近年の初期宇宙の観測により、誕生から数億年後の宇宙にはすでに大規模な銀河や銀河団が存在していたことがわかってきたものの、銀河がそこまで進化するには時間が足りないという新たな問題が浮上しています。オタワ大学のRajendra Gupta氏は、これを解決するための「CCC+TLハイブリッドモデル(CCC + TL hybrid model)」を提唱しました。もしもこのモデルが正しければ、宇宙は今から約267億年前に誕生したということになります。

現在の宇宙は誕生から137億8700万年(±2000万年)が経過していると考えられています。この推定年齢は過去から現在に至る様々な観測を積み重ねた結果であり、その集大成は宇宙モデル「Λ(ラムダ)-CDMモデル」として確立されています。しかし、初期宇宙の観測が進むにつれて、当時の宇宙の様子と宇宙の推定年齢には大きな食い違いがあることも判明しています。

【▲ 図1: ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が観測した、通称 “ユニバース・ブレイカーズ” と呼ばれる6個の初期宇宙の銀河。この通称は、誕生から間もない宇宙にある銀河にしては重すぎることに因んでいる。 (Image Credit: NASA, ESA, CSA & I. Labbe (Swinburne University of Technology) 、IDは筆者による加筆) ) 】
【▲ 図1: ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が観測した、通称 “ユニバース・ブレイカーズ” と呼ばれる6個の初期宇宙の銀河。この通称は、誕生から間もない宇宙にある銀河にしては重すぎることに因んでいる(Credit: NASA, ESA, CSA & I. Labbe (Swinburne University of Technology) 、IDは筆者による加筆))】

Λ-CDMモデルに基づけば、宇宙が誕生した初期の段階では薄いガスしか存在しておらず、ガスが重力によって高密度に集まって恒星や銀河ができるまでには数億年の時間がかかったはずです。しかし、「ハッブル宇宙望遠鏡」や「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」の観測によって、予想以上に発達した初期宇宙の銀河や銀河団が発見されています。現在では宇宙誕生から3億年後の時点で存在していたかなり発達した銀河が見つかっていますが、もっと遡った時代にも発達した銀河が存在する可能性もあると考えられています。現在のΛ-CDMモデルによる宇宙論は、これほど発達した銀河や銀河団が宇宙誕生からわずかな時間で形成される理由を説明できないため、大きな謎となっています。

また、推定年齢が宇宙の年齢そのものを超える「メトシェラ星(HD 140283)」 (※1) のような恒星も見つかっています。推定年齢の下限値は宇宙の年齢以下となるため、これらの天体は単独では矛盾を起こしませんが、それでも極端に古い年齢を持つ恒星の存在は注目されます。

※1…発見時に (そして現時点でも) 最も長寿な恒星であることに因み、旧約聖書に登場する最も長寿な人物「メトシェラ」に因んだ名称。

宇宙の年齢と銀河の発達度合の矛盾を説明する研究は世界中で行われており、オタワ大学のRajendra Gupta氏もそんな研究者の1人です。Gupta氏は今回、「疲れた光モデル(TL: Tired Light model)」と「共変動結合定数(CCC: Covarying Coupling Constants)仮説」という2つの仮説を盛り込んだ新しい宇宙モデル「CCC+TLハイブリッドモデル」を作成することで、Λ-CDMモデルにおける矛盾の解決を試みました。

【▲ 図2: 遠い宇宙からやってくる光は、近い宇宙からやってくる光と比べて波長が長くなる。従来の宇宙論では、空間の膨張によって光の波長が引き延ばされると説明している。これに対し「疲れた光モデル」では、光は長い距離を移動するうちに散乱でエネルギーを失うためだと説明している。 (Image Credit: 彩恵りり) 】
【▲ 図2: 遠い宇宙からやってくる光は、近い宇宙からやってくる光と比べて波長が長くなる。従来の宇宙論では、空間の膨張によって光の波長が引き延ばされると説明している。これに対し「疲れた光モデル」では、光は長い距離を移動するうちに散乱でエネルギーを失うためだと説明している(Credit: 彩恵りり)】

疲れた光モデルとは、遠くの宇宙を観測した時に銀河が赤方偏移している (※2) 状況を説明する理論の1つとして、1929年にフリッツ・ツビッキーによって提唱されました。Λ-CDMモデルでは、遠くの銀河からの光が赤方偏移するのは、宇宙空間の膨張と共に波長が引き延ばされているためであると説明します。これに対し疲れた光モデルでは、光は遠距離を移動するうちに少しずつ散乱されることでエネルギーを失うと仮定しています。光のエネルギーは波長で定義されており、エネルギーが低い状態になるということは波長が長い光になることを意味するため、赤方偏移と同じような状況が観察される、ということになります。

※2…遠くの銀河を観察すると、近くの銀河と比べて光の波長が長くなっているのが観察されます。可視光線では波長の長い光は赤色であるため、この現象は赤方偏移と呼ばれています。初期の宇宙の天体では、もともと紫外線だった光の波長が長い距離を進むうちに引き延ばされ、地球に届く頃には可視光線の波長域も通り越して赤外線となって届く様子が観測されています。

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しかし、疲れた光モデルには大きな矛盾があります。例えば、遠くの宇宙を観察すると、まるでスローモーションのように天文現象が遅く見えます。これは実際に天文現象が遅く進行しているのではなく、相対性理論の効果によるものと考えられます。相対性理論では、運動する物体の時間は静止している物体の時間に対して遅く進みます。遠くの天体が宇宙の膨張によって高速で運動しているからだと考えれば、現象がスローモーションに見えることをうまく説明できます。これに対して、疲れた光モデルではこのような現象を説明できません。

実際に、遠方宇宙のIa型超新星やクエーサーの研究では、Λ-CDMモデルが予測する範囲でスローモーションに見える様子が観測されています。他にも、宇宙最初の光である宇宙マイクロ波背景放射の性質についても、Λ-CDMモデルはうまく適合する一方で、疲れた光モデルが適合する確率は非常に低く、一部の予測では「地球が正確に宇宙の中心になければならない」という前提が必要となることが知られています。

【▲ 図3: 従来の物理学では、基本的な物理定数は変化しない不変の値であるとしている。これに対し「共変動結合定数仮説」では、微細構造定数が変化すると仮定している。この場合、他の物理定数も変化することになる。 (Image Credit: 彩恵りり) 】
【▲ 図3: 従来の物理学では、基本的な物理定数は変化しない不変の値であるとしている。これに対し「共変動結合定数仮説」では、微細構造定数が変化すると仮定している。この場合、他の物理定数も変化することになる(Credit: 彩恵りり)】

そこでGupta氏は、単独では実際の観測結果をうまく説明できない疲れた光モデルに共変動結合定数仮説を組み合わせることで、この矛盾の解決に挑みました。共変動結合定数仮説とは、電磁相互作用 (※3) の重要な結合定数である「微細構造定数」が、実際には定数ではなく時間と共に変化する変数であると主張するものです。このような考えは、1937年にポール・ディラックによって提唱されて以降、形を変えて何度も提唱されています。

※3…光、電気、磁気などの性質は、全て電磁気力であると説明されます。これを電磁相互作用と呼びます。電磁相互作用は光の素粒子、つまり光子がやり取りします。

もしも共変動結合定数仮説が正しい場合、疲れた光モデルが抱える矛盾を解決できると考えられます。微細構造定数が変化すると、光の波長や散乱度合い、電磁相互作用で成り立つ原子や原子核の反応といった、電磁相互作用で成立する様々な性質が変化します。そのため、遠くの宇宙がスローモーションに見えたり、宇宙マイクロ波背景放射などの性質を変化させることが考えられるのです。

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Gupta氏が疲れた光モデルと共変動結合定数を組み合わせて考案したCCC+TLハイブリッドモデルでは、宇宙誕生の時期が現在推定されている時期よりも早くなるため、発達した銀河などが誕生するための時間的余裕が生まれると考えられます。Gupta氏は同モデルに基づいて宇宙が今から約267億年前に誕生したと推定していますが、これは現在の推定年齢の2倍近い値になります。

ただし、CCC+TLハイブリッドモデルがΛ-CDMモデルを置き換えるかどうかは現時点では不明です。このモデルの根幹となる疲れた光モデルや共変動結合定数仮説には、まだ実証されていない謎が多く残されているからです。

大きな問題の1つは、疲れた光モデルや共変動結合定数仮説が正しいとしても、なぜそのような現象が起こるのかという理論的な説明がほとんどされていないことです。例えば、疲れた光モデルでは「光は長い距離を進めば進むほどエネルギーを失う」とされていますが、なぜそのような現象が起こるのかは説明されていません。宇宙に薄く存在する物質の作用は検討が済んでいるので、現在の物理学では説明されていない正体不明の相互作用を新たに仮定しなければなりません。

もう一つの共変動結合定数仮説は、重要な物理定数である微細構造定数が変化することを前提とした大胆な仮説です。微細構造定数は光の速度やプランク定数 (※4) といった、複数の重要な物理定数の組み合わせで成り立っているので、それが変化するということは、、他の重要な物理定数のうち少なくとも1つが変化しなければなりません。もしも共変動結合定数仮説が正しいとすれば、天文学だけでなく自然科学全般に大きな影響を与える結果となるでしょう。

※4…光子のエネルギーと振動数の関係を示す物理定数。2019年からはキログラムの定義にも使用されています。

しかし、地球に存在する古い時代に形成された物質の調査や、かなり初期の宇宙に遡った観測を行っても、微細構造定数に限らず、あらゆる物理定数に変化の兆しは見つかっていません。未知の暗黒エネルギー(ダークエネルギー)が支配的な現在の宇宙では観測不可能なほど変化が小さいものの、そうではなかった初期の宇宙では大きく値が変化していたという説もありますが、これについても否定的な研究結果が多数存在しています。このように、疲れた光モデルや共変動結合定数仮説には物理学の枠組みを大幅に変えてしまう点が多いため、オッカムの剃刀 (※5) 的に支持されていない、という状況もあります。

※5…「ある事柄を説明するために、必要以上に多くを仮定するべきではない」という考え。大元は哲学的思想ですが、自然科学を始めとした多くの学問でも同様の考え方が共有されています。仮定が少ない説は正しく、仮定が多い説は正しくないことを必ずしも意味するものではありませんが、ある事柄を完璧とは言えないものの概ねうまく説明できている説を、仮定が多い別の説で置き換えるには説得力が不足するのも事実です。

もちろん、現状で広く信じられているΛ-CDMモデルも完璧な理論とは言えません。今回の研究の前提となった早すぎる初期銀河の発達は、Λ-CDMモデルにおける大きな問題の1つです。他にもΛ-CDMモデルでは、光では観測できない暗黒物質(ダークマター)や、宇宙の膨張の原動力である暗黒エネルギーが存在するとしていますが、どちらも現時点では正体不明です。しかし今のところ、Λ-CDMモデルは現状の宇宙をおおむね説明している一方で、疲れた光モデルや共変動結合定数仮説は大きな矛盾や未知の物理現象を多数抱えています

Gupta氏の提唱したCCC+TLハイブリッドモデルは、それぞれの仮説が抱える大きな矛盾を仮説の組み合わせによって解決し、Λ-CDMモデルを置き換える可能性はありますが、評価が定まるまでにはまだまだ時間がかかると思われます。

 

Source

  • R. Gupta. “JWST early Universe observations and ΛCDM cosmology”. (Monthly Notices of the Royal Astronomical Society)
  • Geraint F. Lewis & Brendon J. Brewer. “Detection of the cosmological time dilation of high-redshift quasars”. (Nature Astronomy)
  • Dinko Milaković, et.al. “A new era of fine structure constant measurements at high redshift”. (Monthly Notices of the Royal Astronomical Society)
  • Rodrigo R. Cuzinatto, Rajendra P. Gupta & Pedro J. Pompeia. “Dynamical analysis of the covarying coupling constants in scalar-tensor gravity”. (arXiv)
  • Vitor da Fonseca, et.al. “Fundamental physics with ESPRESSO: Constraining a simple parametrisation for varying α”. (Astronomy & Astrophysics)
  • Michael R. Wilczynska, et.al. “Four direct measurements of the fine-structure constant 13 billion years ago”. (Science Advances)
  • Rajendra P. Gupta. “Testing the Speed of Light Variation with Strong Gravitational Lensing of SNe 1a”. (Research Notes of the AAS)
  • Planck Collaboration. “Planck 2018 results VI. Cosmological parameters”. (Astronomy & Astrophysics)
  • S. Truppe, et.al. “A search for varying fundamental constants using hertz-level frequency measurements of cold CH molecules”. (Nature Communications)
  • Yasunori Fujii. “Oklo Constraint on the Time-Variability of the Fine-Structure Constant”. (Astrophysics, Clocks, and Fundamental Constants)
  • John D. Barrow, Håvard Bunes Sandvik & João Magueijo. “Behavior of varying-alpha cosmologies”. (Physical Review D)
  • G. Goldhaber, et.al. “Timescale Stretch Parameterization of Type Ia Supernova B-Band Light Curves”. (The Astrophysical Journal)
  • Lori M. Lubin & Allan Sandage. “The Tolman Surface Brightness Test for the Reality of the Expansion. IV. A Measurement of the Tolman Signal and the Luminosity Evolution of Early-Type Galaxies”. (The Astronomical Journal)
  • Paul Adrien Maurice Dirac. “A new basis for cosmology”. (Proceedings of the Royal Society A)
  • F. Zwicky. “On the Red Shift of Spectral Lines through Interstellar Space”. (Proceedings of the National Academy of Sciences)

文/彩恵りり

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