左からSpace BD株式会社の永崎将利社長、JAXAの若田光一理事、三井物産株式会社の岡本達也本部長補佐。
2018年5月29日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、国際宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」から超小型衛星を軌道上に放出する事業の一部を民間企業に開放し、事業化すると発表した。Space BD株式会社および三井物産株式会社の2社が事業者として選定された。
JAXAは2012年から「きぼう」のエアロックとロボットアームを使用して軌道上に超小型衛星を放出する機構「J-SSOD」を運用している。同じ設備を利用する米NanoRacks社の衛星放出機構もあり、これまでに合わせて200機以上の超小型衛星を軌道へ投入してきた。
「きぼう」からJ-SSODを用いて放出されるトルコ開発のキューブサット3Uサイズ超小型衛星。
現在のJ-SSODで対応できる超小型衛星は、キューブサットと呼ばれる衛星では1U(10センチ角1個分)から3U(10センチ角3個分)までと、55×35×55センチで50キログラム級の衛星の全4種類。キューブサットならば放出から最大で1年程度、50キロ級ならば最大で2年程度まで運用することができる。
今後はさらに放出能力を増強する予定で、1回に放出できる衛星を2019年度からキューブサット規格で24Uへ、2020年度には48Uへと拡大する。2020年までに、1年あたり100U相当、1Uの衛星ならば100機分を放出する計画だ。今後は放出枠の7割を民間事業者に開放し、残り3割はこれまで通りJAXAの枠として研究開発や国際協力で引き受けた衛星が利用する。
今回、事業者として選定された2社のうちSpace BD社は、2017年9月に設立された宇宙ベンチャー企業。総合商社出身の永崎将利社長は「宇宙商社」のコンセプトを掲げ、ロケット打ち上げ枠と超小型衛星打ち上げ需要とのマッチングなどのサービスを提供する。地球低軌道を商用利用する衛星の支援なども目標としているといい、国際宇宙ステーションの科学機器を開発する米NanoRacks社や日本の人工衛星運用支援を行ってきた宇宙技術開発株式会社と提携している。
もう1社の三井物産は、地球観測衛星を展開する日本のアクセルスペース社への出資を行っている。今年3月には、小型衛星のロケット相乗り機会やインターフェースを提供する米Spaceflight Industries社への出資も発表した。同社の機械・輸送システム第二本部 岡本達也本部長補佐によれば、宇宙事業は成長分野と位置づけられ、「きぼう」からの放出契約を早期に実現したいという。
超小型衛星、世界で需要拡大へ
重量1~50kgの超小型衛星のこれまでの打ち上げ数と今後5年の需要予測。
キューブサットなどの超小型衛星は、研究開発のサイクルが早いことから世界で利用が伸びている。米SpaceWorks Enterprises社の予測によると、1~50キログラムサイズの衛星は2018年に260~400機、2019年に300~420機程度の打ち上げ(軌道投入)があると予測されており、2022年までに460~670機程度に伸びる見込みだ。用途では5割程度を地球観測などのリモートセンシング衛星が占め、続いて通信衛星、科学衛星、技術実証衛星などが続く。今後はIoT分野向けの衛星が増えると予測されている。
ただし、衛星の打ち上げ手段では圧倒的に大型ロケットの相乗り方式が主流だ。特に商用衛星では、2017年に104機の超小型衛星を同時に軌道投入したインドのPSLVロケットが存在感を持っており、今年から登場してきたニュージランド打ち上げのElectronロケットなど、小型衛星専用ロケットにも期待が集まっている。
「きぼう」からの衛星放出の場合は、ISSまでの輸送の際に緩衝材を詰めたバッグに入れて衛星を打ち上げるため、ロケットの振動の影響を受けにくいというメリットがある。また、高度400キロメートルから後方に放出され軌道上の寿命が短いため、運用終了後にスペースデブリ化する懸念も比較的小さい。とはいえ、投入できる軌道の種類が少なく運用期間が短いとも言え、衛星の用途は技術実証や人材育成といった分野が中心となっている。
JAXAが今回、超小型衛星放出事業化の目的として挙げた中に「超小型衛星利用の世界市場獲得を実現する新たなビジネスモデル確立」がある。この中に、商用衛星の取り込みが含まれているとすれば、より多様な軌道への対応も必要になってくるだろう。JAXAの有人宇宙技術部門長である若田光一理事は「地球低軌道を経済活動の場にしていく」という目標があると述べた。
宇宙飛行士として「きぼう」からの超小型衛星放出の経験を持つJAXAの若田光一理事。今回の事業者選定では5社から提案があり、ビジネス展望などで評価の高かった2社が選定されたという。
商用衛星を視野に入れて打ち上げ需要を取り込む場合、小型のエンジンなど何らかの推進機関を持っている衛星が候補になる可能性がある。エンジンを持っていれば、ISSから放出後に自力で高度を変える、軌道上に長くとどまり続けて運用期間を伸ばす、といったことができるからだ。ただし、宇宙飛行士が滞在するISSにそうした機能を持つ衛星を持ち込むことは、安全性の面で大きなリスクでもある。この点について、Space BD社の永崎社長は「リスクがあるから『最初からやらない』ではなく、そうした要望に応える技術サポートも目指したい」と展望を述べた。
米国ではNanoRacks社やSpaceflight Industries社といった打ち上げ支援やコーディネータの存在が超小型衛星のビジネス化を支援している。日本では始まったばかりで、2018年度中に「きぼう」からの事業者枠を通した衛星放出を目指すという段階だ。新たな宇宙ビジネスの分野として成長が期待される。
Image Credit: 秋山文野, JAXA, SpaceWorks Enterprises『2018 Nano/Microsatellite Market Forecast, 8 th Edition』
■国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」日本実験棟からの超小型衛星放出事業民間事業者の選定結果(「きぼう」利用初の民間開放)について
http://www.jaxa.jp/press/2018/05/20180529_microsat_j.html
(文/秋山文野)
最終更新日:2022/10/13