広告
広告
地球環境にさらされた「リュウグウ」サンプルはわずか数週間で変質 最新研究が明かす急速な変化

JAXA(宇宙航空研究開発機構)の小惑星探査機「はやぶさ2」が地球へ持ち帰った小惑星「Ryugu(リュウグウ)」のサンプル(リュウグウ粒子)は、地球の大気に触れるとわずか数週間のうちに表面から変質が始まり、その影響は数か月で周囲へと広がる――。そんなプロセスを示した研究成果を、広島大学の宮原正明准教授を筆頭とする研究チームが発表しました。

宇宙から持ち帰った貴重な試料を厳密に保管する環境の見直しにもつながる研究チームの成果をまとめた論文は、正式な出版に先駆けた早期公開版として、学術誌「Nature Communications」に2026年5月29日付で掲載されています。

JAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」が撮影した小惑星「Ryugu(リュウグウ)」。(Credit: JAXA、東京大学、高知大学、立教大学、名古屋大学、千葉工業大学、明治大学、会津大学 & 国立研究開発法人産業技術総合研究所)
【▲ JAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」が撮影した小惑星「Ryugu(リュウグウ)」。(Credit: JAXA、東京大学、高知大学、立教大学、名古屋大学、千葉工業大学、明治大学、会津大学 & 国立研究開発法人産業技術総合研究所)】

貴重な「タイムカプセル」は地球の環境にとても弱い

小惑星から持ち帰られたサンプルは、太陽系初期の物質の進化や、水・有機物の起源を直接調べることができる極めて貴重な試料であり、いわば「タイムカプセル」と呼べるものです。特に、炭素質小惑星であるRyuguの試料には水や有機物が豊富に含まれており、生命の起源に迫る鍵として世界中から注目を集めています。

その一方で、Ryuguをはじめとする小惑星などのサンプルは、水や酸素が豊富に存在する地球環境に対して非常に敏感です。研究チームによれば、地球帰還後の保管や輸送、分析の過程で試料が変質してしまう可能性は以前から懸念されていましたが、どの鉱物が最初に変質し、周囲へどう影響が広がるのか、そしてどの程度の速度で進行するのか、といった具体的なプロセスは、これまで明らかになっていなかったといいます。

変質の引き金は「磁硫鉄鉱」の急速な酸化

宮原准教授らの研究グループは、複数のリュウグウ粒子を載せた試料プレートを温度20〜23℃、相対湿度30〜40%の条件で意図的に地球の大気にさらし、電子顕微鏡や放射光X線吸収分光法(元素の酸化状態などを調べる手法)などを用いて、数週間から数か月にわたって詳細な観察を行いました。

その結果、地球の大気にさらされた試料の中で最初に反応を示したのは「磁硫鉄鉱(pyrrhotite)」と呼ばれる、鉄と硫黄からなる硫化鉱物でした。この磁硫鉄鉱は水との反応性が高く、数週間のうちに表面から酸化して、鉄と酸素に富んだアモルファス(原子の配列に規則性がない非晶質状態)な変質層を形成し始めたといいます。

地球大気にさらす前(左)とさらした後(右)の磁硫鉄鉱の電子顕微鏡写真。赤い矢印は磁硫鉄鉱の酸化によってできた鉄と酸素に富む変質物を示す(Credit: 国立極地研究所)
【▲ 地球大気にさらす前(左)とさらした後(右)の磁硫鉄鉱の電子顕微鏡写真。赤い矢印は磁硫鉄鉱の酸化によってできた鉄と酸素に富む変質物を示す(Credit: 国立極地研究所)】
磁硫鉄鉱を含む炭素質コンドライト隕石の表面に、地球風化によって白色の生成物が生じている様子(Credit: 国立極地研究所)
【▲ 磁硫鉄鉱を含む炭素質コンドライト隕石の表面に、地球風化によって白色の生成物が生じている様子(Credit: 国立極地研究所)】

連鎖する変質反応と定量化された変質速度

変質は磁硫鉄鉱単体にとどまりません。今回の発表によれば、磁硫鉄鉱の酸化にともなって局所的に酸性・酸化的な環境が生じ、それが引き金となって周囲の物質へと変質が波及していくことが確認されました。

具体的には、数か月のうちに周囲のフィロケイ酸塩(層状の結晶構造をもつケイ酸塩鉱物)が部分的にアモルファス化し、さらに有機物にもナノスケールのバブル(泡)や炭素・酸素に富む沈殿層が形成されるなど、連鎖的な変質が進行していったといいます。

さらに本研究では、この磁硫鉄鉱の初期段階における変質速度を、1日あたり約0.1ナノメートルと見積もりました。これは、地球帰還後の比較的短い時間スケールであっても、重要な鉱物学的・化学的情報が失われ得ることを示す定量的な証拠となります。

今後のサンプルリターン計画への重要な示唆

これまでにも、地球外から持ち帰られた試料は地球環境による汚染や変質を防ぐために、乾燥した空気中や窒素で満たされた環境下において室温付近で保管されるのが一般的でした。しかし今回の研究成果は、そのような現在の標準的な保管条件(キュレーション条件)であっても、試料の変質が進行し得ることを示しています。

そのため、研究チームは、宇宙から持ち帰った貴重な試料本来の科学情報を守るためには単に不活性ガスを用いるだけでなく、「低温・低酸素・低湿度」を組み合わせた、さらに厳密な環境下での保管や分析が重要であると指摘しています。

この知見は、NASA(アメリカ航空宇宙局)の探査機が持ち帰って分析が進められている小惑星「Bennu(ベンヌ)」のサンプルの扱いや、今後予定されている火星の衛星「Phobos(フォボス)」からのサンプルリターンを目指すJAXAの火星衛星探査計画「MMX」、そして将来の火星本体からの帰還試料の取り扱いにおいて、より適切な保管・輸送戦略を構築するための極めて重要な道標となることが期待されます。

 

文/ソラノサキ 編集/sorae編集部

関連記事

参考文献・出典