状態を見ることができました。

前日まで雨が降っていた関係で、リングはブルーシートで覆われており、直接目にすることはできませんでした。しかしブルーシート越しでも、人の背丈の3倍もあるものがそこにあるのをイメージさせるのには十分でした。

圧入装置は、リングが沈み込むのに必要な力を補いつつ、真っすぐ下へ沈むように調整するために設けられています。圧入する力は最大12本の油圧で制御され、最大で3600トン(3万5000kN)もの力を出せます。大きな力を出しつつも精密な調整を行うことで、中心部のズレを誤差30cm以内、可能ならば15cm以内に収めることを目標としています。深さが50mもあることを考えれば、いかに小さい値を目指しているのかが伺えます。

図5: まだ更地であったころ、2025年6月の建築予定地の様子。周りには農地が広がっていることが分かります。(Credit: 彩恵りり)
【▲ 図5: まだ更地であったころ、2025年6月の建設予定地の様子。周りには農地が広がっていることが分かります。(Credit: 彩恵りり)】

なお、この縦穴を掘る際には、中に水を溜めています。これは、空のままの場合、地下水が縦穴へと入り込む恐れがあるためです。特に、IWCDが設置される場所の周辺は農地が広がっているため、地下水が抜けてしまうことによる悪影響が生じる恐れもあります。今回採用された工法は、周辺の環境に配慮した手法であるとも言えます。

ハイパーカミオカンデ計画が目指すもの

ところで、そもそもなぜIWCDを作るのでしょうか? これは、ハイパーカミオカンデ計画が目指す目標とも関連しています。

宇宙が誕生した直後、物質と反物質がペアとなって生成されるイベントが発生したとされています。物質と反物質は、お互いが鏡映しのような関係です。一部の性質にプラスマイナスの反転はあるものの、数値(絶対値)は全く同じです。

そして、物質と反物質は必ずペアで生成し、お互いが出会うと消滅するという性質があります。もしこの通りならば、物質も反物質もない空っぽな宇宙ができるはずです。

しかし私たちの宇宙は、明らかに物質で満たされている一方、反物質はほとんど存在しません。この明らかな矛盾は、宇宙最大の謎の1つと言っても過言ではないでしょう。もし、物質と反物質が厳密な鏡映しではなく、性質の違いがあると考えれば、この矛盾は解決するかもしれません。

物質と反物質との性質の違いは「CP対称性の破れ」と呼ばれています。CP対称性の破れそのものは、陽子のようなクォークでできた粒子(バリオン)で発見されていますが、測定された性質の差はとても小さなものです。これでは、実際の宇宙の物質の量を説明できません。

図6: ニュートリノ振動に差がなければ、ハイパーカミオカンデで観測されるニュートリノの種類と反ニュートリノの種類は同じはずです。しかしCP対称性の破れがあれば、観測できる種類は変わります。(Credit: 彩恵りり)
【▲ 図6: ニュートリノ振動に差がなければ、ハイパーカミオカンデで観測されるニュートリノの種類と反ニュートリノの種類は同じはずです。しかしCP対称性の破れがあれば、観測できる種類は変わります。(Credit: 彩恵りり)】

そこで注目されるのがニュートリノです。ニュートリノは「電子ニュートリノ」「ミューニュートリノ」「タウニュートリノ」の3種類があることが知られています。そしてニュートリノは、移動するうちに種類が変化する性質があることが分かっています。この、ニュートリノの種類が変化する現象を「ニュートリノ振動」と呼びます。

もしもニュートリノのCP対称性が破れていない場合、つまりニュートリノと反ニュートリノに性質の違いがない場合は、ニュートリノ振動の様子も全く一緒になるはずです。より具体的には、ミューニュートリノが電子ニュートリノに変化する確率と、反ミューニュートリノが反電子ニュートリノに変化する確率とに差は見られないはずです。

図7: ニュートリノ振動におけるCP対称性の破れを角度(CP位相角)で示したもの。赤い矢印の角度は、CP対称性が破れていない場合は0度(または180度)を向くはずですが、T2K実験では角度が付いている可能性を示しました。これは、ニュートリノ振動のCP対称性の破れを示唆しています。(Credit: T2K 実験国際共同研究グループ)
【▲ 図7: ニュートリノ振動におけるCP対称性の破れを角度(CP位相角)で示したもの。赤い矢印の角度は、CP対称性が破れていない場合は0度(または180度)を向くはずですが、T2K実験では角度が付いている可能性を示しました。これは、ニュートリノ振動のCP対称性の破れを示唆しています。(Credit: T2K 実験国際共同研究グループ)】

しかし、ハイパーカミオカンデ計画の前身となる、スーパーカミオカンデを使った「T2K実験」では、それぞれが変化する確率に差があるかもしれないことが示唆されています。ハイパーカミオカンデ計画では、検出数を増やして誤差を無くすことで、ニュートリノのCP対称性の破れを、示唆から発見へと書き換えることを狙っています。

IWCDはハイパーカミオカンデ計画完遂のために重要

この一連の実験では、ニュートリノを検出するハイパーカミオカンデが重要なのは間違いありませんが、一方でIWCDを設置することも重要です。ニュートリノのCP対称性の破れを証明するには「ミューニュートリノの何パーセントが電子ニュートリノに変わったか?」という割合を数値として出す必要があります。また、ニュートリノの大半はすり抜けてしまうため、ごく一部の検出から割合を推定しないといけません。

割合を数値として出すには、ニュートリノ振動の前後でのニュートリノの種類を比較する必要があります。つまり、できたての状態のニュートリノの状態を知る必要があります。

T2K実験では、これを「前置ニュートリノ検出器」で行っていました。しかし、前置ニュートリノ検出器はスーパーカミオカンデとは異なる仕組みでニュートリノを検出しています。理論的には検出効率を計算できるとは言え、未知の要素でニュートリノの検出効率に違いがある可能性を否定することはできません。

この点、ハイパーカミオカンデ計画のIWCDは優れています。 “ミニカミオカンデ” と称した通り、IWCDはハイパーカミオカンデと同じ仕組みでニュートリノを検出します。仮に未知の要素があったとしても、同じ条件で数値を比較できる以上、条件設定を同じようにすることができます。

また、ニュートリノ振動の仕方は、ニュートリノが持つエネルギーによって変化することが知られています。J-PARCで生成したニュートリノビームは、全てが1本の直線で進むのではなく、持っているエネルギーの違いによって少しずつ進む角度が違います。ハイパーカミオカンデは、ニュートリノビームの中心から約2.5度ずれた、最もニュートリノ振動の起きやすいエネルギーを持つニュートリノが届くように設計されています。

一方で、IWCDはエレベーターのように上下移動ができるため、他の角度を進むニュートリノ、つまり持っているエネルギーの大きさが違うニュートリノを検出することができます。異なるエネルギーでのニュートリノの性質の違いを調べることも、IWCDが可動式である理由の1つとなっています。

図8: 建設工事に使われるクレーンのアームには、「宇宙の謎を解く実験装置を建設中」とのユニークなメッセージが書かれています。(Credit: 彩恵りり)
【▲ 図8: 建設工事に使われるクレーンのアームには、「宇宙の謎を解く実験装置を建設中」とのユニークなメッセージが書かれています。(Credit: 彩恵りり)】

もしもニュートリノにおいてCP対称性の破れが発見されれば、誇張抜きでノーベル賞に匹敵する発見となります。つい先日、中国の「江門地下ニュートリノ観測所(JUNO)」が最初の実験成果を上げるなど、ライバルがいないわけではありませんが、ハイパーカミオカンデ計画は最初にニュートリノのCP対称性の破れを発見できるかもしれません。

現状の実験計画で期待される進捗状況から考えると、ハイパーカミオカンデ計画は稼働から3年ほどでニュートリノのCP対称性の破れを発見し、稼働から5年ほどで公表できるようになるでしょう。また、その後も実験は進められ、少なくとも10年の実験期間で、CP対称性の破れに関連する物理量の精密な測定を狙っています。

順調に進めば、ハイパーカミオカンデ計画は2028年度に実験を開始します。無事に工事が終わり、成果が上がることを期待しましょう。

ひとことコメント

IWCDはハイパーカミオカンデと比べればミニサイズかもだけど、重要性はビッグなのよね!(筆者)

 

文/彩恵りり 編集/sorae編集部

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参考文献・出典

※取材当時の配布資料を基に作成