【▲ 実験モジュール「問天」を搭載して打ち上げられた「長征5号B」ロケット(Credit: CNSA)】

【▲ 実験モジュール「問天」を搭載して打ち上げられた「長征5号B」ロケット(Credit: CNSA)】

既報の通り、中国は7月24日、同国が独自に建設を進めている宇宙ステーション「天宮(Tiangong)」の実験モジュール「問天(Wentian)」を打ち上げました。問天は打ち上げ翌日の7月25日に、天宮のコアモジュール「天和(Tianhe)」へのドッキングに成功しています。

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この打ち上げに使われた「長征5号B」ロケットのコアステージ(第1段)は地球低軌道に残されていて、7月31日前後に制御されない状態で大気圏へ再突入する可能性が報じられています。

宇宙物体(人間が宇宙に打ち上げた物体)の再突入予測を行っている米企業のエアロスペース・コーポレーションによると、コアステージの再突入ウィンドウは日本時間2022年7月31日9時24分の前後16時間(7月30日17時24分~8月1日1時24分)と予想されています。計算上、ウィンドウのちょうど中間のタイミングであれば中東上空で再突入する可能性がありますが、同社は下図で示されている水色と黄色の線の真下に位置する場所なら、どこでも再突入する可能性があると注記しています。

【▲ 米エアロスペース社による再突入地点予測(7月28日3時20分時点)。日本時間2022年7月31日9時24分の再突入予想地点は中東上空(円で囲まれた範囲)で、それよりも早くなった場合は青い線の場所、遅くなった場合は黄色い線の場所のどこかで再突入する可能性がある(Credit: Aerospace Corporation)】

【▲ 米エアロスペース社による再突入地点予測(7月28日3時20分時点)。日本時間2022年7月31日9時24分の再突入予想地点は中東上空(円で囲まれた範囲)で、それよりも早くなった場合は青い線の場所、遅くなった場合は黄色い線の場所のどこかで再突入する可能性がある(Credit: Aerospace Corporation)】

なお、この落下予測は日本時間2022年7月28日3時20分時点でのデータがもとになっていますが、再突入が近付くにつれて不確実性は低くなり、情報が刻々と更新されていくため、本稿が掲載された時点での最新予測とは再突入の時刻や場所が異なっている可能性があります。

また、軌道上物体に詳しい天体物理学者のJonathan McDowellさんによると、7月29日午前の時点でコアステージは近地点170km・遠地点231kmの軌道を周回している模様です。問天モジュール打ち上げ直後の遠地点高度は300km付近だったことから、遠地点高度は4日半で70kmほど下がったことになります。

【▲ 長征5号Bコアステージの高度に関する情報をシェアしたMcDowellさんのツイート】

ロケットの一部が大気圏に再突入するのはめずらしいことではありませんが、一般的なロケットではサイズが大きな第1段やロケットブースターなどは打ち上げの早い段階で切り離されて落下するため、地球を周回する軌道に残されるのはサイズが小さく軽い第2段以降のステージとなります。

いっぽう、長征5号Bは全長約33m・直径5mのコアステージと、4本のロケットブースターのみで構成されていて、ペイロード(衛星や宇宙船などの搭載物)はコアステージが軌道に投入します。そのため、ペイロードを分離したコアステージが軌道に残り、やがて大気圏へ再突入することになるのです。エアロスペース・コーポレーションによると、長征5号Bのコアステージが再突入すると、地表には5~9tの燃え残った部分が落下する可能性があるといいます。

■長征5号Bだけではない、使い捨てロケットのリスク

長征5号Bは今回が3回目の打ち上げですが、過去に実施された2回の打ち上げでもコアステージが制御されない状態で大気圏に再突入して、燃え残った部分が地上へ落下したとみられています。2020年5月の打ち上げでは燃え残った部品(長さ12mのパイプなど)がコートジボワールに落下して、地上の建物に被害が生じました。2021年5月の打ち上げでは、インド洋のモルディブ諸島付近に落下したとみられています。

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2022年7月に「ネイチャー・アストロノミー」に掲載されたMichael Byersさん(ブリティッシュコロンビア大学)を筆頭とする研究チームの論文では、制御されずに大気圏へ再突入するロケットのステージに関するリスクが評価されています。長征5号Bのコアステージは18t(論文より)もあるため、毎回特に注目を集めますが、地上へ落下して被害をもたらす可能性があるのは中国のロケットだけとは限りません。

論文によると、使い捨てられた後に軌道を外れたステージは過去30年間(1992年5月4日~2022年5月5日)で1500基以上あり、その7割以上は制御されない状態で軌道を離れたと推定されています。1回の再突入によって地上で死傷者が発生し得る範囲を平均10×10m(100平方m)と仮定した場合、1人以上の死傷者が生じる確率は約14パーセントだったといいます。

実際に死傷者が生じたという事例は報告されていないものの、無視できるほど小さなリスクではないことを、算出された確率は示していると研究チームは指摘しています。また研究チームは、過去に国連で採択された宇宙活動に関するガイドラインについて、制御されないまま再突入する宇宙物体のリスクにどう対処すべきかが明確化されていないなどの問題点にも言及しています。

論文では、ロケットのステージがどの緯度で再突入しやすいのかも推定されています。特にリスクが高いのは赤道付近で、ジャカルタ、ダッカ、メキシコシティ、ボゴタ、ラゴスといった都市がある低緯度では、ワシントンD.C.、北京、モスクワといった都市があるより高い緯度と比べて3倍の確率で再突入する可能性があるといい、先進国の活動にともなうリスクを発展途上国が背負う構図になっていると研究チームは分析しています。ちなみに、長征5号Bのコアステージが落下したとされるコートジボワールやモルディブ諸島は、どちらも赤道付近に位置しています。

いっぽう、打ち上げ後に軌道を周回するステージは、ステージ自体やその破片がスペースデブリ(宇宙ゴミ)となって、運用中の人工衛星や宇宙船にリスクをもたらす可能性もあります。たとえば国際宇宙ステーション(ISS)はデブリとの衝突を避けるための軌道変更(デブリ回避マヌーバ)を度々行っていますが、2020年9月に回避したデブリは日本の「H-IIA」ロケット40号機(2018年10月打ち上げ)に由来する可能性が指摘されています。また、2021年12月には、四半世紀前に打ち上げられたアメリカの「ペガサス」ロケットの破片との衝突を回避するための軌道変更が行われました。

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近年では、運用中の人工衛星や地上に被害をもたらすかもしれないロケットのステージなどをただ使い捨てるのではなく、人口密集地から離れた海域へ制御落下させる運用も行われています。また、スペースXの「ファルコン9」のように、一部のステージが回収・再利用されるロケットも実用化されています。ただ、制御落下やステージの回収は、世界中すべての打ち上げで実施されているわけではありません。日本も含め、宇宙開発を推進するすべての国や組織による一層の対策が求められます。

 

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文/松村武宏