総質量が太陽の280億倍もあるブラックホール連星 ある問題解決への糸口となるかも?
【▲ 図: 4C+37.11のブラックホール連星の想像図とその性質。 (Image Credit: NOIRLab, NSF, AURA, J. daSilva & M. Zamani) 】

ほぼ全ての巨大な銀河の中心部には「超大質量ブラックホール」があると考えられていますが、その中には最大で太陽の数百億倍という途方もない質量を持つものがあります。こうしたブラックホールもより小さなブラックホールが合体して生じたと考えられていますが、そのメカニズムを考えると「合体しているはずのないブラックホールが合体している」という奇妙な矛盾に突き当たります。これは「ファイナルパーセク問題」と呼ばれています。

スタンフォード大学のTirth Surti氏などの研究チームは、ジェミニ北望遠鏡による観測データから、活動的な銀河「4C+37.11(B2 0402+379)」にある超大質量ブラックホールの性質を分析しました。その結果、4C+37.11の中心部にある超大質量ブラックホールは、総質量が太陽の280億倍であることを突き止めました。4C+37.11の中心部にあるブラックホール同士はお互いにわずか24光年しか離れていないことが以前の研究で分かっています。これほど距離が近いブラックホール連星としては前例のない重さであり、その形成過程を探ることや、ファイナルパーセク問題を解決する糸口として、4C+37.11が重要な “銀河団の化石” であることを今回の研究は示しています。

4C+37.11のブラックホール連星の想像図
【▲ 図: 4C+37.11のブラックホール連星の想像図とその性質(Credit: NOIRLab, NSF, AURA, J. daSilva & M. Zamani)】

■合体しているはずがない、ブラックホールの「ファイナルパーセク問題」

天の川銀河のように巨大な銀河の中心部には「超大質量ブラックホール」が存在すると考えられています。その質量は小さくても太陽の数百万倍以上あり、中には数百億倍と推定されるものもあります。ブラックホールは重い恒星の中心部が潰れて生じますが、その過程ではどんなに重くても太陽の数十倍程度までのブラックホールしか生じません。したがって、超大質量ブラックホールが生じるにはブラックホールが合体を繰り返す必要があります。

宇宙は広いため、ブラックホール同士が近づいても正面衝突を起こすことはほぼなく、お互いにすれ違ってしまうことが大半です。ブラックホール同士が衝突するには、お互いの周りを公転する連星軌道に入り、なおかつ公転軌道が縮小して最終的にはゼロになる必要があります。

遭遇したブラックホールどうしが連星を成し、やがてその軌道が小さくなることの両方に関与するのが「動的摩擦」と呼ばれるプロセスです。2つのブラックホール以外の第三の天体が存在する場合、接近遭遇の過程で3つ全ての天体の軌道が変更されます。この時、第三の天体に運動エネルギーが受け渡されると、ブラックホールが減速する一方で、第三の天体は加速して外に吹き飛ばされます。減速したブラックホールはお互いが連星になったり、あるいは公転軌道が縮小したりします。重力がまるで摩擦力のように運動速度を減少させることから、これを動的摩擦と呼んでいます。

ただし、超大質量ブラックホールのような非常に重い天体で動的摩擦が起こるには、第三の天体として恒星や星間ガスのような物質が非常に大量に必要となります。動的摩擦のシミュレーションを行うと、減速するブラックホールから運動エネルギーを受け渡される物質である恒星や星間ガスが枯渇してしまい、ブラックホールどうしの距離が数光年から数十光年になると動的摩擦が停止して、それ以上公転軌道が縮小しないという壁に遭遇します。

この状態になると、超大質量ブラックホールの連星が公転軌道を縮小させるプロセスは「重力波」の放出によるエネルギーの減少しかありません。しかし、そのようなプロセスが顕著になるのはお互いの距離が数百分の1光年 (数百億km) まで接近してからであり、数光年以上離れたブラックホールの連星では無視できるほど小さな効果となります。

結果として、理論的には、宇宙の歴史に匹敵する長い時間を費やしても、超大質量ブラックホールは決して合体しないということになります。しかし、実際の宇宙には多数の超大質量ブラックホールが存在しており、「合体しているはずのないブラックホールが合体している」ことになるため、どうにかしてこの問題が解決されているようです。作用するプロセスが未解決な距離は数パーセク(1パーセクは約3.26光年)であることから、この未解決問題は「ファイナルパーセク問題」と呼ばれています。

■「4C+37.11」のブラックホール連星は非常に大規模と判明

ファイナルパーセク問題を解決するには、合体直前の超大質量ブラックホールを発見して、その環境を詳しく観察する必要があります。

Surti氏らの研究チームは、ハワイのマウナ・ケア山頂に設置されたジェミニ北望遠鏡の観測データアーカイブを分析し、活動的な銀河「4C+37.11」にある超大質量ブラックホールについての分析を行いました。4C+37.11は今回の研究以前から注目されており、2006年には超大質量ブラックホールの距離がわずか約24光年 (7.3パーセク) と、非常に接近していることが明らかにされています。

Surti氏らは、ジェミニ北望遠鏡に設置された分光器「GMOS(ジェミニ多天体分光器)」の観測データを分析し、4C+37.11の中心部にある超大質量ブラックホールの質量の計算を行いました。銀河から地球に届いた光を波長ごとに詳しく分析すれば、中心部にある恒星の運動速度を測定して、そこから中心部にあるブラックホール連星の総質量を決定することができます。

その結果、4C+37.11の超大質量ブラックホールの連星は、合計質量が太陽の約280億倍であると計算されました。この値は、知られているものとしては最大規模のブラックホール連星の1つです。お互いの距離が24光年と非常に近いことも考慮すると、4C+37.11のブラックホール連星は極めて注目に値します。

■4C+37.11はファイナルパーセク問題を解決する糸口

いくつかのブラックホール連星は、4C+37.11よりも近い距離で互いに公転していると推定されていますが、これらは観測によって証明されていないため、4C+37.11は事実上の最小距離かつ最大規模のブラックホール連星となります。また、連星の規模が大きいことから、4C+37.11は既に何回か合体を経験していると推定されます。即ち、4C+37.11はかつて複数の銀河が集合していた “銀河団の化石” であると見なすことができます。

4C+37.11のブラックホール連星は、少なくとも30億年間にわたって距離が縮まっていないと推定されています。この後もずっと停滞したままなのか、それとも数百万年後(天文学的には一瞬で)に合体するのかは分かっていません。4C+37.11が “銀河団の化石” であることを考慮すると、物質の追加による動的摩擦の再開は期待できそうにありません (※)

Surti氏らは、4C+37.11の中心部の様子を追加で観測し、ガスなどの物質がどの程度存在しているのかを調査することを予定しています。4C+37.11のより詳細な環境が分かれば、ブラックホール連星が合体しうるかどうかを突き止めたり、ファイナルパーセク問題を克服したりする上で重要な手掛かりが得られるかもしれません。

※…ファイナルパーセク問題の解決案として、別の超大質量ブラックホールやガスなどの物質が追加されて動的摩擦が再開するというプロセスが提唱されています。しかし、このようなプロセスは銀河同士の合体で生じるものですが、4C+37.11は既に銀河同士の合体が完了して孤立しているため、そのような出来事は期待できません。

 

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文/彩恵りり