小惑星「カリクロー」に環があるのは羊飼い衛星のおかげ? シミュレーション研究
【▲図1: カリクローの環に接近して観察し、その近くに羊飼い衛星があった場合の想像図。 (Image Credit: ESO, L. Calçada, M. Kornmesser & Nick Risinger) 】

小惑星「カリクロー(Chariklo)」は、環を持つ珍しい小惑星です。直径約250kmと小さいカリクローに安定した環がどのようにして存在しているのか、その理由は分かっていません。

惑星科学研究所のAmanda A. Sickafoose氏とトリニティ大学のMark C. Lewis氏の研究チームは、シミュレーションを通じてカリクローの環が安定化する理由を探りました。その結果、カリクローに直径約3kmの衛星が1つ存在すれば、観測結果と一致する細い環が形成されることがわかりました。

仮に衛星が存在するとしても現在の技術で観測することは困難ですが、この研究結果は環を持つ他の小さな天体にも適用されるかもしれません。

【▲図1: カリクローの環に接近して観察し、その近くに羊飼い衛星があった場合の想像図。 (Image Credit: ESO, L. Calçada, M. Kornmesser & Nick Risinger) 】
【▲図1: カリクローの環に接近して観察し、その近くに羊飼い衛星があった場合の想像図(Credit: ESO, L. Calçada, M. Kornmesser & Nick Risinger)】

■小惑星「カリクロー」には環がある

太陽系で最も大きな4つの惑星……木星・土星・天王星・海王星には環があります。かつては巨大な天体であることが環を持つために必要な条件であるとも考えられてきましたが、現在ではもっと小さな天体にも環があることが分かっています。

環を持つ小さな天体の1つが、10199番小惑星「カリクロー」です。カリクローには現在、幅数kmの細い環が2本見つかっています。カリクローは惑星以外で環を持つことが確認された初の天体であり、現在でも環を持つ天体としては最も小さな天体です(※1)。これほど小さな天体が環を安定して持つことは予想外の発見であり、当時は驚きを持って迎えられました。

※1…直径約170kmの小惑星「キロン」は、環を持つことが推定された最も小さな天体ですが、発見から約10年経つ現在でも、環が存在するかどうかは議論のある状態となっています。

環を構成する小さな岩石や氷の粒子は、そのまま放置するとお互いに衝突・合体して、一塊の衛星となるはずです。しかし、天体から余りにも近い距離にある場合は天体の重力が大きな塊を引き裂いてバラバラにするため、結果として衛星にはならず環として存在します。大きな衛星が存在できないこの限界を「ロシュ限界」と呼びます。巨大惑星の主要な環は全てロシュ限界の内側にありますが、小さな天体のロシュ限界は極めて狭く、そのままでは天体自身に降り注いであっという間に消えてしまうでしょう。

【▲図2: 土星のF環付近を公転する羊飼い衛星のプロメテウス (環の内側) とパンドラ (環の外側) 。プロメテウスの重力でF環が影響を受けていることがわかります。 (Image Credit: NASA, JPL & Space Science Institute) 】
【▲図2: 土星のF環付近を公転する羊飼い衛星のプロメテウス (環の内側) とパンドラ (環の外側) 。プロメテウスの重力でF環が影響を受けていることがわかります(Credit: NASA, JPL & Space Science Institute)】

一方で、カリクローが持つような細い環は巨大惑星にも見られます。そのような細い環の維持には「羊飼い衛星」の関与が良く知られています。ロシュ限界の中でも惑星から遠い場所の環は粒子同士の距離が広がって拡散し、やがて薄くなりすぎて見えなくなってしまいます。しかし、環のすぐ内側や外側を公転する小さな衛星が存在する場合、衛星の重力が環の粒子の運動方向を変えて外に逃げ出さないようにします。その様子をヒツジが逃げ出さないように見張っている羊飼いのように例えて、このような衛星を羊飼い衛星と呼んでいます。羊飼い衛星は小さいため、ロシュ限界の中にあってもバラバラにならず存在します。

カリクローの細い環の維持が羊飼い衛星による影響であると考えるのは、実例を考えると合理的です。ただし、カリクロー周辺の環境は巨大惑星周辺とは全く異なります。また、どれくらいの大きさの羊飼い衛星があればいいのか、その個数はいくつかなど、環が安定して存在するための条件はほとんど分かっていません。

■直径約3kmの衛星が環の安定化に寄与?

惑星科学研究所のAmanda A. Sickafoose氏とトリニティ大学のMark C. Lewis氏の研究チームは、多体問題をシミュレーションすることでこの疑問の解決を試みました。これは多数の天体がお互いに及ぼし合う重力の影響を数学的に解く手法ですが、 “簡単に解く” 方法が存在せず、計算能力の高いコンピューターを使わなければ解析ができないことで知られています。両氏は、この困難な問題に取り組みました。

その結果、両氏は羊飼い衛星の存在がカリクローの環の維持を最も良く説明できることを明らかにしました。衛星を持たない場合、カリクローの環はもっと薄くて幅広いはずであり、これは観測結果と合いません。一方で、衛星のサイズがあまりに大きいと環が細くなりすぎてしまうため、実際には観測できなくなってしまうでしょう。

【▲図3: カリクローに羊飼い衛星が存在すると仮定した場合のシミュレーション結果 (幅を強調) 。環の内側にあっても (上側) 外側にあっても (下側) 、細い環が形成されています。興味深いことに、シミュレーションではもう1つのより薄い環が外側に形成されています。 (Image Credit: Amanda A. Sickafoose & Mark C. Lewis.) 】
【▲図3: カリクローに羊飼い衛星が存在すると仮定した場合のシミュレーション結果 (幅を強調) 。環の内側にあっても (上側) 外側にあっても (下側) 、細い環が形成されています。興味深いことに、シミュレーションではもう1つのより薄い環が外側に形成されています(Credit: Amanda A. Sickafoose & Mark C. Lewis.)】

Sickafoose氏とLewis氏は、質量が300億トンの衛星が1つだけ存在し、環との軌道共鳴状態 (※2) にあったとすれば、観測結果と一致する細い環が安定して存在することを突き止めました。衛星の推定直径は約3kmと小さいため、現在の観測技術では発見されないでしょう。

※2…この場合は環の公転周期と衛星の公転周期が簡単な整数比になることを指します。今回のシミュレーションでは、環と衛星の公転周期が整数比にならない場合、衛星が存在しても環が薄くなってしまうことが分かっています。

興味深いことに、今回のシミュレーション結果によれば、カリクローの環は既に発見されている2本に加えてより薄い環がもう1本ある可能性が示されました。しかもその位置はロシュ限界の外側になると考えられています。ロシュ限界の外側では環は一塊の衛星となってしまい、安定して存在しないはずであるため、もしもカリクローに外側の環が見つかれば羊飼い衛星が存在することの間接的な証拠となるかもしれません。

また、2023年には50000番小惑星の「クワオアー」にも環が発見されましたが、この環はロシュ限界の外側で発見された初の環でもあります。クワオアーには衛星「ウェイウォット」があり、ロシュ限界の外側に環があるのは衛星の影響だとする説もあります。今回のシミュレーション研究は環を持つ他の天体にも影響するかもしれません。

■他の可能性も検証される予定

一方で、Sickafoose氏とLewis氏は別のシナリオも検討しています。もしもカリクロー本体の質量の分布に偏りがあり、自転によって重力の強さが極端に変化する場合、羊飼い衛星が存在する場合と似たような環境が生まれます。カリクローの形はある程度知られていて、重力が極端に変化するようないびつな形状をしていないことが分かっているため、このシナリオが正しい場合はカリクロー内部に高密度な芯が存在し、その位置が中心からズレていることになります。

ただし、このシナリオはシミュレーションで検証されていないため、正しいかどうかは不明です。Sickafoose氏とLewis氏は、このシナリオについてもさらなるシミュレーションを行って検討したいと考えています。

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Source

文/彩恵りり