
惑星が恒星の周りを公転するという関係性は、決して永久なものではなく、時には惑星が恒星に衝突してしまうことがあります。このような恒星が惑星を飲み込む現象は短期間で終わってしまうため、その様子を実際に観察することは困難です。そんな中、地球から見て「わし座」の方向で見つかった増光現象「ZTF SLRN-2020(ZTF20aazusyv)」(※)は、寿命の末期に膨張した恒星が惑星を飲み込んで起きたと推定され、珍しい現象の観測事例として注目されました。
※…一部のプレスリリースではZTF SLRN-2020を恒星の名前であると説明していますが、この名前は増光現象に割り当てられた名前であり、天体名とするのは厳密には不正確です。

しかしNSF国立光赤外線天文学研究所(NOIRLab)のRyan M. Lau氏などの研究チームは、「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)」で詳細な観測を行った結果、ZTF SLRN-2020の元となった恒星は寿命の末期ではなく、太陽のように活動が安定した主系列星であることを示しました。活動が安定している恒星に惑星が衝突した直後の様子を捉えるのは3例目と見られており、これほど詳細に観測できたのは初めてです。
また、ウェッブ宇宙望遠鏡の性能の高さにより、衝突によって起きた残骸の詳細な構造も明らかにされました。今回の研究結果は、惑星系が辿り得る1つのシナリオの詳細を描き出しています。
「ZTF SLRN-2020」は “年老いた恒星” と惑星との衝突で起きたか?
地球は約46億年前から太陽の周りを公転しており、あと50億年ほどは回り続けていると考えられています。しかし太陽が寿命の末期に差し掛かると、「赤色巨星」と呼ばれる膨張段階に移行するため、やがて飲み込まれてしまうのではないかと考えられています。
恒星が惑星を飲み込む現象は、1つの惑星系で見れば稀ですが、宇宙にある無数の星々を観察していれば、時々このような状況を観察できるでしょう。衝突の瞬間は膨大なエネルギーが恒星に供給されるため、恒星は一時的に強く輝くことになります。遠く離れた地球でその様子を観測すれば、突発的に明るくなった天体として観測できるでしょう。

2020年5月17日、アメリカのパロマー天文台で行われている掃天観測プロジェクト「ツビッキー掃天観測(ZTF)」は、地球から見て「わし座」の方向、約1万2000光年離れた場所で、新たな増光現象を発見しました。イベント名「ZTF SLRN-2020」と名付けられたこの増光現象を詳しく調べて見ると、白色矮星の表面で起こる爆発である(古典的な)新星とは似ておらず、2つの恒星が衝突することで起こる「高輝度赤色新星(LRN; Luminous red nova)」と似ていることが分かりました。
しかし、新星としての明るさが、恒星同士の衝突にしては暗いことから、恒星同士の衝突ではなく、恒星に惑星サイズの天体が衝突したものではないかと考えられるようになりました。現象としては似ているものの、明るさが暗いことから、この現象は「準輝度赤色新星(SLRN; Subluminous red nova)」と名付けられており、天の川銀河の中では1年間に0.1個から数個の割合で発生していると推定されています。
その後、ZTF SLRN-2020はアメリカ航空宇宙局(NASA)の広視野赤外線探査機(WISE)の延長ミッション「NEOWISE」にて中赤外線でも撮影されていたことが判明し、約1年前から赤外線領域で明るい天体であったことが判明しました。これらの観測結果の分析に基づき、2023年5月には、ZTF SLRN-2020は、寿命の末期に入り膨張が始まった赤色巨星が、木星の10倍未満の質量を持つ惑星を飲み込んで発生したものであると推定する研究結果が発表されました。当時の研究結果は、soraeでも以前に取り上げています。
しかし、赤色巨星へと進化する恒星が木星サイズの惑星を飲み込んだとするシナリオには異論もありました。観測データから推定できる恒星の姿は、赤色巨星に進化しつつあると解釈できると同時に、その前段階である活動が安定した「主系列星」だと解釈することもできるからです。赤色巨星と主系列星では、惑星を飲み込むメカニズムは全く異なり、これは大きな違いとなりますが、当時の観測データでは結論を出すことができませんでした。
ZTF SLRN-2020を起こした恒星は “現役” だった

NSF国立光赤外線天文学研究所のRyan M. Lau氏などの研究チームは、ZTF SLRN-2020に対する「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」での観測を2022年9月5日に行いました。ウェッブ宇宙望遠鏡はNEOWISEと同じく赤外線望遠鏡ですが、性能はずっと上です。今回の観測では近赤外線分光器「NIRSpec」と中間赤外線観測装置「MIRI」を使用し、3~12µmの波長域での観測を行いました。
観測の結果は意外なものでした。観測データを元に恒星周辺の環境をモデル化してみると、恒星全体を包む温度の低い塵の雲(約10℃・約280K)の内側に、恒星周辺を公転する高温の塵とガスの円盤(約450℃・約720K)が存在するという構造が浮かび上がりました。低温の塵の雲の存在は予測されていたものの、高温の塵とガスの円盤が存在することは予想外でした。また、円盤は水素を主体とするものの、一酸化炭素など他の分子も高濃度で見つかりました。これは恒星の大気というよりも、惑星が生まれる原始惑星系円盤の組成に近いものです。何より、信号が弱いために確定的には言えないものの、円盤から「ホスフィン(リン化水素)」と思われる分子が見つかったことも大きな発見でした。ホスフィンは巨大ガス惑星の大気に含まれている成分であり、このガスと塵の源が惑星に由来することを示唆しています。
また、恒星の明るさを正確に計測できたことで、ZTF SLRN-2020を起こした恒星は赤色巨星にしては暗すぎるため、活動の安定した主系列星であろうことが示されました。観測データからは、恒星は太陽の約0.7倍の質量と約0.29倍の明るさを持つ、やや小ぶりな恒星であることが示されています。たとえるなら、引退前の年老いた恒星と見られていたものが、実際にはまだまだ現役バリバリの若い恒星だったと言うことができます。
ウェッブ宇宙望遠鏡の観測データから考えると、恒星の活動は安定しており、膨張していないにも関わらず、惑星が恒星に飲み込まれたと考えられます。主系列星の状態にある恒星に対して惑星が飲み込まれた直後の様子を観測するのは非常に珍しく、主系列星としては3番目の事例である可能性があります。
惑星はどのようにして安定した恒星に飲み込まれたか

では、活動が安定している主系列星が惑星を飲み込むプロセスはどのようにして発生したのでしょうか? 恒星の側に変化がないとすると、惑星の公転軌道が収縮し、やがて恒星に接するようになってしまったことが考えられます。これは「恒星が惑星を飲み込んだ」というよりも、「惑星が恒星に落下した」と言う方が感覚的に近いかもしれません。
6000個近く見つかっている太陽系外惑星の中には、恒星に対する距離が極端に近い惑星がいくつも見つかっています。恒星と惑星の間では、お互いの距離が近ければ近いほど強い潮汐力が働き、惑星の公転軌道は縮小していくことになります。ZTF SLRN-2020の惑星に対して直接証明はされていないものの、潮汐力による公転軌道の縮小は最も妥当なプロセスです。
数百万年後、惑星は恒星外側の高温の大気圏に接触して抵抗を受け、軌道の収縮が一気に進むとともに、まるで削り取られるかのように惑星の大気物質が周辺に放出されます。これが、恒星周辺にある高温の塵やガスの円盤になったと考えられます。
そして最後の瞬間、惑星の本体が恒星の本体へと衝突し、その衝撃で恒星表面のガスが噴出します。これがZTF SLRN-2020と名付けられた増光現象に該当すると見られます。広がったガスは約1年ほどかけて少しずつ冷えて集まるようになり、これが恒星周辺を包む低温のガスの雲になったと考えられます。
このようなプロセスが予測できたのは、ウェッブ宇宙望遠鏡が詳細に観測を行えたためです。また、最後の瞬間まで潮汐力で破壊されずに落下する条件を満たす惑星は、木星のような低密度の惑星であったと考えられます。
ZTF SLRN-2020は、主系列星という活動が安定している恒星に対する惑星の落下直後の様子を捉えることができた上に、その詳細を研究できるという点で貴重な観測事例です。NSFヴェラ・C・ルービン天文台や、ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡のような次世代の望遠鏡は、このような現象をさらに多く検出し、その詳細を捉えることが期待されます。
文/彩恵りり 編集/sorae編集部
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- 年老いた恒星に飲み込まれる惑星の最期 その様子を初めて捉えたか(2023年5月6日)
参考文献・出典
- Ryan M. Lau, et al. “Revealing a Main-sequence Star that Consumed a Planet with JWST”.(The Astrophysical Journal)
- Hannah Braun & Calla Cofield. “NASA Webb’s Autopsy of Planet Swallowed by Star Yields Surprise”.(JPL/NASA)
- Noam Soker. “On the nature of the planet-powered transient event ZTF SLRN-2020”.(Monthly Notices of the Royal Astronomical Society: Letters)
- Kishalay De, et al. “An infrared transient from a star engulfing a planet”.(Nature)