地球中心部で崩壊した重い「WIMP」は見つからず 「暗黒物質」候補の1つに関する研究成果
【▲ 図1: IceCubeニュートリノ観測所は南極点のアムンゼン・スコット基地に設置されている。 (Josh Veitch-Michaelis, IceCube, NSF) 】

宇宙に普通の物質よりも多く存在するとされる「暗黒物質(」。その正体は不明ですが、候補の1つとして未知の粒子の存在が予測されています。南極大陸に設置された観測所「IceCube」で研究を行っているGiovanni Renzi氏とJuan A. Aguilar氏は、暗黒物質の正体として有力視されている「WIMP」 (※)中心部で崩壊した兆候がないかを探索するために、IceCubeのデータを分析しました。その結果、陽子の約100倍の質量を持つ重いWIMPは存在しない可能性がかなり高いことが明らかにされました。

※…「Weakly Interacting Massive Particle」の略、日本語にすれば「弱くする大質量粒子」の意味。WIMPそのものの正体も正確にはよくわかっておらず、単一の素粒子、複数の素粒子の混合状態、複合粒子など様々な説が唱えられている。仮にWIMPが存在した場合、現在理論的に予測されていない素粒子でできている可能性が高いため、素粒子物理学の理論を書き換える必要がある。

【▲ 図1: IceCubeニュートリノ観測所は南極点のアムンゼン・スコット基地に設置されている。 (Josh Veitch-Michaelis, IceCube, NSF) 】
【▲ 図1: IceCubeニュートリノ観測所は南極点のアムンゼン・スコット基地に設置されている(Credit: Josh Veitch-Michaelis, IceCube, NSF)】

■暗黒物質の有力候補「WIMP」は地球中心部に溜まっている?

私たちの宇宙に存在する物質の量は、物質によって発生する重力で推定することができます。しかし、重力に関する観測結果から推定される物質の総量は、光などの電磁波によって観測可能な物質の量と比べて約5倍もの大幅なズレがあります。このズレは、電磁波で観測可能な「普通の」物質とは別に、重力では観測できるものの電磁波では観測できない正体不明の物質が存在すると考えなければ説明できません。「暗黒物質」とはこの正体不明の物質のことであり、その正体を探ることはにおける最大の課題の1つです。

暗黒物質の正体は、観測困難だが普通の物質であるという説から、全く未知の物理学的現象だとする説まであり、多くのことが予想されています。その中でも可能性が高いと考えられている正体の1つが「WIMP」です。WIMPは普通の物質とはほとんどしないため、電磁波で直接観測するのは困難です。一方でWIMPはかなり重いため、重力を介して固まった状態で存在しているという暗黒物質の観測結果を説明することができます。

【▲ 図2: WIMPの崩壊によってニュートリノが放出される過程の簡単な説明。実際の崩壊ではさらに多くの粒子が放出される。 (Image Credit: 彩恵りり) 】
【▲ 図2: WIMPの崩壊によってが放出される過程の簡単な説明。実際の崩壊ではさらに多くの粒子が放出される(Credit: 彩恵りり)】

WIMPの直接観測は非常に困難だと考えられていますが、WIMP同士が衝突して崩壊すると多数の粒子が放出されると予想されていることから、間接的な方法での観測は可能だとも考えられています。意外にも、その機会は私たちの足下にあります。のような密度の高い天体をWIMPが通過すると、速度が低下しての中心部に蓄積し、WIMP同士の衝突・崩壊 (対消滅) が起きやすいと考えられるからです。

■ニュートリノ観測所「IceCube」でWIMPの崩壊を探索

南極大陸に設置された「IceCube」は、南極の氷床を構成する原子と、素粒子の1つ「ニュートリノ」の衝突で生じた光を観測する、世界最大のニュートリノ観測装置です。WIMP同士の衝突による崩壊は多数の粒子を生じますが、これらの粒子も重いためにすぐさま崩壊し、最終的にはニュートリノが発生すると予測されています。この現象が実際に起こっている場合、IceCubeは中心部からの過剰なニュートリノを観測することができるはずです。ただし、ニュートリノはWIMPの崩壊以外にも、宇宙線、太陽、地球の岩石などといったものからも発生するため、それらとの区別が必要です。

IceCubeで研究を行っている国際研究チーム「IceCubeコラボレーション」に所属するGiovanni Renzi氏とJuan A. Aguilar氏は、IceCubeで観測された過去10年分のデータを分析し、WIMPの崩壊によるニュートリノがあるのかどうかを調べました。

その結果、IceCubeではWIMPに由来するとみられる過剰なニュートリノの痕跡は見つかりませんでした。IceCubeの性能を考えると、質量が100GeV (約10のマイナス33乗kg、陽子の質量の約100倍) よりも大きいWIMPは存在しない可能性が高いことを意味しています。これは、WIMP崩壊の観測を試みている他の実験結果とも一致しており、かなり重いWIMPの存在を除外します。

残念ながら、今回はWIMPの検出に失敗しましたが、IceCubeは今後アップデートが予定されており、観測可能なニュートリノの範囲が広がる予定です。アップデート後はさらに軽いWIMPの観測ができるようになるため、見つかる可能性はまだ残されています。また、仮にWIMPが見つからなかったとしても、謎が多い暗黒物質の正体を絞り込むことに繋がりますから、見つからないという事実もまた重要なデータです。

 

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文/彩恵りり