銀河の回転速度は重力の法則によって予測されるものとは異なることが知られており、「銀河の回転曲線問題」と呼ばれています。この問題は数多くの銀河で測定されていますが、観測上の困難さから、私たちが住んでいる「天の川銀河」での正確な測定はこれまで実現していませんでした。
マサチューセッツ工科大学のXiaowei Ou氏などの研究チームは、12万個以上もの恒星のデータを下敷きに、3万個以上の恒星の移動速度を推定し、天の川銀河の回転速度を推定しました。その結果、銀河外縁部の回転速度が予想以上に遅いことが判明しました。この結果が正しい場合、天の川銀河の中心部には予想よりも少ない量しか「暗黒物質(ダークマター)」が含まれていないことになります。
■宇宙論の主要な謎「銀河の回転曲線問題」とは
ある重力源を中心として天体が公転する場合、その速度は重力源の強さと距離によって決まることは、1619年にヨハネス・ケプラーによって「ケプラーの第3法則」として示されています。例えば太陽系の場合、水星は約47km/sで公転していますが、地球は約30km/s、海王星は約5km/sと、太陽から遠ざかるに従ってどんどん遅くなっています。
これは銀河に対しても当てはまるはずです。銀河は多数の天体が集合し、ある程度の大きさを持っているため、中心部の太陽のみが重力源と見なせる太陽系ほど単純に計算はできませんが、それでも銀河内の各位置での重力の強さは計算できるため、ケプラーの第3法則を基本とした計算が可能となります。この重力の強さは、銀河の明るさを元に、恒星の質量を推定することで得られます。
しかし、銀河の恒星の移動速度が観測できるようになった1930年代から1950年代になると、この予測と矛盾する結果が出てくるようになりました。ケプラーの第3法則で計算すると、恒星の移動速度は銀河の中心から離れれば離れるほど遅くなるはずです。しかし実際の観測では、中心付近と外縁部で移動速度がほぼ変化しないという結果が得られました。一部の銀河では、外側に向かうとむしろ移動速度が上昇するという例すら見つかりました。
理論で得られる回転速度のグラフと、実際の回転速度の測定結果のグラフが大幅に食い違うことから、これは「銀河の回転曲線問題」と呼ばれています。回転曲線問題は1970年代にはほぼ確定的な問題となり、現在でも宇宙論における主要な未解決問題の1つとなっています。この問題を解決するために提唱された説はいくつかありますが、最も広く信じられているのは「暗黒物質」の存在です。
回転曲線問題が生じるのは、銀河に含まれる重力源、つまり恒星の質量があまりにも少なすぎるためです。銀河の恒星は様々な波長の電磁波で観測されているため、おそらく見逃しはないはずです。ここで、電磁波では決して見えないものの質量を持つ物質が存在すると仮定すれば、理論と観測それぞれの矛盾は無くなります。この物質が暗黒物質と呼ばれるのは、電磁波では “暗い(ダーク)” ためです。
暗黒物質の存在は銀河の回転速度以外の観測方法でも証拠が見つかっているため、存在すること自体はほぼ間違いないのではないかとされています。一方で、暗黒物質が何でできているのかという正体を探る研究は、何十年も研究されているにも関わらずほとんど進展がありません。いずれにしても、回転速度を通じて銀河に含まれる暗黒物質の量や分布を推定することは、暗黒物質の正体を絞り込むことに繋がります。
■「天の川銀河」の回転速度はよくわかっていない
意外なことかもしれませんが、私たちが住んでいる「天の川銀河」の回転速度の測定は困難で、近年まであまり正確な値が測定されていませんでした。前述の通り、銀河の回転速度は恒星の移動速度を元に計算します。天の川銀河以外の銀河にある恒星の場合、地球から恒星までの距離は銀河までの距離とイコールであるため問題にはなりません。
しかし太陽系が属する天の川銀河の場合、恒星までの距離は地球に近いものから遠いものまで様々な値を取ります。地球は天の川銀河の中ほどに存在するため、銀河の外縁部に存在する恒星は地球からの距離も遠くなります。すると、見た目の位置変化がほとんど無くなるため、恒星の移動速度を測定することも難しくなるのです。
このため、天の川銀河の回転速度の正確な測定は、恒星の位置や距離を極めて正確に観測し、しかもそのデータが多数揃うことで初めて実現します。今回のOu氏らの研究も、恒星の位置に関する多数の正確な測定データがあってこそ実現したものです。特に利用されたのは、ESA (欧州宇宙機関) が打ち上げた宇宙望遠鏡「ガイア」のデータです。ガイアは多数の恒星を一度に観測し、その正確な位置データを取得しています。今回の研究ではその他に「SDSS(スローン・デジタル・スカイサーベイ)」、「2MASS(2µm全天サーベイ)」、「WISE(広視野赤外線探査機)」の観測データも使用されました。
Ou氏らは恒星の観測データを元に天の川銀河の中心からの位置と距離を決定し、その後に恒星の移動速度、最後に天の川銀河そのものの回転曲線を推定しました。この研究のデータセットは膨大であり、位置や距離が調べられた恒星は12万309個、銀河の回転曲線を決定するために移動速度が推定された恒星だけでも3万3335個もあります。この中には、中心部から最大で約8万1000光年離れた恒星も含まれます。これらのデータを用いた結果、Ou氏らは中心部から約2万~9万光年の範囲で天の川銀河の回転曲線を推定することに成功しました。
■天の川銀河の外側は遅く回転していることが判明!
結果の一部は驚くべきものでした。天の川銀河の回転曲線の大部分は他の銀河と一致しましたが、中心から約6万5000光年以上の外縁部で回転曲線の急速な低下が見られたためです。つまり、天の川銀河の最も外側にある恒星は、他の銀河の測定によって推定された回転曲線とは一致せず、より遅い速度で公転していることが判明したのです。
外縁部の恒星の移動速度を説明するために暗黒物質の存在を仮定した、という前章の説明からすると、これは逆の結果と言えます。つまり、外縁部の恒星の移動速度が遅いということは、その分だけ天の川銀河に含まれる暗黒物質の量が少ないということになります。Ou氏らのシミュレーションによれば、銀河の中心部の暗黒物質の量が従来の予測より少ないと仮定した場合、今回の観測結果を最もよく説明できました。
それを踏まえて再計算をすると、今回の研究では、暗黒物質を含む天の川銀河全体の質量(ビリアル質量)は太陽の1810億倍であると計算されました。これは従来の推定(一般化NFWプロファイル)である太陽の6940億倍に対して約4分の1という大幅に少ない値となります。
今回の結果は従来の研究と比べて大きな違いがあるため、Ou氏らもその取り扱いに困っています。天の川銀河は宇宙にある典型的なタイプの銀河であり、今回の結果は宇宙全体に適用可能なはずだと考えられているからです。今回示された通り銀河に含まれる暗黒物質が真に少ないのか、それとも研究手法に何らかの誤りがあっておかしな結果が導き出されたのか、あるいは修正ニュートン力学のような新たな重力理論の兆候であるのかは誰も分かっていません。Ou氏らは、今回の研究で天の川銀河の回転曲線を得ることが可能なことが示されたため、さらなる改善された計測結果や研究手法によって今回発生した矛盾が解消されるのではないかと期待しています。
Source
- Xiaowei Ou, et al. “The dark matter profile of the Milky Way inferred from its circular velocity curve”. (Monthly Notices of the Royal Astronomical Society)
- Jennifer Chu. “Study: Stars travel more slowly at Milky Way’s edge”. (Massachusetts Institute of Technology)
文/彩恵りり