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「いて座A*(エースター)」(Sgr A*)は、地球から約2万7000光年先、天の川銀河の中心にある天体です。その周りにある星々の運動を1990年代から詳しく調べてきた研究者たちは、「いて座A*」が太陽の約400万倍の質量を持つ超大質量ブラックホールだと確実視してきました。

2022年5月12日、国際研究グループ「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT:Event Horizon Telescope)」は、地球上8か所の電波望遠鏡を使った観測により、「いて座A*」の撮影に史上初めて成功したと発表しました。

【▲ 電波で捉えられた超大質量ブラックホール「いて座A*」(Credit: EHT Collaboration)】
【▲ 電波で捉えられた超大質量ブラックホール「いて座A*」(Credit: EHT Collaboration)】

こちらが今回EHTから公開された「いて座A*」の画像です。2017年4月7日に実施された観測データを処理することで作成されました。ブラックホールの周囲で輝くガスによってリング状の輪郭が浮かび上がり、シャドウ(影)と呼ばれる暗い部分が中央に見えています。

EHTによると、光のリングの直径は約0.4天文単位(=約6000万km、地球から太陽までの距離の約0.4倍)。この大きさは、一般相対性理論で予測されたシャドウの直径に一致するといいます。EHTのプロジェクトサイエンティストを務める台湾中央研究院天文及天文物理研究所のジェフェリー・バウワー(Geoffrey Bower)さんは「リングの大きさがアインシュタインの一般相対性理論の予言と非常によく一致していることに衝撃をうけています」と語っています。

【▲ 地上から「いて座A*」にズームイン(動画)】
(Credit: ESO/L. Calçada, N. Risinger (skysurvey.org), DSS, VISTA, VVV Survey/D. Minniti DSS, Nogueras-Lara et al., Schoedel, NACO, GRAVITY Collaboration, EHT Collaboration (Music: Azul Cobalto))

世界各地80の研究機関から参加した300名を超える研究者が力を結集することで得られた今回の成果は、天の川銀河の中心に超大質量ブラックホールが存在することを視覚的に示した決定的な証拠であるとともに、様々な銀河の中心に存在すると考えられている超大質量ブラックホールの働きに関する貴重な手がかりになると期待されています。

■“見えない”ブラックホールをどうやって捉えたのか

「黒い穴」を意味する「ブラックホール(英:black hole)」の周囲では時空間が大きく歪み、ある程度まで近づくと秒速約30万kmの光(電磁波)でも脱出できないと考えられています。光がブラックホールから脱出できる限界の距離は「シュバルツシルト半径」、シュバルツシルト半径で描かれた仮想の球体は「事象の地平面」や「事象の地平線」(event horizon:イベント・ホライズン)と呼ばれています。

【▲ ブラックホールとその周辺を示した図(Credit: ESO, ESA/Hubble, M. Kornmesser/N. Bartmann)】
【▲ ブラックホールとその周辺を示した図(Credit: ESO, ESA/Hubble, M. Kornmesser/N. Bartmann)】

直接見ることはできない天体であるブラックホールを観測するために、EHTはその周囲にあるガスを利用しています。

ブラックホールの強い重力に引き寄せられたガスなどの物質は真っ直ぐ落下するのではなく、高速で周回しながららせん状に落下していくため、ブラックホールの周囲には「降着円盤」と呼ばれる構造が形成されます。降着円盤からは可視光線・X線・電波といった、様々な波長の電磁波が放射されています。

電磁波の一部はそのまま地球へ向かってきますが、なかにはブラックホールの強い重力の作用によって進む向きを曲げられてから地球へ向かってくるものもあります。この電磁波を電波望遠鏡で捉えることで、EHTはブラックホールのシャドウを縁取る光のリングを捉えることに成功しました。

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【▲ 上:ブラックホール周辺を移動する光の進む向き示した図(最終的に右へ向かう光を強調したもの)。下:ブラックホール周辺から地球に向かってくる光を示した図。円で示された範囲の内側は光が来ないため、シャドウが描き出される(Credit: Nicolle R. Fuller/NSF)】
【▲ 上:ブラックホール周辺を移動する光の進む向き示した図(最終的に右へ向かう光を強調したもの)。下:ブラックホール周辺から地球に向かってくる光を示した図。円で示された範囲の内側は光が来ないため、シャドウが描き出される(Credit: Nicolle R. Fuller/NSF)】

EHTによるブラックホールの撮影成功は、今回の「いて座A*」が2例目となります。初の成功例は「おとめ座」の方向約5500万光年先にある楕円銀河「M87(Messier 87)」の中心に位置する超大質量ブラックホール「M87*」で、2019年4月10日に画像が公開されました。

次の画像は、EHTが撮影した「M87*」(左)と「いて座A*」(右)を比較したものです。「M87*」の質量は「いて座A*」の約1600倍(太陽の約65億倍)と推定されていますが、どちらも輝くリングにシャドウが縁取られた、よく似た姿をしています。

【▲ 2019年4月に公開された「M87*」の画像(左)と、今回公開された「いて座A*」の画像(Credit: EHT Collaboration)】

EHTによると、相対性理論では「どんな質量のブラックホールでも光のリングが観測される」と予言されているといいます。また、「M87*」と「いて座A*」は両方とも地球からは回転軸付近が見えているとみられており、このことも比較的整った光のリングが捉えられた理由のようです。

ちなみに、ブラックホールは質量と直径が比例する天体であるため、質量が2倍なら直径は2倍、質量が100倍なら直径は100倍になります。質量が1600倍も違う「M87*」は、実際には「いて座A*」よりもはるかに大きなブラックホールです。ところが、「いて座A*」の光のリングは「M87*」のリングと見かけ上の大きさがほとんど同じで、わずかに大きく見えるといいます。

【▲ 「いて座A*(Sgr A*)」と「M87*」のサイズ比較(動画)】
「いて座A*」と同じ距離まで近付くにつれて「M87*」の見かけの大きさはどんどん大きくなっていく
(Credit: ESO/M. Kornmesser, EHT Collaboration)

その理由は地球からの距離にあります。「いて座A*」は地球から約2万7000光年離れていますが、「M87*」は2000倍以上も遠い約5500万光年先にあります。そのため、小さくて近い「いて座A*」と大きくて遠い「M87*」の光のリングは、見かけ上たまたま同じくらいの大きさに見えているというわけです。とはいえ、2つのブラックホールを取り囲むリングの見かけの大きさは、月面に置いたドーナツ(直径8cm)を地球から見るのと同じくらいしかないといいます。

地球からはあまりにも小さく見える「いて座A*」の画像を得るために、EHTはチリの電波望遠鏡群「アルマ望遠鏡(ALMA)」をはじめ、世界8か所にある電波望遠鏡を結んだネットワークを形成。複数の電波望遠鏡を1つの巨大な仮想の電波望遠鏡として機能させる観測手法「超長基線電波干渉計(VLBI)」を利用し、何時間もかけて「いて座A*」の観測データを取得しています。

【▲ 2017年4月の観測に参加した電波望遠鏡の位置を示した図(Credit: NRAO/AUI/NSF)】
【▲ 2017年4月の観測に参加した電波望遠鏡の位置を示した図(Credit: NRAO/AUI/NSF)】

■困難を極めた「いて座A*」観測データの画像化

しかし、視力約300万に匹敵する仮想の電波望遠鏡(解像度は約20マイクロ秒角)をもってしても、「いて座A*」の画像を得るのは困難な取り組みだったようです。

前述のように、EHTはブラックホールを周回しながら落下するガスが放つ電波を利用して観測を行っています。ガスの速度はどちらのブラックホールでも同じくらい(ほぼ光速)です。大きなブラックホールである「M87*」の場合、最終安定軌道(降着円盤の内縁)ではガスがブラックホールを1周するのに数日から数週間かかります。ところが小さなブラックホールである「いて座A*」の場合、ガスはわずか数分から数十分で1周するといいます。

観測データを得るのに10時間を要する場合、周回するのに時間がかかる「M87*」では大きな変化は現れません。しかし短い時間でガスが周回する「いて座A*」では、観測中にガスの明るさや模様が激しく変化することになります。そのため、観測を通して得られるのは、短時間で変化するリングを時間平均した画像ということになります。簡単に例えれば、回転する扇風機の羽根や、車が行き交う夜の道路を長時間露光で撮影するようなものです。

また、VLBIで観測した天体の画像を得るためには、各地の電波望遠鏡で取得された観測データを注意深く処理しなければなりません。そこでEHTの研究者たちは、短時間で変化する「いて座A*」周辺の平均的な構造を画像化するべく「M87*」で用いられた手法を改良するとともに新たな手法も導入し、4通りの画像化手法で観測データを解析しました。

EHTによると、観測データを画像化する過程では、それぞれの手法で複数の画像が得られるといいます。冒頭に掲載した「いて座A*」の画像は、観測データから得られた何千枚もの画像を特徴に応じて4つのグループに分別し、その上で平均化したものとなります。ある瞬間の「いて座A*」をパシャリと捉えた画像……というわけではありませんが、明るいリング状の構造を持ち、中心部分では電波強度の減少がみられることがわかります。

【▲ 最終的に得られた「いて座A*」の画像(上段)と、分別された4グループごとの平均化された画像(下段)。棒グラフは各グループに分別された画像の相対的な数を示す(Credit: EHT Collaboration)】
【▲ 最終的に得られた「いて座A*」の画像(上段)と、分別された4グループごとの平均化された画像(下段)。棒グラフは各グループに分別された画像の相対的な数を示す(Credit: EHT Collaboration)】

こちらの画像で示されているのは、最終的に画像化された「いて座A*」(上段、冒頭の画像と同じもの)と、分別された4グループごとの平均化された画像(下段)です。棒グラフは各グループに分別された画像の相対的な数を示しています。

4つのグループのうち大多数の画像が含まれる3つにはリング構造が現れていますが、リングで一番明るい場所はそれぞれ異なります。最も数が少ない右端のグループでは、明確なリング構造が認められません。EHTによると、ブラックホールのようにリング構造を持つ天体が時間変動している場合、平均画像にリング構造が現れない現象が一定の割合で起こり得ることがシミュレーションで確認されているといいます。

東京大学大学院博士課程の小藤由太郎さん(EHTの画像化チームによって得られた画像の解析を主導)によると、EHTの観測で得られたデータは数ペタバイト(1ペタバイト=1024テラバイト)に及び、最終的な画像や物理的な解釈に至るまでの工程すべてにおいて、スーパーコンピュータを使った非常に大規模な計算が行われたといいます。「画像化においては、20万通り以上のパラメータの中から最適な数千の組合せが選ばれ、いて座A*の画像が得られました」(小藤さん)

■ブラックホールの「動画」が見られるようになるかも?

EHTによるブラックホールの観測はこれからも続きます。リング構造こそよく似ている2つのブラックホールですが、「M87*」は強力なジェットを噴出しているいっぽうで、「いて座A*」でジェットの噴出は確認されていません。ブラックホールからジェットが噴出される仕組みを解明する上で、2つのブラックホールの比較が重要な知見をもたらすものと期待されています。

また、2017年当時の電波望遠鏡は8か所でしたが、現在のEHTには11か所の電波望遠鏡が参加しています。さらに、今回の画像化では波長1.3mm帯の電波を使って取得された観測データが用いられていますが、2021年からは波長0.87mm帯での観測が始まっており、1.3mm帯と比べて1.5倍の解像度(約15マイクロ秒角)が達成されるといいます。

より高解像度な観測を行うことで、今後は時間変動するブラックホールを「静止画」ではなく「動画」として捉えることをEHTは目指しています。ゲーテ大学フランクフルトの森山小太郎さん(EHTで日本の画像化アルゴリズムを用いたチームを主導)は「今後のいて座A*とM87の時間変動の調査は、強い重力場のさらなる理解のために、最も期待されているテーマの一つです」「近い将来、観測技術の発展によって、ブラックホールごく近傍の世界の詳しい様子を動画として捉えることで、アインシュタインの一般相対性理論に代わる重力理論の検証が可能になるでしょう」とコメントしています。

 

Source

  • Image Credit: EHT Collaboration
  • EHT Japan - 天の川銀河中心のブラックホールの撮影に初めて成功
  • 国立天文台 - 天の川銀河中心のブラックホールの撮影に初めて成功
  • ESO - Astronomers reveal first image of the black hole at the heart of our galaxy

文/松村武宏

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