人類の活動は確実に地球環境を変えてきました。これを踏まえ、新しい地質年代として「人新世」を創設することが提唱され、2009年から国際地質科学連合の作業部会で議論が行われてきました。正式に地質年代として登録されるには、全部で3段階の議論が必要です。

国際地質科学連合の下部組織である第四紀層序小委員会にて2024年2月1日から6週間かけて審議と投票が行われた結果、人新世の創設は過半数の反対票で否決されました。ただし、この決定は人類が地球環境を変えたことを否定するものではなく、むしろ人新世という地質年代の重要性を鑑み、人類による環境改変を過小評価しないための否決であると言えます。

【▲図1: カナダ東部にあるクロフォード湖の湖底堆積物は、今回の案で人新世の基準となる地層として選ばれていました。 (Image Credit: Whpq (WikiMedia Commons / CC BY-SA 4.0) ) 】
【▲図1: カナダ東部にあるクロフォード湖の湖底堆積物は、今回の案で人新世の基準となる地層として選ばれていました(Credit: Whpq (WikiMedia Commons / CC BY-SA 4.0) )】

■新しい地質年代「人新世」とは

私たちは今のところタイムマシンを持っていませんが、地層に埋まっている “タイムカプセル” である鉱物や化石を分析することで、過去の地球環境を知ることができます。これらの手掛かりを元に分析すると、地球環境は今よりも暑い時代や寒い時代、生物がゼロだった時代から豊富な時代まで、非常に変化に富んでいたことが分かります。

変化し続けてきた過去の地球の時代を区分するには「地質年代」と呼ばれる地学用語を用います。地質年代は、ある程度一定の環境が維持されていた期間を1つの時代とし、環境が著しく変化した時点を区切りとする概念です。環境の維持や変化は、地層に見られる化石の種類の変化で知ることができるため、言い換えれば地質年代は生物の繁栄や絶滅を間接的に表しています。地質年代は、大きな時代区分から順に「累代」「代」「紀」「世」「期」と細分化されており、正式な時代区分は国際地質科学連合の下部組織である国際層序委員会が決定します。今現在を地質年代で言うなら、上から順に顕生代、新生代、第四紀、完新世、メガラヤン期となります。メガラヤン期は紀元前2200年から始まっています (※1)

※1…地層年代で何年前かを表す基準となる年は西暦2000年です。メガラヤン期はこの年から4200年前に始まったため、開始年代は紀元前2200年となります。

【▲図2: 地質年代は、地球誕生から現在までを地質学的に観た時代区分です。今現在は、紀元前2200年から始まったメガラヤン期に当たります (Image Credit: K. M. Cohen, D. A. T. Harper, P. L. Gibbard, N. Car (国際層序委員会) / 日本語訳: 日本地質学会) 】
【▲図2: 地質年代は、地球誕生から現在までを地質学的に観た時代区分です。今現在は、紀元前2200年から始まったメガラヤン期に当たります(Credit: K. M. Cohen, D. A. T. Harper, P. L. Gibbard, N. Car (国際層序委員会) / 日本語訳: 日本地質学会)】

地球環境の著しい変化の原因は様々であり、「生物の出現や進化」「火山噴火や隕石衝突」「地球の自転や公転の性質の変化」と言ったものが挙げられますが、生物の1種である私たち人類の影響も、原因として考慮されるべきでしょう。

現在の私たちの活動は、目に見える形で地球の環境を改変しています。農業や都市開発における大量の土壌の運搬や掘り出しは、地形を永久に改変しています。化石燃料の燃焼などは温室効果ガスを大量に放出し、大気組成を変えただけでなく、気候変動や海洋酸性化を招いています。都市開発や農業・養殖は、本来生息していない場所で生物を増やしたり、または在来の生物を絶滅させてきました。そして大量の製品や廃棄物は、プラスチックなど天然に存在しない “鉱物” や “岩石” を半永久的に地層に埋没させています。

このため、人類の活動による影響が地球環境に現れた時代を、それ以前のメガラヤンとは区別し、新しい世である「人新世」を設けるべきではないか、とする議論が2000年から持ち上がりました。この議論は、オゾンホールの研究で知られるパウル・クルッツェン氏が国際会議で “Anthropocene”(※2)という言葉を使ったことが始まりであると一般的にみなされています(※3)

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※2…人新世の英語名は、いずれもギリシャ語で「人」を意味するἄνθρωποςと、「新しい」を意味するκαινόςを繋げたものです。日本語では世の地質区分は全て「-新世」と訳されています。

※3…ただし、Anthropoceneという言葉を最初に使ったのはユージン・ストーマー氏で、時期は1980年代であると言われています。クルッツェン氏は、2000年の発言時にはそれを知らなかったと述べています。国際層序委員会は、Anthropoceneという言葉を作った人物としてストーマー氏とクルッツェン氏の両名を挙げており、提唱時期を2000年としています。

■人新世を地質年代とするかどうかの議論は15年前から

国際地質科学連合は2009年に、現代が含まれる地質年代を管轄する第四紀層序小委員会の下部組織として人新世作業部会を設置し、人新世を新たな地質年代とするかどうかの本格的な議論を開始しました。2019年には、人新世を正式な地質年代として取り扱うこと、その時代区分が20世紀後半であることが賛成多数で可決されました。

人新世を地質年代として扱う場合、それは地層に埋没した証拠を元に決定されるため、世界のどこかの地層を基準として定める必要があります(※4)。日本の別府湾を含めた12の地層が候補として上がりましたが、2023年7月にカナダ東部のトロント近郊にあるクロフォード湖の湖底堆積物が選ばれました。クロフォード湖の湖底堆積物を分析すると、化石燃料の高温燃焼で生じるフライアッシュや、核爆発によって生成・放出されるプルトニウムが1950年代を境に急激に増えていることが分かります。また、1950年代は気候変動が急激に進行した時期と一致しています。そして、比較的最近の時代を特定するのに使用される放射性炭素年代測定は、核爆発の影響が現れていないと見なされている1950年を0年としています。

※4…日本国内で著名な例としては、千葉県市原市の養老川沿いにある千葉セクションという地層で定義されたチバニアン期があります。しかし、一部の地質時代は、基準となる地層がまだ決まっていないものがあります。また、非常に古い地質時代は地質学的証拠が乏しいため、単に何年前という時間で決定されているものもあります。

このため、人新世作業部会はクロフォード湖の湖底堆積物を基準に、1952年以降を人新世とする案を決定し、それ以降の議論にかけることとしました。この案に基づけば、完新世メガラヤン期は1951年に終了し、現在は人新世となります。また、人新世は世であるため、一番下の時代区分である期は命名規則に基づくとクロフォーディアン期(Crawfordian)と命名される可能性があります。

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■結果は「否決」その理由は?

人新世が正式な地質年代となるには、以下の3段階の投票と承認が必要となります。

1. 第四紀層序小委員会 (人新世作業部会の上部組織) での投票で60%以上の賛成票を獲得
2. 国際層序委員会 (第四紀層序小委員会の上部組織) での投票で60%以上の賛成票を獲得
3. 国際地質科学連合 (国際層序委員会の上部組織) の理事会での審議の上での承認

2024年2月1日から6週間、最初の段階である第四紀層序小委員会での議論と投票が行われましたが、最終的に18人のうち4人が賛成票を投じた一方、12人が反対票を投じて否決されました(残り2人は棄権)。

この投票は開始前から渦中にあり、投票を前にメンバーの少なくとも1人が辞任しています。また、今回の投票自体が内部規定に違反した状態で行われたとして、投票が無効であるという申し立てが行われています。通常、否決された結果に対して無効の申し立ては行われませんので、これは異例とも言えます。今回の投票結果が正式に発表される前にNew York Times誌で報道されたことも、小委員会の中で不協和音が生じていることを表しているのかもしれません。

【▲図3: 今回否決された案は、人新世の開始を1952年とするものでした。一方で、人新世の開始時期には異論もあり、ここに示したように主だったものだけでも5つあります。 (Image Credit: 彩恵りり) 】
【▲図3: 今回否決された案は、人新世の開始を1952年とするものでした。一方で、人新世の開始時期には異論もあり、ここに示したように主だったものだけでも5つあります(Credit: 彩恵りり)】

とはいえ今回の否決は、人新世という地質年代そのもの、ひいては人類の活動が地球環境を変えたことを否定するものではありません。否決の理由は正式には公表されていませんが、理由の1つとして言われているのは、人新世が世をに相当する時代区分であるかどうかです。少なくない地質学者は、人新世を正確に定義するための地質学的議論が不十分であり、世であると定義するのは時期尚早だと考えています。

さらに重要な争点として「人新世の開始が1952年」という点が挙げられます。確かに、クロフォード湖の堆積物で見つかる証拠は1950年代から急激に進行した気候変動の時期と一致します。しかし、気候変動の原因である温室効果ガスの放出は、18世紀後半に始まる産業革命の頃から急激に増大しています。実際、人新世の提唱者の1人であるクルッツェン氏は、18世紀後半が人新世の始まりであると提唱しています。

また、人為的な環境の改変という点で、他の時期を人新世の始まりとする主張もあります。例えば以下の年代が提案されていますが、これ以外にも様々な案があります。

・核実験によって生成される放射性炭素の濃度がピークとなった1964年
・オービス・スパイク(二酸化炭素濃度が低い濃度を記録したピーク)の1610年(※5)
・金属製錬の副産物としての鉛の痕跡が地層に見られる紀元前1000年~0年ごろ
・農業の開始で大気中のメタン濃度が上昇した紀元前3000年ごろ
・完新世の開始時期である紀元前9700年(1万1700年前)

※5…二酸化炭素濃度の減少は、ヨーロッパ人が北アメリカ大陸に到達し、アメリカ先住民族の人口が減少した影響で、伐採が減って森林が回復した影響であると考えられています。つまりこの案は、人類が大陸から大陸へと大量に移動し始めた時期であることを踏まえたものです。

特に、今回の1952年案のような非常に具体的な年代、および直近の年代とする点については、多くの異論が出ています。まず、人新世の開始時期を具体的な年数とすることは、提唱者の1人であるクルッツェン氏も反対しています。どの地質時代の環境変動も特定の日時や場所で発生するものではなく、地球全体に影響が広がるまでどんなに短くても数年、場合によっては数百万年もの時間をかけて徐々に進行していきます。このような年単位を越えて変化していく環境の性質は、1952年ピッタリに人新世が開始するという提案とは相容れません。

また、最近の研究では、初期の人類による伐採や農業の痕跡が熱帯雨林に現れるのは4万5000年以上前であるとされています。数万年というスケールで人類が環境を変えてきた痕跡が見つかっていることを踏まえると、新しい地質時代がわずか数十年前に始まったとするのは、人類の影響を過小評価しているとも言えるでしょう。人新世の創設は、一般社会にも「人類の活動は地球環境を変えている」というインパクトを与えるため、より慎重な評価が必要となります。

いずれにしても、人新世の承認プロセスにおける今回の否定的な議決は、人新世そのものを否定するものではありません。むしろ、人類の環境改変を過小評価しないようにするための否決であるため、人新世を新設すべきという主張に対する大きな追い風と言える結果です。しかし、人新世がいつ始まったのかという点については、より広範なフィールドでの調査と、より慎重な議論が必要となります。本格的な議論開始から否決までに15年かかったのは慎重な議論を要するという証でもあり、次の投票がすぐに開始されることもないでしょう。

 

Source

  • Working Group on the ‘Anthropocene’”. (Subcommission on Quaternary Stratigraphy)
  • Erle C. Ellis. “The Anthropocene is not an epoch − but the age of humans is most definitely underway”. (The Conversation)
  • Alexandra Witze. “Geologists reject the Anthropocene as Earth’s new epoch — after 15 years of debate”. (Nature)
  • Will Sullivan. “Scientists Reject Proposal to Define the Anthropocene, a Geological Age Marked by Human Activity”. (Smithsonian Magazine)
  • Michael Wagreich & Erich Draganits. “Early mining and smelting lead anomalies in geological archives as potential stratigraphic markers for the base of an early Anthropocene”. (Sage Journal)
  • William F. Ruddiman, et al. “Defining the epoch we live in”. (Science)
  • Patrick Roberts, et al. “The deep human prehistory of global tropical forests and its relevance for modern conservation”. (Nature Plants)

文/彩恵りり

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