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太陽は毎朝昇り、地球に熱と光を届けてくれます。何千年ものあいだ同じように輝き続け、これが当たり前のように思われるかもしれませんが、太陽にはまだまだ深い謎がたくさんあります。その謎は太陽や他の星々について科学的な知識を広げていくという意味ではもちろん重要なのですが、その重要性にはもっと現実的な理由も存在しています。

私たちは今や日常生活でもGPSなどの技術を活用していますが、そこでは人工衛星が大きな役割を担っています。人工衛星やそれに関連する技術を使ってより信頼性の高いシステムを作っていくためには、太陽が人工衛星や技術にどのような影響を与えるのかを知る必要があるのです。宇宙飛行士の安全を守るという観点でも重要なことになります。欧州宇宙機関(ESA)とNASAの太陽探査機ソーラー・オービターや太陽観測の重要な役割の1つがそこにあるのですが、ソーラー・オービターが解き明かそうとしているのは太陽のどのような謎なのでしょうか。

■ 太陽の磁場は地球にどんな影響を与えるのか?

ある日の太陽の磁場の様子。このような画像を「マグネトグラム」と言い、2色を使って磁場のN極・S極を表します。(Credit: ESA)

太陽はさまざまな波長の光(電磁波)を出しています。私たちの目に見える可視光もその1種です。太陽が出す光のうち、赤外線や可視光についてはほぼ一定の量をいつも放出していますが、紫外線やX線は10倍から100倍、極端な場合は何千倍もその放出量が変化します。これらの変化の原因こそが太陽の磁場の活動によるものであり、ソーラー・オービターが注目するのも紫外線・X線の波長域になります。

太陽が電磁波によって地球にエネルギーを伝え、地球上のテクノロジーに影響を与えることは昔から知られていました。1850年、太陽の黒点の平均的な数に関連して地球のコンパスの針がドリフトすることが知られていましたが、なぜそうなるのかの説明はついていませんでした。当時の天文学者・数学者であったジョン・ハーシェルは太陽が磁気を帯びているに違いないということに頭を悩ませ、電気や磁気の実験をしていた化学者・物理学者のマイケル・ファラデーに「これまでに想像されたどんなものとも比較できないような大発見の寸前にいる」と伝えたそうです。その発見は正しく、現在では太陽が発する電磁波と地球との関係を研究する重要性はさらに増しています。ソーラー・オービターは太陽がどのように磁場を作り出し宇宙に伝えているのか、そしてその変化の源についてこれまでにないほど詳しい探査を行おうとしています。

■ 太陽の磁場を生み出すもとになっているものは何か?

太陽の内部構造を図解したもの。太陽に見られる現象として左上にある「プロミネンス(Prominence)」、左下の「フレア(Flare)」、右下の「コロナ質量放出(Coronal mass ejection)」「太陽風(Solar wind)」が示されています。目に見える太陽の表面は「光球(Photosphere)」であり、そこには「黒点(Sunspots)」や、お湯が沸いているような見た目の「粒状斑(Granulation)」が見られます。光球の上空は順に「彩層(Chromosphere)」「遷移層(Transition region)」「コロナ(Corona)」と呼ばれ、一方で太陽の内部は、外側から「対流層(Convective zone)」「放射層(Radiative zone)」「中心核(Core)」と呼ばれています。Credit: ESA

太陽の磁場は私たちが観測するすべての太陽活動の原因となるものです。太陽表面に見える黒いしみのようなもの(黒点)の数は11年周期で増減しますが、そうした変化や、太陽大気の振る舞いも磁場がもとになっています。さらにこの磁場は太陽系全体を取り囲み、電気を帯びたガス「プラズマ」で満たされた「太陽圏」と呼ばれる泡のような構造を形作っています。プラズマは惑星に影響を与えてオーロラを作ったり、人工衛星などに干渉してくることになります。しかし、太陽の磁場が最初にどこで作られているのかについてはまだ解明されていません。

ドイツのマックス・プランク太陽系研究所のディレクターで、ソーラー・オービターの観測装置の1つ「Polarimetric and Helioseismic Imager(PHI)」の主任研究者であるSami Solanki氏は「私たちは太陽の内部に『ダイナモ』があり、それが磁場を生み出していると考えています。地球の磁場を生み出すダイナモのようなものです。しかし、太陽のダイナモがどのように機能しているのかまだわかっていません」と述べています。なお、「ダイナモ」(dynamo)は英単語としては「発電機」を意味しますが、太陽の場合は磁場を作り出す源としてそのように呼んでいます。ソーラー・オービターはダイナモの問題にも取り組もうとしていますが、目に見えない太陽内部をどのように調べるのでしょうか?実はここがPHIの活躍するポイントになるのですが、その前に磁場を観測する方法に触れておきましょう。

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PHIは「スペクトル線」として知られるある特定の波長の光を観測する装置です。スペクトル線にはさまざまな波長のものがありますが、ここでは太陽に含まれる鉄の原子が出すものを指しています。そこに磁場が存在すると、鉄原子からのスペクトル線がいくつかに分裂する現象が見られます。これを物理学で「ゼーマン効果」と呼んでいます。したがって、この分裂を観測することにより磁場の強さを測定することが可能となります。スペクトル線の2つ目の特徴は「偏光」です。これもPHIによって測定することができ、偏光からは磁場の向き(磁力線の向き)の情報を知ることができます。マックス・プランク太陽系研究所のPHIチームメンバーであるAchim Gandorfer氏は「私たちは太陽から得られる光をすべての側面から分析しなければなりません。そのため非常に複雑な光学系(鏡・レンズなどから作る装置)をこの観測装置に入れています」と語ります。

太陽内部に話を戻すと、PHIは太陽表面の「下」を見る、ということが可能です。実は太陽表面では常に上下運動が発生しています。これは、太陽表面の下で起こる対流や乱れによって振動が発生しており、太陽内部を伝わってきているというものです。地球の地震とは仕組みが違いますが、太陽(= 日)での「地震」のようなものと捉えて、これを使って太陽の内部構造を知る手法を「日震学」(にっしんがく)と呼んでいます。PHIはかつてない精度でこの「地震波」を測定し、「太陽内部がどのような状態であればこの波ができるのか?」をコンピューターモデルを使って調べようとしています。

PHIが観測するこれらのデータは磁場がどのように作られるかという点で非常に重要になってきます。現在の理論では太陽の磁場は太陽内部の「タコクライン」と呼ばれる領域に起源をもつと言われています。太陽の内部は大まかには内側の「放射層」と外側の「対流層」に分かれており、タコクラインはその境目にあたります。太陽表面から内部に30パーセントほどの深さの部分です。そこでは太陽の自転の状態が大きく変わり、太陽内部のプラズマが大きくはぎとられるような力が発生します。その動きが磁場を生み出し、それが太陽表面に上ってきているというのです。

■ 太陽の北極・南極では何が起きているのか?

それでは、太陽表面に現れてきた磁場はその後どうなっていくのでしょうか?磁場は黒点などの形で太陽表面に見ることができますが、理論を考える研究者たちがコンピューター・モデルを使って研究した結果、太陽の赤道付近から北極・南極へと向かうプラズマの流れが古い黒点などの「活動領域」(磁場の強い領域)から磁場を掃き出していくと考えています。さらに北極・南極(まとめて極域と言います)の磁場は太陽内部に沈み込んでいき、タコクラインでプラズマの動きにより再び生み出されていきます。そしてまた黒点や活動領域が作られていくというのです。

しかし現在では、極域での磁場分布に関する観測データは十分ではありません。日本の太陽観測衛星「ひので」など他の衛星も極域を観測し成果を上げていますが、北極・南極の「真上」からではなく地球付近の軌道から斜めに見るためにつぶれて見えてしまうというデメリットが避けられません。ソーラー・オービターはこの状況を変え、2025年の終わりまでに軌道を傾け、良いデータを取るために充分な角度・距離で観測ができるようになる見込みです。「太陽の極域は未開の地です」とSami Solanki氏は言います。「150年前、誰も北極・南極に行ったことがなかった地球のように、新しく学ぶべきことがたくさんあるでしょう」

ところで、太陽の磁場がどのように作られているのかを調査するのと同時に、ソーラー・オービターは磁場が太陽から宇宙空間へ達して太陽圏を作る仕組みについても前例にない調査をしようとしています。

■ 太陽コロナを加熱しているのは何か?

ソーラー・オービターによる最初の観測結果の1つ。小さな輝きが至るところにあり、太陽フレアのミニチュア版である「キャンプファイヤー」が発生していることを示しています。Credit: ESA

宇宙空間に飛び出す前に、太陽の大気に注目してみましょう。太陽の磁場は宇宙空間へと伸びていき、「太陽風」と呼ばれるプラズマの流れが太陽圏を作り出しています。この出どころは太陽の大気である「コロナ」です。ここには太陽でもっとも大きな謎のひとつがあります。それが、「コロナはなぜこんなに熱いのか?」というものです。太陽大気は希薄なガスですが、その温度は100万度ほどです。しかし太陽表面は5500度ほどで、コロナに比べれば「冷たい」ものの上に熱いものが乗っており、しかもそれが維持されている状態です。これが1940年代からの根本的な謎となっています。ソーラー・オービターのプロジェクト・サイエンティストであるDaniel Müller氏の言う通り、「太陽のコロナが非常に熱いという事実はまったく直感に反する」ものです。

それから数十年の間、この問題を解くための多くの仮説が打ち出されました。ソーラー・オービターはそうしたアイディアのうちどれが正解なのかを知るための助けになると期待されています。仮説の多くは、太陽の磁場からのエネルギー放出を熱源としています。スイスの大学に所属し、ソーラー・オービターのX線観測装置「X-Ray Spectrometer/Telescope(STIX)」の主任研究者であるSäm Krucker氏は「(コロナにある)粒子のエネルギーに比べ、磁場のもつエネルギーは約100倍も大きいのです。もし磁場のエネルギーを少しだけ解放したとすると、多くの粒子を加熱することができます。それが、私たちが理解しようとしていることです」と語ります。STIXは、磁気エネルギーをもっとも大きく解放する現象である「太陽フレア」を観測します。太陽フレアは数十億トンもの粒子を惑星間空間に放出する「コロナ質量放出」を引き起こす可能性があります。

その他の観測装置はより小さなエネルギーの解放現象を探しますが、コロナ加熱という意味では逆にこちらのほうが重要になるかもしれません。大規模なフレアはそれだけ多くのエネルギーを放出しますが発生頻度は少なく、逆に小規模なものはエネルギーも小さいものの継続的に発生しており、コロナ加熱の源として考えられるかもしれないためです。実際、ソーラー・オービターの「Extreme Ultraviolet Imager(EUI)」が太陽への道半ばで観測した最初の画像では、「キャンプファイヤー」と呼ばれるミニチュア版の太陽フレアが至るところで発生していることが明らかになりました。

「太陽コロナが多数の小さなフレアで加熱されているかもしれないというアイディアは、アメリカの著名な物理学者Eugene Parker(ユージン・パーカー)によってすでに1980年代に提唱されていました」とDaniel Müller氏は言います。「結論にはまだ早いのは明らかですが、Parker氏が正しかったというヒントをソーラー・オービターは見つけたのかもしれません」

■ 何が太陽風を加速しているのか?

2020年6月21日に可視光で観測された太陽コロナ。疑似カラーで着色し、太陽に比べて暗いコロナを観測するため太陽の部分は隠して観測しています。Credit: ESA

コロナの加熱に関連した謎の1つが「太陽風の加速」です。太陽風は太陽から吹き出している電気を帯びた粒子の流れで、全方位に定常的に吹き出しているものです。粒子の速度は毎秒300から800キロメートルにまで達しますが、どのように加速されているのかは完全にはわかっていません。ロンドンの大学に所属しソーラー・オービターの装置「Magnetometer instrument(MAG)」の主任研究者であるTim Horbury氏は、「これが私にとって大きな疑問なのです」と語ります。

太陽コロナは非常に高温であり宇宙空間に自然と広がっていくため、単純にその粒子が太陽風となっていくように思われるかもしれませんが、実はそれでは「充分に加速することができない」(Tim Horbury氏)のです。何か他の仕組みを考える必要があります。太陽風がどのように加速されるのかについてもさまざまな理論が提唱されていますが、ソーラー・オービターは謎を解明するため太陽風の組成を詳細に調べようとしています。ソーラー・オービターは地球に比べて太陽にずっと近いところで観測を行うため、太陽風は吹き出したばかりのときはどのような組成だったのかを調べることが可能です。

「太陽風にはさまざまな速度のものがあり、そのときの磁場の構造にも大きなバリエーションがあります」とTim Horbury氏は言います。現象を正しく説明できる理論はその複雑さも説明できなければいけません。難しい注文ですが、ソーラー・オービターなら謎を解明できるとTim Horbury氏は考えています。「私の考えでは、太陽風の加速は答えを出すべき大きな問題です。私たちはきっとその問題に答えを出します」

■ 私たちが近づくことのできる唯一の星

太陽内部から太陽表面、コロナ、太陽風と見てきましたが、ソーラー・オービターの科学は太陽だけではなく宇宙にも応用していくことが可能です。磁場による作用や粒子の加速は宇宙の至るところで、またさまざまなスケールで見られます。太陽周辺の磁場を研究することにより、星の誕生やブラックホールに吸い込まれていく物質の振る舞いなど宇宙のさまざまな側面にその知識を応用していくことができるのです。

ソーラー・オービターの副プロジェクト・サイエンティストであるYannis Zouganelis氏にとって、この点は大きなアピールポイントとなっています。「太陽は非常によくある星の1つですが、私が太陽物理学を研究している理由は、私たちがクローズアップして探査できる唯一の星だからです。ソーラー・オービターによって、私たちは本当に太陽に近づいて大気の性質をその場で測定することができます。私にとっては、これは常に宇宙プラズマ物理学を研究する方法であり、宇宙全体で多くの異なる現象に適用することができます。太陽に使う物理の方程式を、超新星爆発のような爆発する星や、その他のプラズマが流出するような環境にも適用できるというのはとてもユニークなことです。」と彼は言います。「そして、それらの現象がどのようになっているのかを理解する唯一の方法は、できるだけ太陽に近づくことなのです」。

このミッションの名前はソーラー・オービターですが、ソーラー・オービターが解き明かす科学の謎は天文学のあらゆるところに影響を与え、宇宙で起こるさまざまな現象に共通する鍵となるプロセスの理解を大きく進めると考えられています。ESAによるとそこまで踏み込めるミッションはそれほど多くはなく、ぜひ今後の成果にも期待したいところです。

 

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Image Credit: ESA
Source: ESA
文/北越康敬

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