月は若くても44億6000万歳 これまでの推定より4000万年古いことが判明
【▲図1: 実験装置に月の石を挿入するJennika Greer氏。 (Image Credit: Dieter Isheim, (Northwestern University) ) 】

地球唯一の自然衛星「」はいつ形成されたのでしょうか?この疑問の答えは、太陽系の中で起きた大衝突の答えにも迫ることになります。

フィールド自然史博物館のJennika Greer氏などの研究チームは、アポロ計画で採集された月の石に含まれている鉱物「ジルコン」の分析により、月の表面が固まった時期は遅くとも44億6000万年前であると算出しました。この数値は、これまでの研究よりさらに4000万年古く、太陽系の形成から1億1000万年後の時代に当たります。

■「月」の形成年代を知ることの重要性

「月」は地球唯一の自然衛星であり、夜空でもひときわ目立つほど巨大です。太陽系全体を見渡しても、月は5番目に大きな衛星であり、周回している惑星との直径比・質量比は太陽系最大です。月と同程度の大きさの他の衛星は、地球よりずっと大きな惑星にあることを考えると、月がどのように地球の衛星として誕生したのかは長年の謎となっています。

長年の研究により有力視されているのは「ジャイアントインパクト仮説」です。誕生直後の地球に火星程度の大きさの微惑星が衝突するジャイアントインパクトが起こり、生じた破片の一部が月になったという説であり、現状では月の誕生の様子や地質学的証拠に最も一致します。月の存在は地球に潮汐力を作用させ、潮の満ち引きや自転周期の変化を与えるため、月の形成年代を正確に知ることは、地球の歴史を調べる上で欠かせません。また、初期の太陽系では「後期重爆撃期」という天体衝突の増加があったことが知られていますが、これは月の形成後の出来事であったと考えられています。後期重爆撃期は月や地球以外の天体でも発生したため、月の形成過程は月以外の天体の歴史を知る上でも重要です。

ジャイアントインパクト仮説を検証する上での重要な課題の1つは、月が形成された年代です。衝突のエネルギーは高いため、形成直後の月は表面全体がマグマで覆われた「マグマオーシャン」状態であったと考えられています。月の表面が冷えて固まるスピードはかなり早かったと考えられているため、月の石を調べればその形成年代が分かります。これまで、その年代は今から44億1700万年前(±600万年)より以前であると考えられてました。

■「ジルコン」の年代測定を精密に実行

【▲図1: 実験装置に月の石を挿入するJennika Greer氏。 (Image Credit: Dieter Isheim, (Northwestern University) ) 】
【▲図1: 実験装置に月の石を挿入するJennika Greer氏(Credit: Dieter Isheim, (Northwestern University))】

Greer氏らの研究チームは、アポロ17号で採集された月の石(標本番号72215)に含まれる鉱物「ジルコン」を分析し、月の形成年代を調べる研究を行いました。月はジャイアントインパクトの段階で一度融けているため、ジルコンが固まって結晶となった年代は、月のマグマオーシャンが固化した年代であるとみなすことができます。

ジルコンは化学的・物理的に強い物質であり、数十億年もの時間変化の中で変質せず、長期の年代を調べることができます。また、数十億年という時間を測ることができるウランを含んでいる一方で、年代測定の邪魔となる鉛が、結晶成長時にほとんど含まれないことも便利です (※) 。これらの利点を生かし、多くの研究で年代測定の指標として使用されていますので、ノウハウの蓄積もあります。

※…ウランは時間をかけて鉛へと崩壊するため、ウランと鉛の比率を調べることで鉱物が結晶化した年代を推測することができます。しかし結晶化時に無関係の鉛が鉱物に入り込んでいる場合、年代測定結果を狂わせるおそれがあります。ジルコンは化学的に鉛をほとんど含まない形で結晶化するため、ウランによる年代測定がしやすい鉱物です。

一方で、このような研究で分析されるジルコンの結晶は数十マイクロメートル(100分の数ミリメートル)と極めて小さいため、ジルコンの年代を調べるのは困難を極めます。結晶の中心部と外側では年代が異なることも珍しくないため、正確な年代を突き止めるには結晶の場所ごとの年代を細かく調べる必要があります。

■月の形成年代は4000万年遡る結果に

【▲図2: 分析されたジルコン結晶の一例。丸い穴はイオンビームで削られた跡です。今回の研究では穴の表面をパルスレーザーで蒸発させ、鉛がどのくらい含まれているのかを調べることで年代測定が行われました。 (Image Credit: Jennika Greer) 】
【▲図2: 分析されたジルコン結晶の一例。丸い穴はイオンビームで削られた跡です。今回の研究では穴の表面をパルスレーザーで蒸発させ、鉛がどのくらい含まれているのかを調べることで年代測定が行われました(Credit: Jennika Greer)】

Greer氏らは極めて小さなジルコン結晶の年代を特定するため、「アトムプローブトモグラフィー」を使用して分析を行いました。ジルコンの年代測定では、含まれる鉛の量を調べる必要があります。今回の研究では、イオンビームで結晶表面を削り出して新鮮な表面を出した後、紫外線パルスレーザーで表面の原子を蒸発させ、その中に含まれる鉛の量と分布を調べました。

分析の結果、ジルコンに含まれた鉛は、ウランから崩壊して生じたもののみであることが分かったため、鉛の量がそのまま年代測定に利用できることが分かりました。もしウランの崩壊とは無関係な鉛が含まれている場合、それは小さな塊として存在するため、場所ごとに鉛濃度の濃淡が生じるはずですが、今回の分析では均一であったため、元々含まれているという可能性を排除することができました。

いくつかのジルコン結晶の年代測定結果を照らし合わせた結果、月の形成年代は遅くとも44億6000万年前(±3100万年)と、これまでの分析より約4000万年も古い年代であることが明らかにされました。これは太陽系の形成から1億1000万年後の時代です。別の研究も合わせると、月は今から45億1000万年前から44億6000万年前の間のどこかで形成されたと考えられます。

今回の研究は、最も古い年齢の月の石を通じて、月の形成年代を絞り込むだけでなく、その後の月や地球で生じた潮汐の影響や微惑星の衝突を解析する上でも重要です。

 

Source

文/彩恵りり