太陽以外の恒星を公転する太陽系外惑星として観測史上初めて発見された惑星のタイプは「ホットジュピター」です。太陽系のガス惑星は地球よりも太陽から遠く離れているために低温の環境ですが、恒星から極めて近い距離を公転しているホットジュピターは表面温度が1000℃以上に加熱されていることも珍しくありません。名前の通り極端な高温に晒されているホットジュピターの環境は、相当極端であると考えられています。
木星や土星のような巨大ガス惑星には岩石の核(コア)が存在すると考えられていますが、核は分厚い大気の奥深くに隠されています。そのため、巨大ガス惑星の大気成分はほとんどが水素とヘリウムであり、岩石や金属元素は通常見つかりません。
しかし、高温に熱せられるホットジュピターの場合は極端に強い大気循環が発生するため、岩石や金属元素も表面に現れます。重い元素ほど惑星に元々含まれている量が少なく、核から上空へと舞い上がりにくいことから表面に現れにくくなるため、大気中に存在する元素の種類はとても興味深い研究対象となります。
ルンド大学のN.W.B Borsato氏などの研究チームは、ホットジュピターの1つ「KELT-9b」の大気スペクトルを測定し、大気中に含まれる金属元素の探索を行いました。
地球から約670光年離れた位置にあるKELT-9bは、表面の最高温度が4300℃に達する、最も高温な太陽系外惑星の1つです。低温な恒星の表面温度を上回るほどの高温に熱せられたKELT-9bの大気は、ホットジュピターとしても非常に変わった特徴を持つことがこれまでの観測で知られています。例えば、水や二酸化炭素といった分子は恒星からの激しい放射によって分解されるために存在しません。その一方で、鉄やチタンといった金属元素はすでに見つかっています。KELT-9bの大気をさらに詳しく調べることで、他の金属元素が見つかる可能性もあります。
Borsato氏らはロケ・デ・ロス・ムチャーチョス天文台に設置された分光器「HARPS-N」と、カラル・アルト天文台に設置された分光器「CARMENES」を用いてKELT-9bの観測を行いました(両方ともスペインの天文台)。2つの分光器はどちらも惑星の運動によって生じるドップラー効果に対応したスペクトル分析に特化しており、ホットジュピターの大気組成を調べる上で優れた性能を持っています。
観測の結果、8種類の金属元素 (※1) が見つかりましたが、その中でも特に興味深い発見は「テルビウム」 (※2) と「バリウム」 (※3) です。テルビウムは太陽系外惑星の大気中から初めて見つかりました。バリウムは今回が3例目ですが、1例目と2例目 (WASP-76bとWASP-121b) はどちらも2022年に発見されたばかりであり、極めて珍しいケースです。
テルビウムは65番元素、バリウムは56番元素であり、太陽系外惑星の大気中に見つかった重い元素のトップ2です。これほど重い元素を惑星の深部から持ち上げるメカニズムは単純な大気循環だけで説明できるのか、それとも他のメカニズムが働いているのかは今のところ不明です。
ホットジュピターの大気成分を調べる作業は、巨大ガス惑星の深部という通常手の届かない領域を調べるための手掛かりをもたらします。また、重い元素を持ち上げるメカニズムは、惑星内部の物質循環の詳細を知る手掛かりにもなるでしょう。KELT-9bの観測は、単に大気中では珍しい元素を発見するだけに留まらず、惑星全体の詳細を知る重要な手掛かりになる可能性もあります。
※1…軽い順にカルシウム、チタン、バナジウム、クロム、ニッケル、ストロンチウム、バリウム、テルビウム
※2…希土類と呼ばれる似たような元素のグループに属する元素の1つ。高温で動作する燃料電池の結晶安定化剤、磁気で膨張・伸縮する特殊な合金、緑色蛍光剤などに利用されている。
※3…アルカリ土類金属の1つ。X線を通しにくい性質を利用した造影剤 (いわゆる “バリウムがゆ” ) が最も著名な用途。他にも緑色の炎色反応を利用した花火などの用途や、圧電効果を示すセラミックや高温超伝導体といった、今後の実用化が見込まれる材料にも登場している。
Source
- N.W.B Borsato, et.al. “The Mantis Network. III. Expanding the limits of chemical searches within ultra-hot Jupiters: New detections of Ca I, VI, Ti I, Cr I, Ni I, Sr II, Ba II, and Tb II in KELT-9 b”. (Astronomy & Astrophysics) (arXiv)
- Nicholas Borsato. “Scientists discover rare element in exoplanet’s atmosphere”. (Lund University)
- T. Azevedo Silva, et.al. “Detection of barium in the atmospheres of the ultra-hot gas giants WASP-76b and WASP-121b”. (Astronomy & Astrophysics)
文/彩恵りり