「太陽系外惑星」の多くは恒星のすぐ近くを公転していることから、地球の月のように公転周期と自転周期が一致し、常に同じ面を恒星に向けている「同期回転(潮汐ロック)」をしていると考えられています。ただし、太陽系外惑星の同期回転はほとんどの場合推定に留まっています。特に、地球より大きな岩石惑星である「スーパーアース」では、これまで実際に観測によって実証されたことはありませんでした。
北京大学のXintong Lyu氏などの研究チームは、スーパーアースの1つ「LHS 3844 b」について、赤外線宇宙望遠鏡「スピッツァー」の観測データを惑星モデルに当てはめることで、同期回転の証拠が見つかるかどうかを検証しました。その結果、同期回転以外の可能性を排除する結果が得られたことから、LHS 3844 bは観測的に同期回転が証明された初のスーパーアースとなりました。
■同期回転の証拠を直接得るのは難しい
地球の月は常に表側を地球に向けており、裏側を見ることはできません。これは、地球から受ける潮汐力によって月の自転周期が長くなり、公転周期と一致する値に固定されたために生じる現象です。このような現象は「同期回転」と呼ばれます。同期回転の例は地球の月に限らず、木星のガリレオ衛星や冥王星の衛星カロンなど、多数の例が知られています。
太陽以外の天体の周りを公転する「太陽系外惑星」では、しばしば恒星のすぐ近くを数時間から数日の周期で公転する例が知られています。これらの惑星も恒星からの潮汐力を受けることで、同期回転をしているのではないかと考えられています。しかし、近くても数光年離れている太陽系外惑星の自転周期を測定することは簡単ではないため、同期回転していると推定されている例のほとんどは観測的に実証されていません。
特に、地球よりも大きな岩石主体の惑星である「スーパーアース」の同期回転の例は知られていませんでした。スーパーアースが恒星の近くを公転していれば同期回転の可能性を高めますが、それだけでは十分とは言えません。例えば、水星は長い間同期回転をしていると信じられていましたが、実際には2回公転する間に3回自転するという、公転周期と自転周期が2:3の共鳴関係にあることが判明しています。これは、潮汐力による自転周期の固定が1:1の同期回転以外の値でもあり得るために起きる現象です。従って、恒星の近くを公転しているスーパーアースが必ずしも同期回転をしているとは限らないことになります。
木星と似たタイプの惑星であるガスが主体の「ホットジュピター」とは異なり、同期回転しているとみられるスーパーアースは大気をほぼ失っていて、恒星からの放射や宇宙から飛来する宇宙線などが地表に直接降り注ぎ、岩石が大きな風化を受けていると推定されます。スーパーアースの岩石が風化している状況を知ることができれば、太陽系の中にある岩石主体の天体の風化度合いを知る手掛かりにもなるでしょう。従って、スーパーアースが同期回転をしているかどうかは、その惑星系における岩石の風化度合いを決定する大きな指標となる訳ですが、同期回転の実例が見つかっていないために研究の妨げとなっているのです。
■「LHS 3844 b」が同期回転をしている観測的証拠を発見!
Lyu氏などの研究チームは、スーパーアースの1つ「LHS 3844 b」を対象にした研究を行いました。LHS 3844 bは多くの観測と研究が行われている太陽系外惑星の1つであり、IAU(国際天文学連合)が2022年に行った「太陽系外惑星命名キャンペーン2022」で「クアクア(Kua'kua)」という固有名が付けられています。
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LHS 3844 bは、アメリカ航空宇宙局(NASA)が運用していた赤外線宇宙望遠鏡「スピッツァー」による観測データを分析した2019年の研究で、多くの性質が推定されています。例えば、昼の温度は770℃(1040K)なのに対し、夜はほぼ絶対零度(0K)であり、昼夜の温度差が1000℃もある極端な環境が示されました。昼夜にこれほどの温度差があり、特に夜側が低温であることから、LHS 3844 bには熱を伝達する大気が無く、かつ永久に昼夜が固定されている同期回転をしていることが示唆されます。しかし、2019年の時点ではあくまでも推定に留まっていました。
そこでLyu氏らは、大気が無いという前提でLHS 3844 bのデータを惑星モデルに当てはめ、同期回転をしている場合としていない場合とを比較する形で、実際の観測データと最も一致するモデルを探索しました。その結果、永久に昼夜が固定されている同期回転である場合が、観測データを最もよく説明できることが判明しました。この研究により、LHS 3844 bは観測的な証拠によって同期回転が証明された初のスーパーアースであることになります(※1)。
■LHS 3844 bが黒く熱いのは宇宙風化のせい?
一方で、今回の研究結果からは新たな疑問も生じました。2019年の研究では、LHS 3844 bはかなり黒っぽい色をしており、恐らくは黒っぽい溶岩である玄武岩が表面を覆っていると考えられていました。しかし、恒星の熱を黒い玄武岩が吸収しても、LHS 3844 bの高い表面温度を説明することはできません。最も簡単な説明は、潮汐力によって内部が加熱されることです。
ところが、今回の研究ではLHS 3844 bの公転軌道の離心率(※2)が真円にかなり近い0.001未満であることも併せて示されました。公転軌道がこれほど真円に近いと、潮汐力による熱はほとんど生じません。この矛盾を回避する最も簡単な説明は、LHS 3844 b以外にも惑星があって、軌道を乱すことで潮汐力が発生している、というものです。これと似た状況は、木星のガリレオ衛星の1つである「イオ」で生じています。イオの公転軌道も真円に近く、かつ同期回転をしていますが、他のガリレオ衛星の重力によって軌道が乱され、潮汐力による加熱が生じています。
とはいえ、もっと可能性が高いシナリオもあります。LHS 3844 bには大気が無いため、太陽風や宇宙線と言った荷電粒子で生じる「宇宙風化」が強く進行します。すると、太陽系の水星や月のように岩石が黒っぽくなるため、熱をより吸収しやすくなります。LHS 3844 bが熱い理由を宇宙風化に求めるのは、実際には存在しないかもしれない未発見の惑星を仮定するよりも妥当なシナリオと言えるでしょう。Lyu氏らも、宇宙風化が有力な候補であり、潮汐力による加熱の可能性はあまり高くないと考えています。
LHS 3844 bで進行した宇宙風化で、どのような物質が生じているのかはまだ分かりません。黒色の主な原因は水星の場合は黒鉛、月の場合は金属鉄ですが、現状の観測データではどちらの物質もあり得るため、特定ができません。候補を絞り込むにはLHS 3844 bの追加観測が必要となります。その結果として表面の物質のデータだけでなく公転軌道のより詳細なデータが得られれば、今のところ表面温度を説明できる候補として残っている未発見の惑星説を排除することもできるでしょう。
※1…LHS 3844 bが同期回転をしておらず、極めてゆっくりと自転している「疑似同期回転」をしている可能性もゼロではありません。しかし、仮にLHS 3844 bが公転周期と一致しない自転をしていたとしても、その速度は約211年で1回転(LHS 3844 bの公転周期は約0.46日であるため、約17万回公転するごとに1回の自転)よりも遅いと考えられることから、速やかに潮汐力で固定されます。他にも、岩石が主体の惑星は疑似同期回転をしないと推定する研究もあるため、そのような自転をしている可能性はかなり低いと考えられます。
※2…公転軌道が真円からどの程度離れているのかを示す値が軌道離心率です。0は真円、0以上1未満は楕円形で、1未満なら軌道は閉じています。1に等しいと放物線、1より大きければ双曲線となって軌道が閉じなくなります。
Source
- Xintong Lyu, et al. “Super-Earth LHS3844b is Tidally Locked”.(The Astrophysical Journal)
- Laura Kreidberg, et al. “Absence of a thick atmosphere on the terrestrial exoplanet LHS 3844b”.(Nature)
文/彩恵りり 編集/sorae編集部