ベンヌが衝突すると海のプランクトンが増える? 小惑星衝突の意外な影響が判明

アメリカ航空宇宙局(NASA)の小惑星探査機「OSIRIS-REx」がサンプルリターンを行った101955番小惑星「ベンヌ(ベヌー)」は、22世紀後半に地球に衝突する可能性がごくわずかながらあります。直径約500mもあるベンヌがもし衝突すれば、全地球的な気候変動が発生すると考えられています。しかし、直径数百mの中型小惑星が衝突した場合の気候変動の正確な影響を示した研究はほとんどありません。

韓国基礎科学研究院のLan Dai氏とAxel Timmermann氏の研究チームは、仮にベンヌが衝突した場合に考えられる気候変動をシミュレーションしました。すると、人類の文明や陸上生物に対する悪影響という、ある意味で予想のつきやすい結果と共に、海に生息するプランクトンは数年にわたって、ベンヌの衝突前よりも豊かになるという、予想外な結果も得られました。その背景には、まるでことわざの「風が吹けば桶屋が儲かる」のような展開があります。

ベンヌ程度の中型小惑星の衝突頻度は10~20万年に1回程度であると考えられています。これほどの低頻度かつ大きな気候変動は、生物の進化にも影響を与えると考えられます。今後の生物の進化に関する研究では、小惑星の衝突による好影響も考慮しないといけないかもしれません。

ベンヌくらいの小惑星衝突の影響は詳細不明

図1: OSIRIS-RExが2年間にわたり撮影した画像を合成したベンヌの全体像。(Credit: Credit: NASA, Goddard & University of Arizona)
【▲ 図1: OSIRIS-RExが2年間にわたり撮影した画像を合成したベンヌの全体像。(Credit: Credit: NASA, Goddard & University of Arizona)】

小惑星「ベンヌ」は、NASAの小惑星探査機「OSIRIS-REx」によってサンプルリターンの対象天体となり、サンプルの詳しい分析結果が先日発表されました。

ところで、ベンヌは潜在的に地球への衝突可能性がある「地球近傍小惑星」の1つです。これは偶然ではなく、地球と似たような公転軌道を持つ地球近傍小惑星は、地球から出発する探査機が到達しやすいことから、探査対象として選びやすいという性質があるためです。

そして、ベンヌは近い将来に地球に衝突する可能性が排除されていません。と言っても、それはあり得るとしても22世紀後半、西暦2178年から2185年の間の話です。その中で最も衝突の可能性が高いと見積もられているのは2182年9月24日ですが、現在のところ衝突確率は0.037%(2700分の1)であると推定されています。もっとも、この衝突確率は今後の観測で変動し、おそらくゼロになるでしょう。

今の所、ベンヌの衝突について真剣に懸念されている段階ではないものの、「もしもベンヌが衝突したとして、その影響は?」という質問をすることは可能です。ただし、今までの研究だけではベンヌの衝突による影響を正確に答えることは困難でした。

例えば、衝突する小惑星の直径が数kmを超える場合、地球環境に与える影響は甚大です。衝突によって舞い上げられた岩石の塵は、日光を遮る日傘の役割を果たし、平均気温と日射量を著しく低下させるからです。これは6600万年前の白亜紀末を始めとした、いくつかの大量絶滅の原因であると考えられており、その影響がよく研究されています。

これとは逆に、直径数十m以下の小惑星は日常的に地球に落下していますが、その実感がないように、地球全体の環境を変えるほどの影響はありません。都市上空を通過した場合、地域単位の災害になることはありますが、逆に言えば最悪でもその程度の影響で済むということです。

一方でこれらの中間となる、直径300mから1kmの中型小惑星の衝突の影響はあまりよく分かっていません。中型小惑星が衝突すれば、舞い上げられた塵の量を無視することはできず、数年にわたって気候が変わると予測されています。しかしその気候変動の度合いは、白亜紀末などと比べれば小さいため、地学的な証拠として残りにくいため、検証を困難にします。直径約500mであるベンヌは、まさにこの影響度合いが定かではない中型小惑星に分類されます。

ベンヌの衝突は海のプランクトンを増やす?

Dai氏とTimmermann氏の研究チームは、ベンヌが衝突した場合の地球環境への影響について詳細に調べるシミュレーションを実行しました。この研究では、ベンヌが陸地に衝突すると仮定し、衝突した後に舞い上がる塵の量を1億tから4億tの4段階に仮定し、塵が大気中を漂っている期間と、それによって起こる日射量の減少や気候変動について、最新の地球モデル(Community Earth System Model Version 2)を使って検証を行いました。

まず、舞い上がった岩石の塵は、衝突から1年後では約90%が大気圏の上空に残り、落下が進むようになる2年後でも約10%が残ると考えられます。この落下ペースのため、気候に与える影響は最低でも4年以上続くと予測されます。

図2: 大気中に4億tの塵が巻き上げられた場合の、24か月間の平均気温の変化。地球全体で4℃の平均気温の低下が見られ、一部地域ではそれ以上の影響が現れています。(Credit: Lan Dai & Axel Timmermann)
【▲ 図2: 大気中に4億tの塵が巻き上げられた場合の、24か月間の平均気温の変化。地球全体で4℃の平均気温の低下が見られ、一部地域ではそれ以上の影響が現れています。(Credit: Lan Dai & Axel Timmermann)】

塵の影響で日光が遮られるため、地球の平均気温は低下します。4億tの塵が巻き上げられるという最悪のシナリオの場合、地球の平均気温は4.0℃低下すると予測されています。この影響は2年以内に1.0℃未満の低下まで抑えられるものの、気温低下自体は4年以上低下すると予測されます。また、気温低下の影響を受け、全世界の降水量も5~15%低下すると予測されています。

気温と降水量の低下により、植物は大打撃をうけることが確実視されてます。純一次生産力(※1)は最大で陸上では36%、海洋では25%も減少すると推定されます。無論、光合成は生態系の基盤であるため、農業を始めとした食料生産が不安定になり、人間の社会基盤にも確実に悪影響を及ぼすでしょう。といっても、中型とはいえ小惑星が衝突した影響の話をしているわけですから、これらの悪影響を説明しても意外性はないかもしれません。

※1…植物が光合成のみで作るバイオマス(生物量)を表す値。

図3: 衝突の10~38か月後の海洋の純一次生産力の変化。南極海と太平洋東部の赤道付近では、珪藻プランクトンが急増することにより、純一次生産力が増加しています。(Credit: Lan Dai & Axel Timmermann)
【▲ 図3: 衝突の10~38か月後の海洋の純一次生産力の変化。南極海と太平洋東部の赤道付近では、珪藻プランクトンが急増することにより、純一次生産力が増加しています。(Credit: Lan Dai & Axel Timmermann)】

しかし、珪藻に分類される海洋性の植物プランクトンは、この天体衝突で恩恵を受けるという意外な結果も得られました。カギとなるのはやはり岩石の塵です。地球の表面を覆う岩石は、平均3.5%の濃度で鉄を含んでいます。一方で海洋は鉄が不足しがちな場所であり、植物プランクトンは鉄分の不足で繁殖力が制限されています。

ベンヌの衝突によって巻き上げられた岩石の塵は日射量などを制限するために、始めは植物プランクトンの数を減らします。しかし衝突から6か月以上経過すると、大気から海洋へと塵が落下し、これが鉄の供給源となります。また、珪藻はその他の植物プランクトンと比べて光を集める能力が高いため、栄養の充実により増殖のスタートダッシュを決めることができます。このため、衝突から10~24か月の期間においては、珪藻は衝突前よりも数が増えていることが予測されます。特に恩恵を受けるのは、元から鉄分がかなり不足している南極海、および海洋循環の変化でその他の栄養素も流入するようになる太平洋東部の赤道付近であると考えられます。

珪藻が増えれば、それを食べる動物プランクトンも増えると予測されるため、結果としてベンヌの衝突前よりプランクトンの総量が増える海域もあることになります。一方で珪藻以外の小型植物プランクトンに限ってみれば、珪藻に栄養を取られてしまい、相対的に数が減少するとも予測されています。

小惑星衝突の良い影響を考慮するべき?

この研究はいくつかの点で限界があります。まず、オゾン層の破壊は最大で32%進むと予測されていますが、地表に届く紫外線が増えることによる生物の影響については考慮されていません。また、今回のシナリオはベンヌが陸地に衝突した場合であり、海洋へと衝突した場合を想定していません。ベンヌが海洋に衝突しても、海底に届くことはないと考えられているため、舞い上げられるのは岩石の塵ではなく水蒸気が主体となり、オゾン層や気候に与える影響も変化するでしょう(※2)

※2…これらに加えて、地球の気候モデルは小惑星衝突のような短時間かつ極端な変化に対応していないことや、計算の基準が地球温暖化が起こる1850年より前に設定されている点も挙げられています。しかしこれらは今回の研究に限った話ではなく、多くの小惑星衝突に関する研究でも同様の問題を抱えています。

とはいえ、中型小惑星の衝突の影響に関する研究は少ないため、今回の研究の限界はその後に続く研究で修正されるでしょう。また、中型小惑星の衝突は10~20万年と、約46億年続く地球の歴史から見ればかなりの高頻度で発生すると考えられています。天体衝突と生物の影響はしばしば悪影響の文脈で語られますが、今回の研究は、小惑星の衝突は生物に対して悪影響ばかりではないことを示唆しています。

また、海洋のプランクトンが増えることを利用すれば、人類の文明に対する悪影響を緩和する手立てとなるかもしれません。無論、22世紀後半の科学技術水準を今想像するのは時期尚早でしょうが、海洋のプランクトンを利用した食料生産など、何らかの回避策を構築する時間は十分あると言えるでしょう。

 

Source

  • Lan Dai & Axel Timmermann. “Climatic and ecological responses to Bennu-type asteroid collisions”.(Science Advances)
  • U-Jeong Seo. “Scientists simulate asteroid collision effects on climate and plants”.(Institute for Basic Science)

文/彩恵りり 編集/sorae編集部