銀河系の外からやってくる成長途中のブラックホール
【▲ 図1: ハッブル宇宙望遠鏡で撮影された球状星団「ω(オメガ)星団」の全体像。(Credit: NASA, ESA and the Hubble Heritage Team (STScI/AURA))】

■ブラックホールはどうやって成長するのか?

数多くの銀河の中心部では「超大質量ブラックホール(超巨大ブラックホール)」が見つかっており、その質量は太陽のおよそ10万倍以上、大きなものでは100億倍程度にまで及びます。

しかし、こうしたブラックホールも最初はひとつの恒星の超新星爆発から誕生するはずであり、理論上、その時の質量は太陽の数倍から100倍程度という小さなものだったと考えられます。つまり、誕生したブラックホールが超大質量ブラックホールになるまでには、誕生時から数十万~数億倍もの質量をもつまでの成長を遂げていることになります。

ブラックホールは周囲の物質を吸い込んだり、他のブラックホールと合体することによって重くなっていくのですが、これほど急激に成長する理由は未だ解明されていません。また、超大質量ブラックホールは銀河系(天の川銀河)を含め様々な銀河で頻繁に発見されているにも関わらず、その成長途中の段階にあたる「中間質量ブラックホール」は、ほんの数えるほどしか発見されていません。

宇宙に超大質量ブラックホールは数多く存在するのに、なぜ中間質量ブラックホールは滅多に見つからないのか? この事は現代の天文学の謎のひとつとされています。

■銀河系のω星団に中間質量ブラックホールの存在を確認

ドイツのマックス・プランク天文学研究所のMaximilian Häberle氏らが科学雑誌Natureにおいて新たに発表した研究によると、彼らは「ハッブル宇宙望遠鏡(Hubble Space Telescope: HST)」によって蓄積された過去20年間の観測データを統合することで、銀河系にある球状星団「ω(オメガ)星団」(ω Centauri)の中心部分の星の運動を計算し、その移動速度からω星団の中心部には中間質量ブラックホールが存在していることを突き止めました。

球状星団「ω(オメガ)星団」
【▲ 図1: ハッブル宇宙望遠鏡で撮影された球状星団「ω(オメガ)星団」の全体像。(Credit: NASA, ESA and the Hubble Heritage Team (STScI/AURA))】

Häberle氏らは、ハッブル宇宙望遠鏡で撮影されたω星団の中心部の20年分の観測画像を重ね、移動していることが分かる星を検出して移動速度を計算したところ、秒速62キロメートル以上で動いている星を合計7個発見しました。この秒速62キロメートルという速度はω星団の重力を振り切るのに必要な脱出速度であり、これらの星の近くに中間質量ブラックホールのような極端に重い天体がない限り、これほどの高速度で動く星はω星団から即座に飛び出して行ってしまうはずです。こういった星が7個も同時に見つかったということは、その近くに中間質量ブラックホールが存在していることを示しています。

【▲ 図2: Häberle氏らの研究で発見された、ω星団の中心部分で高速で移動している星(ピンク色の星印)。左図が中心部分を含んだやや広い領域を示したもの。右図は中質量ブラックホールの周囲のみを拡大した図。(Credit: Häberle et al. 2024)】
【▲ 図2: Häberle氏らの研究で発見された、ω星団の中心部分で高速で移動している星(ピンク色の星印)。左図が中心部分を含んだやや広い領域を示したもの。右図は中質量ブラックホールの周囲のみを拡大した図。(Credit: Häberle et al. 2024)】

これらの星の速度からブラックホールの質量を見積もることもできるのですが、Häberle氏らはそのブラックホールが少なくとも太陽の8200倍以上の質量を持っていると推定しており、これは超大質量ブラックホールへの成長途中の段階にあると言えます。過去の研究においてもω星団に中間質量ブラックホールが存在する可能性は示唆されていましたが、懐疑的な議論もあり、決定的な証拠に欠いていました。今回のHäberle氏らの研究は、個々の星の軌道速度からブラックホール質量を推定する方法であり、これは銀河系中心部にある超大質量ブラックホール「いて座A*(エースター)」の質量推定にも用いられる確度の高い方法です。

■銀河系に降ってくる中間質量ブラックホールは大質量ブラックホールの素なのか?

Häberle氏らの研究は、銀河がブラックホールと共に進化するプロセスを理解する上で重要な意味を持っています。

ω星団は銀河系の「ハロー領域」と呼ばれる場所に存在しており、銀河系の円盤面からやや浮いた位置(太陽系から約1万8000光年)にあります。ハロー領域とは銀河系の円盤をすっぽりと包み込む、ほぼ球状でとても広大な領域のことで、ここでは銀河系の外から降ってきた他の小型銀河がいくつか存在しています。

ハロー領域ではそれらの小型銀河の一部が銀河系の重力で粉々に砕かれ、その際にばら撒いた星が薄く散らばっています。ω星団はこうした小型銀河の中心部が砕かれずに残った、いわば芯のようなものだとされています。こうした事から、ω星団は元々は銀河系の外にあった小型銀河であり、その中で誕生した中間質量ブラックホールと共に銀河系に降ってきている最中にあると考えられます。

【▲ 図3: 銀河系におけるω星団の位置とその軌道。右側の白い四角で囲まれた天体がω星団。それに続く白い楕円状の曲線がω星団の軌道。銀河系の円盤は画像の中央部を左右に横切る領域。(Credit: ESA/Gaia, Rodrigo Ibata, Michele Bellazzini, Khyati Malhan, Nicolas Martin, Paolo Bianchini)】
【▲ 図3: 銀河系におけるω星団の位置とその軌道。右側の白い四角で囲まれた天体がω星団。それに続く白い楕円状の曲線がω星団の軌道。銀河系の円盤は画像の中央部を左右に横切る領域。(Credit: ESA/Gaia, Rodrigo Ibata, Michele Bellazzini, Khyati Malhan, Nicolas Martin, Paolo Bianchini)】

また一方で、銀河系のような大きな銀河は、過去にたくさん降ってきた小型銀河と合体することで作り上げられてきました。ω星団はそれらのひとつ(の残骸)でしかありません。つまり、過去に降ってきた無数の小型銀河の中にも同様に中間質量ブラックホールが存在したとするならば、それらの小型銀河が合体した際にブラックホールも合体し、現在の銀河系の超大質量ブラックホールである「いて座A*」へと成長したのかもしれません。こうした銀河合体を通してブラックホールも合体し、銀河と共に成長してきた可能性も考えられます。

ところで、2022年から「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(James Webb Space Telescope: JWST)」が稼働を始めています。ウェッブ宇宙望遠鏡は老朽化が懸念されるハッブル宇宙望遠鏡の後継機として開発が始まった望遠鏡であり、ひょっとすると「これでついにハッブル宇宙望遠鏡もお役御免か」などと思っている方も多いかもしれません。しかし、今回のHäberle氏らの研究は、ハッブル宇宙望遠鏡の過去20年間の観測データの蓄積によって生まれたものです。「継続は力なり」と言いますか、ハッブル宇宙望遠鏡の歴史と意地を感じる研究だと言えるでしょう。

 

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文/井上茂樹 編集/sorae編集部