JAXA/ISASのX線観測衛星「XRISM」が過去最高の精度で「はくちょう座X-3」を観測

大質量の恒星とブラックホールからなる連星と推定されている天体である「はくちょう座X-3」は観測のしやすさの一方、多くの謎に “包まれて” いるため、世界中のX線観測衛星が観測を行っています。今回、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所(ISAS)のX線分光撮像衛星「XRISM(クリズム)」は、2024年3月下旬にはくちょう座X-3の観測を実施しました。

XRISMの観測データは、これまでで最も詳細にはくちょう座X-3を捉えています。400km/s以上にも達する激しいガスの運動や、ガスに含まれる鉄原子が高度にイオン化している様子など、これまで理論的な推定に留まっていた範囲に実測という答えを提供しています。X線観測衛星の通過儀礼とも言えるはくちょう座X-3の観測を通して、XRISMはその高性能さを示したと言えます。

図1: ウォルフ・ライエ星とブラックホールの連星という組み合わせで描かれたはくちょう座X-3の想像図。XRISMによる観測結果は、ブラックホールから伸びるガスの乱流(黄色)や、ウォルフ・ライエ星から噴き出すガスの流れ(青色)を捉えており、成果を反映した想像図となっています。(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center)
【▲ 図1: ウォルフ・ライエ星とブラックホールの連星という組み合わせで描かれたはくちょう座X-3の想像図。XRISMによる観測結果は、ブラックホールから伸びるガスの乱流(黄色)や、ウォルフ・ライエ星から噴き出すガスの流れ(青色)を捉えており、成果を反映した想像図となっています。(Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center)】

JAXA/ISASの新しいX線観測衛星「XRISM」

新しい観測衛星が始動した際、初めてのミッションではよく知られた天体を観測します。これは、今までの観測データと比較するというベンチマークテストという意味と同時に、新しい観測衛星がいかに優れているのかを示す絶好な機会でもあるためです。

図2: 宇宙で観測を行うXRISMの想像図。(Credit: JAXA)
【▲ 図2: 宇宙で観測を行うXRISMの想像図。(Credit: JAXA)】

XRISM」は、JAXAの研究機関であるISASが開発し、2023年9月に打ち上げられたX線観測衛星であり、2016年に打ち上げられたものの、姿勢制御系の不具合から短期間でミッションを終えた「ひとみ」の後継機です。XRISMは軟X線領域では最高の解像度を実現するための様々な工夫があります。

X線マイクロカロリメータ分光撮像器「Resolve」は、後述する観測で使用された観測機器です。X線というエネルギーを物質が受けると、エネルギーが温度に変換されます。この温度上昇幅を正確に測ることで、X線のエネルギーを逆算することができます。X線のエネルギー値をX線の波長に換算すれば、天体が持つ物質の組成や温度、あるいは運動速度などの情報を知ることができるため、X線のエネルギー=波長を精密に測れるほど、天体の環境を詳細に知ることができます。

この目的のため、Resolveは液体ヘリウムによって0.05K(-273.10℃)まで冷却され、温度上昇幅をより詳しく知ることができるようになっています。

謎に “包まれている” 強烈なX線源「はくちょう座X-3」

図3: 中央の明るい白色がX線で撮影されたはくちょう座X-3本体。左上の白色ははくちょう座X-3のX線を反射しているガス。赤色と青色は、それぞれ電波で撮影された、地球に対して遠ざかる/近づくガスを表しています。(Credit: NASA, CXC, SAO & M.McCollough et al,.(X線画像) / ASIAA, SAO & SMA(電波画像))
【▲ 図3: 中央の明るい白色がX線で撮影されたはくちょう座X-3本体。左上の白色ははくちょう座X-3のX線を反射しているガス。赤色と青色は、それぞれ電波で撮影された、地球に対して遠ざかる/近づくガスを表しています。(Credit: NASA, CXC, SAO & M.McCollough et al,.(X線画像) / ASIAA, SAO & SMA(電波画像))】

ところで、地球から約3万2000光年離れた位置に、「はくちょう座X-3」と呼ばれるX線源があります。地球で観測可能な、最も強いX線源の1つです。

はくちょう座X-3の正体は、「ウォルフ・ライエ星」と呼ばれる質量が大きく極めて活動的な恒星と、小さな伴星の組み合わせで構成された連星であると考えられています。伴星の正体ははっきりと分かっているわけではありませんが、数々の観測からブラックホールではないかと考えられています。

図4: はくちょう座X-3で光電離プラズマが生成される仕組みの概略。ウォルフ・ライエ星から放出されたガス(星風)の中を進むブラックホールは、重力で周りのガスを引き寄せます(降着円盤の形成)。ブラックホールの近辺では狭い場所にガスが押し込められるため、摩擦でX線が放出されます。このX線が周りのガスを構成する原子から電子をはぎ取ります。このようにして生じるのが光電離プラズマです。(Credit: JAXA)
【▲ 図4: はくちょう座X-3で光電離プラズマが生成される仕組みの概略。ウォルフ・ライエ星から放出されたガス(星風)の中を進むブラックホールは、重力で周りのガスを引き寄せます(降着円盤の形成)。ブラックホールの近辺では狭い場所にガスが押し込められるため、摩擦でX線が放出されます。このX線が周りのガスを構成する原子から電子をはぎ取ります。このようにして生じるのが光電離プラズマです。(Credit: JAXA)】

これまでの観測記録から、はくちょう座X-3はお互いの距離が近い連星であり、ブラックホールはウォルフ・ライエ星の周りを、わずか4.8時間という公転周期で公転していると考えられています。ウォルフ・ライエ星が放出した大量のガスの中を、ブラックホールは秒速数百kmで通過しつつ、重力で大量のガスを引き寄せます。狭い場所に押し込められたガスは、周りとの摩擦で強烈なX線を放出し、ガスに含まれる原子は電子をはぎ取られイオン化します。この状態となったガスを「光電離プラズマ」と呼びます。

光電離プラズマから放出されるX線の波長は、原子の種類と電子をいくつ失っているかによって決まります。一方で、ガスはX線のいくつかの波長を吸収します。つまり、X線を観測し、波長ごとの強さをグラフにすると、観測されたX線による山と、吸収されたために観測できなかったX線の谷が現れることになります。また、本来X線の波長は固定された値ですが、ガスが運動していればドップラー効果(※1)により波長が変化します。つまり波長のズレから、ガスの運動速度を逆算することができます。

※1…波を放出する物体の運動により、波長が変化すること。代表的なのが音のドップラー効果であり、近づいてくる救急車のサイレンの音は高く、遠ざかる救急車のサイレンの音は低く聞こえる現象で実感することができます。

しかし、長年の観測にも関わらず、はくちょう座X-3は多くの謎に “包まれて” います。これははくちょう座X-3が、ウォルフ・ライエ星の激しい活動による大量のガスに包まれているためです。このガスが可視光線での観測を阻み、赤外線や電波でも見通しを悪くしています。

XRISMはX線観測衛星の通過儀礼を無事通過!

X線は、はくちょう座X-3の分厚いガスを破って中心部を詳細に観測する数少ない手段です。これまで数々のX線観測衛星がはくちょう座X-3を観測しており、今回観測と研究を行ったXRISMコラボレーションのメンバーの1人であるTimothy Kallman氏は、はくちょう座X-3の観測を「(X線観測衛星の)通過儀礼」だとたとえています。

XRISMは初期性能検証期間中の2024年3月24日から25日にかけて、合計18時間の観測時間ではくちょう座X-3を観測しました。XRISMがはくちょう座X-3を観測したのは、通過儀礼という意味合いの他に、XRISMが観測可能なX線の波長が、詳細に観測したい波長と一致しているためです。そして得られたX線の強度グラフ(スペクトル)は、従来のX線観測衛星とはまるで別モノのように見えるほど、個々の波長における強度の変化がはっきりしていました。

図5: はくちょう座X-3のX線の波長ごとの強度を表したグラフ。XRISMによる下側のグラフと、チャンドラX線観測衛星(NASA)による上側のグラフは同じ波長領域を表していますが、グラフの細かさが全く異なることが一目瞭然です。(Credit: JAXA)
【▲ 図5: はくちょう座X-3のX線の波長ごとの強度を表したグラフ。XRISMによる下側のグラフと、チャンドラX線観測衛星(NASA)による上側のグラフは同じ波長領域を表していますが、グラフの細かさが全く異なることが一目瞭然です。(Credit: JAXA)】

例えば25価の鉄イオン(Fe25+)に由来するX線は、400km/s以上の速度で運動していることを示しています。これは伴星から噴き出す乱流であり、伴星の公転移動によって生じた流れであると推定することができます。同時に、25価とは鉄原子がほぼ全ての電子を失っていることを意味するため、極めて高エネルギーな環境でのみ生じる光電離プラズマから放出されたことを裏付けています。これらの性質は、伴星がブラックホールであるという推定を裏付けます。

さらに別の価数の鉄イオン(Fe15+~Fe24+)に由来するX線を見ると、いくつかの波長が届いている一方で、明確に吸収されている波長もあります。これはウォルフ・ライエ星から放出されたガスによって吸収されたことを示しており、またこのガス自体も運動していることを示しています。このような細かいガスの構造や運動速度は、従来のX線観測衛星では解像度が低すぎるため、決して窺い知ることができません。

無事通過儀礼を終えたXRISMにより、はくちょう座X-3の詳細がこれまで以上にはっきりと見えてきました。ただし、これはまだデータ分析の初期段階であり、まだまだ多くの分析されていない情報があります。はくちょう座X-3の伴星が本当にブラックホールであるのかをはっきりさせるなど、XRISMによる謎の解明はまだまだ始まったばかりです。

 

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文/彩恵りり 編集/sorae編集部

#JAXA #ISAS #XRISM #はくちょう座X-3