
CSIRO(オーストラリア連邦科学産業研究機構)のKelly Gourdji博士を筆頭とする研究チームは、中性子星合体の観測データを利用して、宇宙の膨張率を示す「ハッブル定数」の新たな測定値を導き出したとする研究成果を発表しました。
今回の成果は、現代宇宙論が抱える難問の解決に一歩近づくものとなるかもしれません。研究チームの成果をまとめた論文は学術誌「The Astrophysical Journal」に掲載されています。

宇宙論が抱える問題「ハッブルテンション」とは
この宇宙は約138億年前のビッグバンによって誕生して以来、現在に至るまで膨張を続けていることが知られています。この宇宙の膨張する速度を示す重要な指標がハッブル定数です。
これまでの研究によれば、宇宙誕生から間もない頃の光であるCMB(宇宙マイクロ波背景放射)を観測して導き出された初期宇宙のハッブル定数は、約67km/s/Mpcとされています。一方、超新星爆発(白色矮星が関わるIa型超新星)などの観測を通じて現在の近傍宇宙から直接導き出された値は約73km/s/Mpcとなっており、両者の間には明らかなズレが存在しています。
この食い違いは「ハッブルテンション(ハッブル定数の緊張)」と呼ばれています。測定手法の誤差なのか、それとも私たちの知らない物理法則が存在するのか。ハッブルテンションは、現代宇宙論における最大の謎のひとつとなっています。
キロノバの観測がもたらした新たなハッブル定数は?
この謎を解き明かすために、研究チームは独立した新しいアプローチを用いてハッブル定数の算出を試みました。それは、2017年に観測された中性子星合体の観測データです。
2017年8月17日、アメリカの重力波望遠鏡「LIGO」と欧州の重力波望遠鏡「Virgo」は、うみへび座のレンズ状銀河「NGC 4993」で発生した重力波「GW170817」を検出。その方向を地上や宇宙から観測した結果、合体した中性子星の連星で発生することが理論上予測されていた電磁波の放射現象「キロノバ」が史上初めて検出されました。
中性子星は密度が非常に高い天体であり、衝突時には時空のさざ波と表現される重力波が宇宙空間を光速で伝わっていくとともに、ショートガンマ線バースト(GRB)のジェットが放出されます。
研究チームは重力波望遠鏡によるGW170817の観測データに加えて、ハッブル(Hubble)宇宙望遠鏡や地上の電波望遠鏡によるVLBI(超長基線電波干渉計)のデータを使用し、ジェットが周囲のガスと衝突して生じる電波の残光(アフターグロー)を詳細に解析することで、地球から見たジェットの角度などを高い精度で分析しました。
重力波の観測データだけでは正確な距離を割り出すのが難しかったGW170817までの距離ですが、残光の分析を通じて観測されたジェットの角度が絞り込まれたことで、地球から約1億4300万光年先(44.0±1.6メガパーセク)で発生したことが判明。この距離をもとに研究チームが算出したハッブル定数は「65.5±4.4km/s/Mpc」となりました。
これは、CMBから導き出された初期宇宙のハッブル定数に近い値です。Gourdji氏は「私たちが重力波を用いて行った独自の測定は近傍宇宙の手法ですが、その結果は初期宇宙の測定値により近いものでした」と述べています。

ハッブルテンションの解決に向けた今後の展望
論文の共著者であるスウィンバーン工科大学のAdam Deller教授によれば、今回の研究成果は、ハッブルテンションを説明するために現在の宇宙論の物理法則を変更しようとする一部の天文学者の試みに対して異を唱えるものだといいます。
Gourdji氏は今回の結果について、「宇宙論に対する私たちの理解が間違っているわけではない可能性を示唆しています」とした上で、「それを確実にするためには、GW170817のような中性子星合体をさらに調査する必要があります」と述べています。
近傍宇宙の観測をもとに新たなハッブル定数を算出する試みは、今回の研究に限りません。最近では、銀河群を構成する銀河までの正確な距離やその動きをもとにハッブル定数を算出したところ、今回の研究で示された値に近い約64km/s/Mpcを得たとする研究成果が発表されています。
- 近傍宇宙の膨張速度は従来の予測より遅いかも? 銀河群の動きをもとにハッブル定数を算出(2026年3月22日)
宇宙の膨張率を巡るハッブルテンションの完全解決にはまだ時間がかかりそうですが、今回の研究もまた長年の論争における重要な成果のひとつとなりそうです。
文/ソラノサキ 編集/sorae編集部
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参考文献・出典
- CSIRO - New measurement brings us closer to understanding the Universe’ s rate of expansion
- Swinburne - New measurement brings us closer to understanding the Universe’s rate of expansion
- Gourdji et al. - Revisiting GW170817 at Milliarcsecond Scale: High-precision Constraints on Jet Geometry and H0 (The Astrophysical Journal)























