
「土星」は大量の衛星を持つことで知られており、観測史上初めて100個以上の衛星を持つ天体でもあります。真の総数は不明ですが、小さい衛星ほど数が多くなる一方、観測が困難であるため、技術革新で困難を克服した時に大量に見つかる傾向にあります。例えば2023年5月には、一度に63個の衛星の発見が公表されたことがあります。
衛星も含めた太陽系の小天体の発見報告を管轄する小惑星センター(MPC)は、2025年3月11日に配信した電子回報で、土星の衛星が新たに128個追加されたことを公表しました。無論、一度に追加された数としては過去最大であり、これによって土星の衛星の数は274個と、ほぼ倍増したことになります(※1)。
総数274個という衛星の数は、天文学者から見ても多すぎます。衛星を発見した観測チームは、この多数の衛星について、土星の周辺でごく最近(おそらく1億年以内)に、巨大な衛星同士の衝突が複数回発生した激しい天体衝突イベントの証拠であると考えています。この推定が正しい場合、土星はこの先「最も衛星の数が多い惑星(天体)」の座から陥落することは無いかもしれません。

観測困難な衛星を見つける「シフト・アンド・スタック」
太陽系の中で太陽と木星に次いで巨大な天体である「土星」は、その強い重力によって多数の「(自然)衛星」を従えています。この多数の衛星は、探査機による接近観測や、遠く離れた地球からの観測でも見つかっています。
この衛星という分類には、実は明文化された厳密な定義が存在しません。現在のところ「太陽以外の天体の周りを長期的に公転していることが、観測による追跡で証明された天体」が事実上の衛星の定義となっています。そのため、一時的に惑星の周りを公転した小惑星や彗星(※2)、土星の環を構成する小さな破片のように個別の識別・追跡ができない物体(※3)は、現時点では衛星としてカウントされていません。
観測を通して衛星であると証明された天体の報告は、太陽系内の小さな天体を管轄する「小惑星センター(MPC)」が受け付けており、同センターが発行する小惑星電子回報(MPEC)に掲載されることで、発見が正式に認められたと見なされることになります。
最近の新発見の衛星の大部分は、高性能な望遠鏡を単純に使ったとしても、簡単には発見できません。衛星の見た目の明るさが暗いため、短時間の露光ではノイズとの区別ができないためです。逆に露光時間を長くしようにも、衛星は見た目の位置の変化が激しい上に、惑星が明るすぎて観測の邪魔になるため、簡単に実行することができません。
この問題を解決するための手法が「シフト・アンド・スタック(shift and stack)」です。短時間の露光で撮影した画像を重ねることで、衛星の像をはっきりさせることができます。撮影された画像における衛星の位置は予測できるため、もし衛星が実在すれば像がはっきりする上に、過去に撮影された画像との整合性も確認することができます。逆に誤っていれば、像がはっきりしないことや、過去の撮影画像との不整合が生じることで誤りを確認することができます。
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土星に新たに128個の衛星を追加!
台湾・中央研究院天文及天文物理研究所のエドワード・J・アシュトン氏(Edward James Ashton)などの観測チームは、シフト・アンド・スタックで数多くの新衛星を発見しています。アシュトン氏らは土星の衛星の発見にシフト・アンド・スタックを適用した初めての観測チームでもあります。
アシュトン氏らは、カナダ・フランス・ハワイ望遠鏡による2019年から2021年の観測データにシフト・アンド・スタックを適用しました。加えて、過去に撮影された画像の中に、同じ衛星であると確認できる画像が無いかどうかを調査しました。調査されたのは、カーネギー研究所のスコット・S・シェパード氏(Scott Sander Sheppard)などの観測チームが、すばる望遠鏡で撮影した2004年以降の画像です。
この観測方法と画像探索により、まずは2021年11月に「S/2019 S 1」の発見が公表されました。他より先行したのは、早めに軌道を確定させるデータが集まったためです。次いで2023年5月には、2週間の間に62個の衛星の発見が一度に公表され、さらにその1週間後に追加で「S/2006 S 20」の発見が公表されました。S/2006 S 20だけ公表にタイムラグがあったのは、最初に提出した天体のデータに整合性の問題があることが小惑星センターより指摘され、データの再提出があったためです。
これら、約1年半にかけての計64個の新衛星の発表により、土星の衛星の数は146個となり、木星の95個を超えて最多の衛星を持つ天体となっただけでなく、初めて3桁の衛星数を持つ天体となりました。
- 土星の新衛星が62個発見され総数145個に 衛星数が100個を超えた初の惑星(2023年5月16日)
しかし、上記の新衛星の発見に繋がった観測データには、さらに多くの衛星候補が眠っていました。アシュトン氏らは本当に衛星である可能性が高いと考えていましたがm当時揃っている観測データだけでは衛星であることを確定させるには不十分でした。

そこでアシュトン氏らは、2023年8月から10月にかけて、カナダ・フランス・ハワイ望遠鏡による追加観測を行いました。その結果、やはり衛星候補は真の衛星であることが確定し、今回の128個の新衛星の公表に繋がりました。もちろん、一度の新衛星の公表数としては過去最大です。あまりにも多すぎるせいか、通常は天体1個ずつに分けて発行される電子回報が、61個+34個+33個の3報にまとめられる形で発行されました。
128個の衛星の追加により、土星の衛星は総数274個となりました。土星の衛星の歴史は、1655年にクリスティアーン・ホイヘンスが「タイタン」を発見したことで始まりましたが、370年の歴史で発見された衛星の約47%が今回の公表分で占められています。2021年以降の公表分も合わせれば、実に約70%がこの4年間の公表分で占められていることになります。
発見された衛星はどれも直径数km、最も小さいもので直径2~3kmであると考えられます。その軌道は、平均距離約1109万kmの公転軌道を約436日(1.19年)かけて公転する「S/2023 S 6」から、平均距離約2804万kmの公転軌道を約1753日(4.80年)かけて公転する「S/2020 S 44」まで様々です。特にS/2020 S 44の平均距離は、土星の衛星では最も遠く、他の天体の衛星を含めても4番目となります(※4)。また、31個は土星の自転方向と同じ方向に公転する順行衛星、97個は土星の自転方向と逆方向に公転する逆行衛星に分類されます。
なお、筆者がアシュトン氏に取材したところ、今回に関してはデータの問題が指摘された新衛星はないとのことです。このため、2年前のような後追いはなく、今回の新衛星の追加は128個で確定しています。
天文学者から見てもあまりにも多すぎる衛星数
総数274個の土星の衛星のうち、今回公表分の128個全てを含む250個の衛星は、土星からかなり遠い所を大きくゆがんだ楕円形の軌道で公転しています。このような衛星は「不規則衛星」に分類されます。不規則衛星は太陽系の巨大な4個の惑星全てで見つかっていますが、土星の不規則衛星の総数250個というのは、他の追随を許さないと言えるほどの多さです。
一般的な感覚からしても、この衛星数は多いと言えますが、天文学者から見てもこの衛星数は多すぎます。2019年の研究では、土星の不規則衛星の総数は、直径2.5km以上のもので120~180個であると推定されていました。しかし実際には、同程度の大きさの不規則衛星は250個発見されています。理論的には最大でも180個なのに対し、実際には250個見つかっているという、理論と実態の乖離が大きいことが分かります。

この数の多さに関連する研究も、まだプレプリント段階(※5)であるものの公開されています。前回および今回の衛星の発見に関わったアシュトン氏らは、今回の新衛星公表の前日に、2023年5月までに発見された不規則衛星122個の公転軌道の詳細な分析結果に関するプレプリントをarXivに投稿しています。
土星の不規則衛星は従来、公転軌道に基づき「ガリア群」「イヌイット群」「北欧群」の3つの群に分類されています。ここでアシュトン氏らは、3つの群のさらに下位として「アルビオリックス副群」「キビウク副群」「シャルナク副群」「カーリ副群」「ムンディルファリ副群」「フェーベ副群」という計6つの副群(Subgroup)を定義し(上記表1)(※6)、所属する不規則衛星の傾向や性質、そして起源について推察しています。このような副群の存在は以前より示されていましたが、アシュトン氏らは追加された衛星を元に副群を整理し、定義を明確化しています。

このプレプリントの内容は、2023年5月までに公表された衛星に基づいているため、当然ながら今回追加された衛星については言及していません。しかし図3のグラフで表されている通り、ムンディルファリ副群に分類された衛星は、他の副群と比べて、直径と数のグラフの傾きが急であることが分かると思います。このグラフの傾きは、2019年の論文の推定よりも急であることから、実際の衛星数が多いことを予測しています。そしてこのプレプリントの予測と一致するかのように、2019年の推定値より多くの衛星が見つかりました。
不規則衛星である新衛星の副群の分類をするためには、激しく変化する軌道傾斜角(※7)の平均値をとる必要があります。しかし、現時点では測定値のみであるため、正式な分類をすることができません。このため、現時点ではあくまで暫定であり、この先の研究で変更される可能性があるものの、現時点では下記表2のような分類となる可能性があります。

ただし暫定であるとはいえ、アシュトン氏は、シャルナク副群がかなり孤立した公転軌道を持つため、この副群に関しては分類がほぼ確定していると考えています。また先述の通り、現時点で示された新衛星の軌道傾斜角は平均値ではありません。アシュトン氏は、軌道傾斜角の平均値が確定すれば、軌道傾斜角が40~45度に位置する衛星は無くなると予想しています。
最近の大衝突が多数の衛星を生み出した?
2019年の研究の予測数よりはるかに数が多いこと、不規則衛星が複数の副群に分類できることを併せると、土星の不規則衛星の起源は、もっと巨大な衛星が砕けたものである、とする予測が成り立ちます。
かつては一塊の巨大な衛星だったものが、何らかの理由で砕けた場合、似たような公転軌道を持つ複数の不規則衛星が見つかるという現状と一致します。そして、不規則衛星が複数の群・副群に分類できることから、元となった巨大な衛星はおそらく1個ではなく、複数あったと考えられます。
あるいは、砕けて発生した破片同士がさらに衝突することで軌道が変化したのかもしれませんし、両方の理由が複合している可能性もあります。巨大な衛星を砕いた天体も、別の巨大な衛星かもしれませんし、土星の重力で捕獲された小惑星や彗星かもしれません。いずれにしても、複数のパターンが考えられる不規則衛星の起源を絞るには、更なる研究・観測が必要となります。
また、土星の不規則衛星は、推定直径4kmを境に、大きな衛星に対する小さな衛星の数が、他の惑星の衛星と比べても多いという特徴があります。土星の周りは小さな衛星で混雑している状態であり、時間の経過と共に小さな衛星同士が衝突することで、観測不能なほど小さな破片まで砕け散ってしまう可能性が高くなります。しかし実際には、多数の小さな不規則衛星が発見されているため、現在は小さな衛星が消えてしまうほどの時間が経過していないことが分かります。
アシュトン氏らは、土星の不規則衛星の大部分はごく最近、おそらく1億年以内に生成されたと考えています。土星の環も数億年以内に形成したという予測もあることを踏まえると、土星の環の存在と衛星の数の多さは、土星周辺でここ数億年以内にかなり激しい環境変化があったことを示唆しているのかもしれません。
- 土星の環は数億年前に2つの衛星が衝突した結果形成されたか 新たな衛星が誕生した可能性も(2023年10月3日)
- 土星の環は4億年以内に形成された?土星探査機カッシーニのデータをもとに指摘(2023年5月16日)
余談ですが、ごく最近まで、土星は木星と「最も衛星の数が多い惑星(天体)」の座を争っていました。しかし、土星に大量の数の衛星をもたらした最近の激しい天体衝突は、今のところ木星では予測されていません。また、現在の技術で観測可能な衛星のほとんどは出尽くしており、潜在的に未発見な衛星はあまり残されていないと考えられています。もしかすると、土星は真の意味で「最も衛星の数が多い惑星」であり、この座から陥落することはないかもしれません。
注釈
※1…土星の衛星のうち、「S/2004 S 3」「S/2004 S 4」「S/2004 S 6」の3個は、一時的に粒子が集まって生じた塊であり、一般的には真の衛星ではないと見なされています。この3個を含める場合、土星の衛星の総数は277個となります。
※2…もし、一時的に捕獲された小惑星や彗星を衛星とカウントするならば、例えば地球では最低でも衛星が5個増えることになります。
※3…土星の環には何千もの一時的な塊が生じることが観測されていますが、これらは衛星としてカウントされていません。唯一の例外として、B環の中の特に大きな塊(直径約300m)として長期間追跡された「S/2009 S 1」は衛星としてカウントされていますが、これは珍しい例です。
※4…いずれも海王星の衛星である「S/2021 N 1」「ネソ」「プサマテ」に次ぎます。
※5…通常「論文」と言えば、査読制度(第三者によるチェック)のある論文誌に掲載されたものを指します。これに対し、何らかの論文誌に掲載されていない、査読前の原稿を「プレプリント」と呼びます。厳密には正式な論文ではないため、その内容の妥当性は通常の論文よりも割り引いてみるべきですが、ほぼ同じ内容が論文誌に掲載されることは珍しくありません。
※6…一部の衛星はかなり独自の公転軌道を持ち、いずれの副群にも分類されていないものがあります。中にはパーリアクやS/2004 S 24のように、独自の副群の可能性が考えられているものもあります。
※7…公転軌道によって作られる面が、基準となる面に対してどの程度傾いているのかを示す値を軌道傾斜角と呼びます。通常、衛星の軌道傾斜角と言えば中心とする天体の赤道(より正確にはラプラス面)を基準とした角度ですが、不規則衛星の場合はその惑星の黄道面(惑星の公転軌道によって作られる面)を基準とした角度です。
文/彩恵りり 編集/sorae編集部
参考文献・出典
- Minor Planet Electronic Circular. “MPEC 2025-E153 : SIXTY-ONE NEW SATURNIAN SATELLITES”.(Minor Planet Center)
- Minor Planet Electronic Circular. “MPEC 2025-E154 : THIRTY-FOUR NEW SATURNIAN SATELLITES”.(Minor Planet Center)
- Minor Planet Electronic Circular. “MPEC 2025-E155 : THIRTY-THREE NEW SATURNIAN SATELLITES”.(Minor Planet Center)
- Alex Walls. “Saturn still reigns supreme as moon king with 128 new moons”.(The University of British Columbia)
- Kelly Kizer Whitt. “128 new Saturn moons just announced. Incredible!”.(Earth Sky)
- Edward Ashton, et al. “Retrograde predominance of small saturnian moons reiterates a recent retrograde collisional disruption”.(arXiv)
- Scott S. Sheppard, et al. “New Jupiter and Saturn Satellites Reveal New Moon Dynamical Families”.(Research Notes of the AAS)
- Edward Ashton, et al. “Discovery of the Closest Saturnian Irregular Moon, S/2019 S 1, and Implications for the Direct/Retrograde Satellite Ratio”.(The Planetary Science Journal)
- Edward Ashton, Brett Gladman & Matthew Beaudoin. “Evidence for a Recent Collision in Saturn's Irregular Moon Populatio”.(The Planetary Science Journal)