太陽系に無数に存在する「小惑星」は、一定の条件を満たすことで名前を付けることができます。命名に関するルールは比較的緩いため、フィクション作品に登場する架空の人物に由来する名称も多数あります。
国際天文学連合(IAU)の小天体命名作業部会(WGSBN)は、提案された小惑星の名称が適切かどうかを審査する作業部会です。このWGSBNが2024年9月2日付で発行した速報にて、697402番小惑星「2017 BX232」の名称として提案された「アオ(Ao)」が承認され、正式に命名されたことが公表されました(※1)。これは漫画作品『恋する小惑星(アステロイド)』の2人の主人公が交わしたある “約束” に由来しています。その理由は、同漫画の略称にちなんだ未発見小惑星検出アプリ『COIAS』を通じて発見されたことにあります。
COIASを通じて発見・命名された小惑星はアオが初めてであり、市民科学の成功の一例と言えます。また、アルファベット2文字で表される小惑星はこれで11個目となります。
※…本記事で触れている全ての数値は、本記事の執筆時点(2024年9月3日)での情報です。
■「小惑星」の命名はかなり自由
太陽系には「小惑星」と呼ばれる小さな天体が無数に存在します。真の総数は不明ですが、発見されているものだけでも138万個を超えています。
小惑星の発見が認められるには、公転軌道を計算するために必要な、地球から見た小惑星の位置や明るさの変化を観測する必要があります。この段階で付与されるのは「仮符号」と呼ばれる機械的に割り振られた英数字であり、初めはこれが名称となります。例えば今回主題となる小惑星の仮符号は「2017 BX232」ですが、これは「2017年の1月16~31日の間に発見された5823番目の小惑星」という意味となります。
そして観測回数が増え、公転軌道が精度よく確定した場合には、通し番号である「小惑星番号」が付与されます(※2)。小惑星番号は720000番まで付与されており、番号が付くことによって発見者に命名権が与えられます。発見者は名称の提案を、その理由も添えてWGSBNに申請し、15人のメンバーによる審査と投票で承認されれば、WGSBNが定期的に発行する『WGSBN速報(WGSBN Bulletin)』にて公表されます。
とはいえ、1990年代より自動化システムで多数の小惑星が発見されるようになったため、番号付きの小惑星は激増しています。原則として発見者1人が提案できるのは2か月に2件までであること(※3)、命名権の譲渡や売買は禁止されていることから(※4)、正式な名称が命名された小惑星は2万4893個しかありません。
小惑星の名称に関するルールは存在し、例えば「アルファベットで16文字以内である」「少なくとも一部の言語で発音可能である」「公序良俗に反しない」「商業目的ではない」「命名済みの小惑星や衛星とあまり似ていない」など、いくつかの制約があります。とはいえ、天体の命名としては比較的ゆるい制限であり、フィクション作品にのみ登場する架空の人物にちなんでいても認められます。例えば7991番小惑星「かぐや姫(Kaguyahime)」、10160番小惑星「トトロ(Totoro)」、46737番小惑星「アンパンマン(Anpanman)」など、由来の説明が不要なほど著名な名称を持つ小惑星がいくつもあります。
関連記事
・JAXAが小惑星2001 CC21の命名キャンペーンを開始 はやぶさ2拡張ミッション探査対象のひとつ(2023年12月17日)
・地球の準衛星「2004 GU9」の命名キャンペーン開始! その意外なきっかけとは(2024年6月19日)
■「アオ」が実物の小惑星に命名!
先述の通り、小惑星の発見が認められるには、複数の観測データが必要です。とはいえ、日々の観測データは膨大であるため、コンピューター上の探索でも見逃されることがあります。そこで、人の目で観測データを精査し、未発見の小惑星を見つけることを目的とする未発見小惑星検出アプリケーション『COIAS』が2023年7月末より公開されています。
COIASの名称は、Quro氏による漫画『恋する小惑星』の略称『恋アス』にちなんでいます。この漫画は高校の地学部を舞台とするフィクション作品ですが、天文学の描写が正確であることで知られています。同漫画では、2人の主人公である真中あおと木ノ幡みらが小さいころに出会った時、小惑星には命名の提案ができることから「アオの星 見つけよう」という約束を交わしたシーンが描かれています。
関連記事
・けいおん!ゆるキャンに続け。TVアニメ「恋する小惑星」は天文ブームを巻き起こせるか(2020年1月6日)
COIASではハワイ島の「すばる望遠鏡」で観測されたデータを多数の参加者が分析することで、それが発見済みの小惑星に紐づくものか、それとも全く未発見の小惑星であるかを決定します。COIASを通じて新たに発見され、仮符号が付けられた小惑星は1898個ありますが、今回命名された小惑星は、2024年2月18日にCOIASにて存在が報告されました。ただし、小惑星の発見日は観測された日を基準とするため、解析された写真の撮影日である2017年1月23日となり、仮符号もこれに基づく「2017 BX232」となりました。2024年5月15日には、小惑星番号697402番の付与が同日付の小惑星回報で公表されました。小惑星番号の付与は、COIASにおいては初めてのことです(※5)。
そして同年9月2日付で発行されたWGSBN速報4巻12番にて、2017 BX232に提案された名称である「アオ」が承認されたことが公表されました。COIASで発見された小惑星に対する命名は初めてのことです。
Ao Manaka is a character in the comic/animation Asteroid in Love created by Japanese manga artist Quro. Ao and her friends enjoy Earth Science Club activities in their high school with a dream of naming an asteroid “Ao.” The work encouraged many readers to study Earth and planetary sciences with its accurate depiction of celestial objects and geology.
(真中あおは、日本の漫画家Quroによる漫画・アニメ『恋する小惑星』の登場人物です。あおと彼女の友人たちは、高校の地学部で活動を楽しんでおり、小惑星に「アオ」と名付けることを夢見ています。この作品は、天体と地質を正確に描写しており、多くの読者に地球惑星科学を学ぶよう促しました。)
アオは、火星と木星との間にある「小惑星帯」の小惑星であり、平均距離約4億8000万kmの楕円形の公転軌道で太陽の周りを公転しています。見た目の明るさが約21~23等級であることから、直径は約1km程度であると推測されます。特別な点のない典型的な小惑星であると言えますが、公転軌道が特別な小惑星には命名に制限があり(※6)、アオという名前は承認されなかった可能性が高かったと言えます。逆説的ではあるものの、今回は普通の小惑星であることが幸いしたとも言えます。
■小惑星アオは市民科学の成功例
『恋アス』において、木ノ幡みらと同じ名前である恒星「ミラ(Mira)」はあるものの、真中あおと同じ名前の天体はないことが、約束の内容に繋がったことが描写されています。また、作中では言及がなく、それぞれ由来が関連していないために全くの偶然であるものの、3633番小惑星には「ミラ(Mira)」、3231番小惑星には「ミラ(Mila)」という名称が付けられています(※7)。今回、小惑星の名称として認められたことにより、アオはミラと共に星の名前となったことになります。
なお、今回のアオの命名は、COIAS上で行われた非公式なファン活動の一環として行われました。また、命名権を得てから提案・承認されるには、最短でも数か月かかります。『恋アス』は連載を2024年8月号にて終了しましたが、終了直後に命名提案が承認されたのは全くの偶然です。
先述の通り、アオはCOIASという一般市民が参加するアプリケーションを通じて発見されました。普段はその分野に全く関わりのない人々が自然科学の研究に参加することを市民科学と呼びますが、今回の小惑星の発見から命名に至るまでの流れは、まさに市民科学の典型的な例であると言えるでしょう。
余談ですが、Aoという名称はアルファベット2文字であり、最も短い名称の小惑星の1つとなります。発音記号を文字数として数えないとすると、2文字で表される小惑星はこれで11個目となります。今回の命名は、この短さでも珍しいケースとなっています。
■注釈
※1…小惑星の正式な名称はアルファベット表記が唯一である一方で、日本語表記についての正式な基準はありません。本記事での「アオ」という表記は「1. JAXAなどの日本の宇宙機関は、『イトカワ』や『リュウグウ』のように、小惑星をカタカナ表記することが一般的であること」「2. 名前をそのまま表記している形であるものの、約束に該当するセリフが『アオ』とカタカナ表記であったこと」という背景を踏まえています。
※2…太陽・地球・小惑星が一直線上に並ぶ衝を4回以上観測することが原則ですが、実際のルールはずっと複雑であり、また例外もあります。
※3…ただし、特別な理由があれば例外があります。例えば2012年5月には、東日本大震災で大きな被害を受けた地域にちなんだ12個の小惑星が一度に命名されています。これらの小惑星は全て、ローウェル天文台のエドワード・L・G・ボーエル氏が命名権を持っていますが、国立天文台の渡部潤一氏らが調整の上で名称を提案し、一斉に承認されています。
※4…この禁止措置は、250番小惑星「ベティーナ」の命名権が売買されたことを理由としています。ただし、天文学の普及を図る目的で開かれたイベントにおいて、一般公募で提案された名称を提案することは禁止されていません。
※5…この時には、2017 BX232と同時に「2017 DH164」にも697545番が付与されています。
※6…地球近傍小惑星、トロヤ群、太陽系外縁天体など、特定の公転軌道に属する小惑星は、特定の分野の神話に関連した名称のみを付ける決まりとなっています。
※7…恒星のミラは1662年にヨハネス・ヘヴェリウスが記した論文『不思議な星の小史(Historiola Mirae Stellae)』の表題から不思議を意味するラテン語「Mira」に、3633番小惑星のミラは小惑星などの研究を25年以上行った天文学者であるヒューゴ・ミラ氏(Hugo Mira)に、3231番小惑星のミラは旧ソ連のアイスダンサーであるリュドミラ・アレクセーエヴナ・パホモワ氏(Lyudmila Alekseyevna Pakhomova)に、それぞれちなんでいます。
【訂正】発見された小惑星の数に誤りがありました。該当する表記の箇所を「2017年の1月16~31日の間に発見された5823番目の小惑星」に修正しました。(2024年9月8日0時)
Source
- “WGSBN Bulletin Volume 4, #12”.(IAU WG Small Bodies Nomenclature)
- “Minor Planet Naming Guidelines”.(IAU WG Small Bodies Nomenclature)
- “(697402) Ao = 2017 BX232”. (IAU Minor Planet Center)
- “未発見小惑星検出アプリCOIASの公式X (旧Twitter) アカウント”.
文/彩恵りり 編集/sorae編集部