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【▲ 図1: 宇宙における普通の物質、暗黒物質、暗黒エネルギーの割合。暗黒物質は普通の物質の4倍以上も存在する(Credit: 彩恵りり)】

この宇宙に銀河が存在している以上、その回転速度は重力で恒星を引き留められる限界の速度よりも低いはずです。ところが銀河の回転速度を実際に調べてみると、恒星の数をもとに見積もった銀河の質量から推定される重力では、恒星を引き留めるの不可能なほどの高速で回転していることがわかっています。この観測データは、光 (可視光線) などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる「暗黒物質 (ダークマター、Dark matter)」の存在を示唆しています。暗黒物質は電磁波で観測できる普通の物質の4倍以上もの量があると算出されているにもかかわらず、その正体は現在でも不明です。

暗黒物質という名前は、この物質が光では観測することができない、言ってみれば “暗い・暗黒の (dark)” 存在であることに由来します。暗黒物質の正体を探るには様々な角度からのデータを分析する必要があります。その1つは、宇宙誕生後に暗黒物質が生じたタイミングです。暗黒物質誕生の経緯や条件を探ることで、その正体を絞り込むことができるでしょう。

しかしその前に、私たちが観測することのできる「普通の物質」がいつ誕生したのか、という話から説明しましょう。この宇宙では誕生直後、インフレーションと呼ばれる非常に急激な膨張の時代があったと推定されています。インフレーションも原動力の詳細はわかっていませんが、インフレーションの力の源となる特殊な「場」 (※1) が存在したと推定されています。この「場」はインフレーションの時代が終わると急激に崩壊し、大量のエネルギーを放出します。この現象は一般的に「ビッグバン」と呼ばれています。放出されたエネルギーの一部は素粒子の形となり、私たちが知る物質へ変化したと考えられています (※2) 。その後、宇宙は膨張によって冷え続け、宇宙の誕生から約20分後には素粒子同士が結合して原子核の素となる陽子や中性子が生成され、約38万年後には原子核と電子が結合して原子が生成されたと考えられています。

※1…「場」とは、簡単に言えば、重力が働く範囲は重力場、磁力が働く範囲は磁場というように、何らかの種類の力が働く範囲のことを指します。

※2…厳密には、物質同士の相互作用の源となる放射も同時に生成されています。

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では、暗黒物質はいつ誕生したのでしょうか。従来は、暗黒物質も普通の物質とともにビッグバンの時に生成されたと考えられていました。これは、ビッグバンのタイミング以外に、場が崩壊して大量の物質が生成されるようなイベントが知られていないためです。しかしその場合、暗黒物質の性質とは矛盾する結果が出るという問題があります。それは、暗黒物質が普通の物質とは相互作用しないからです。

普通の物質を構成する原子同士は、電磁波による電磁相互作用を介してお互いに結びついています。その一方、暗黒物質が電磁波で観測できないのは、電磁相互作用を全く(あるいはほとんど)しないためであると考えられています。ところが、ビッグバンで暗黒物質が普通の物質と同時に生成されたのだとすれば、暗黒物質と普通の物質との間にもタイミングを合わせるための何らかの相互作用が働いたことが示唆されます (※3) 。このような性質は、現在推定されている暗黒物質の性質とは矛盾しています。

※3…暗黒物質の発見の経緯の通り、暗黒物質と普通の物質は重力で相互作用します。しかし、重力相互作用は同じ距離での電磁相互作用と比べて40桁も小さいとみられる極めて弱い力であり、これが何らかの役割を果たしたとは考えられていません。

それに、普通の物質の何倍もある暗黒物質が生み出されるには、ビッグバンが起きた時にそれだけ大量の物質が生成される必要があります。これは、現在理論的に理解されているビッグバンとは大きく矛盾するプロセスです。この矛盾は、暗黒物質の生成や正体を探る上で大きな謎となっていました。

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【▲ 図2: 従来の熱いビッグバン宇宙論 (左) と、今回提唱された暗黒ビッグバン宇宙論 (右) 。熱いビッグバン宇宙論では、ビッグバンは熱いビッグバン (Hot Big Bang) の1回しか起こらず、普通の物質と暗黒物質は同時に生成したと考えられる。これに対して暗黒ビッグバン宇宙論では、熱いビッグバンの後に暗黒ビッグバン (Dark Big Bang) が発生し、この時に暗黒物質が生成したと考えられる。 (Image Credit: Freese&Winkler)】
【▲ 図2: 従来の熱いビッグバン宇宙論 (左) と、今回提唱された暗黒ビッグバン宇宙論 (右) 。熱いビッグバン宇宙論では、ビッグバンは熱いビッグバン (Hot Big Bang) の1回しか起こらず、普通の物質と暗黒物質は同時に生成したと考えられる。これに対して暗黒ビッグバン宇宙論では、熱いビッグバンの後に暗黒ビッグバン (Dark Big Bang) が発生し、この時に暗黒物質が生成したと考えられる(Credit: Freese&Winkler)】

テキサス大学オースティン校のKatherine Freese氏とMartin Wolfgang Winkler氏は、暗黒物質は普通の物質と共に誕生したのではなく、普通の物質とは別の “ビッグバン” で生成されたという仮説を提唱しました。暗黒物質と普通の物質がそれぞれ別のビッグバンで生成されたとすれば、相互作用に関する矛盾は解決します。Freese氏らは、この暗黒物質に関するビッグバンを「暗黒ビッグバン (Dark Big Bang)」と呼んでおり、区別するために従来のビッグバンを「熱いビッグバン (Hot Big Bang)」と呼んでいます (※4)

※4…熱いビッグバンの時に物質と同時に放射が性質されたように、暗黒ビッグバンでは暗黒物質同士の相互作用の源となる暗黒放射が生成されたと考えられます。

【▲ 図3: もしもインフレーション後に場の崩壊が全て起こった場合、場のエネルギーは真の最低状態に落ち込む (ΔV) 。これに対し、局所的な最低状態 (Vb) に落ち込んだ場合には、1回目のビッグバン (熱いビッグバン) で全ての場が崩壊しきらず、2回目のビッグバンが起こる可能性が残る。この局所的な最低状態が暗黒ビッグバンの原動力になったと考えられている。2つのビッグバンの期間の長さは、2つの谷の間にまたがる山の大きさ (ΔΦ) によって決まる。 (Image Credit: Freese&Winkler)】
【▲ 図3: もしもインフレーション後に場の崩壊が全て起こった場合、場のエネルギーは真の最低状態に落ち込む (ΔV) 。これに対し、局所的な最低状態 (Vb) に落ち込んだ場合には、1回目のビッグバン (熱いビッグバン) で全ての場が崩壊しきらず、2回目のビッグバンが起こる可能性が残る。この局所的な最低状態が暗黒ビッグバンの原動力になったと考えられている。2つのビッグバンの期間の長さは、2つの谷の間にまたがる山の大きさ (ΔΦ) によって決まる(Credit: Freese&Winkler)】

では、暗黒ビッグバンはなぜ起こったのでしょうか?従来のビッグバン (熱いビッグバン) に対する考え方では、インフレーションの終了後に場が全て崩壊したと考えられていました。これに対して今回の仮説では、場の一部が熱いビッグバンの後にも崩壊せずに残り、それが後の時代における暗黒ビッグバンの原動力になった、と考えています。

しかし、暗黒ビッグバンに相当する現象は観測されていません。もしも暗黒ビッグバンが実際にあったとした場合、それは観測事実に矛盾しないタイミングだったはずです。Freese氏らは、暗黒ビッグバンのタイミングは宇宙誕生から約1か月後だったと推定しています。これは、1秒未満で様々なイベントが進行した熱いビッグバンと比較すれば、永遠と言えるほど長い期間の後に発生したことになります。

仮に暗黒ビッグバンが本当に起きていたとしても、それは電磁波で観測が不可能な、宇宙誕生から38万年後よりも前の時代の出来事です。それでは暗黒ビッグバンは観測不可能なのかというと、そうではありません。確かに、電磁波で観測する従来の望遠鏡では、暗黒ビッグバンを知ることは不可能です。しかし、暗黒ビッグバンでは大量の暗黒物質が生成されたことによる影響で、強い重力波が発生したと考えられます。もしもその重力波を直接観測することができれば、それは暗黒ビッグバンの観測的な証拠になるかもしれません。

ただし、そのような重力波があるとしても、その信号強度は非常に弱いため、実際に観測できるのはずっと先の話になると考えられます。そこでFreese氏らは、代わりにパルサーの連星の観測を提案しています。パルサーは非常に正確な周期で信号を発していますが、重力波の影響によりパルサーが直接揺さぶられることで、この信号にズレが生じると考えられます。そのような現象の観測例が増えれば、暗黒ビッグバンの証拠が見つかるかもしれません。

暗黒ビッグバンがあったのかどうかが確定すれば、謎の多い暗黒物質の正体について様々な情報が得られるかもしれません。これからの観測が待たれます。

 

Source

文/彩恵りり

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