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ブラックホールは重力が生み出す究極的な天体ですが、特異点や事象の地平面のような、現代物理学と相性の悪い性質も存在します。このため、ブラックホールと似ているが異なる性質を持つ天体がいくつか考え出されており、そのうちの1つが「グラバスター(Gravastar / 重力・真空エネルギー凝縮星)」です。

グラバスターは、ブラックホールの代替天体としては最も研究されている有力候補であるものの、この宇宙でどのように生成され得るのか、そのプロセスがわかっていませんでした。

ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ大学フランクフルト・アム・マインのDaniel Jampolski氏とLuciano Rezzolla氏の研究チームは、理論モデルを用いた研究を行った結果、グラバスターの具体的な生成プロセスを解明したと発表しました。今回の理論ではブラックホールの存在が完全に否定されたわけではないものの、この宇宙にグラバスターが存在し得ることを示したという点で注目されます。

ブラックホールは物理学の悩みの種

図1: 銀河M87の中心部にあるブラックホール。撮影画像はブラックホールの理論とよく整合しているため、ブラックホールの代わりとなる天体は、ブラックホールとよく似ている必要があります。(Credit: Event Horizon Telescope)
【▲ 図1: 銀河M87の中心部にあるブラックホール。撮影画像はブラックホールの理論とよく整合しているため、ブラックホールの代わりとなる天体は、ブラックホールとよく似ている必要があります。(Credit: Event Horizon Telescope)】

質量を持つ全ての物体は、重力によって1点に潰れようとする力が働いています。この現象は「重力崩壊」と呼ばれています。これを防ぐには、重力に対抗する力が必要です。惑星サイズまでの物体ならば、原子同士の電気的な反発で半永久的に形を保ちますが、恒星サイズになると事情が変化します。

恒星は中心部で起こる核融合反応で輝いていますが、核融合反応で生じるエネルギーは重力に反発する圧力としても作用しています。しかし、恒星の核融合反応はいつかは止まってしまい、その時点から恒星は重力崩壊を始めます。

重力崩壊がもたらす運命は、恒星が元々持っていた質量によって決まります。恒星の質量が太陽の20倍以下の場合、「縮退圧」と呼ばれる特殊な力が発生し、これが重力と釣り合うため、崩壊が停止します。しかし太陽の20倍以上の恒星の場合、縮退圧でも重力崩壊を防ぐことができません。縮退圧の他に重力崩壊を防ぐ術は知られていないため、本当に1点に潰れてしまうと予想されています。このようにして誕生するのが「特異点」であり、特異点を囲む時空の特定の領域が、良く知られている「ブラックホール」という天体です。

しかし物理学においては、この特異点が厄介な問題を引き起こしています。特異点には全質量が1点に集まっているため、計算上は大きさがゼロ、重力と密度が無限大の点となります。このような性質により、特異点は現代物理学の柱である相対性理論が使えない場所となってしまいます。また、ブラックホールの “表面” である「事象の地平面」より内側からは光も逃げ出せないという性質から、「ブラックホール情報パラドックス」などの他の問題も発生します。

ブラックホールにまつわる問題は、理論的に解決しようとする試みもありますが、そもそもブラックホールの存在自体を回避すれば問題も消え去るという考えから、ブラックホールの代わりとなる天体の出現方法を探る理論研究も進んでいます。ただし、EHT(イベント・ホライズン・テレスコープ)による直接撮影や重力波の観測結果など、ブラックホールの存在なしには説明のつかない現象が、この宇宙にあることも知られています。

従って、仮にこの宇宙にブラックホールが存在しないとすると、その代わりとなる天体も、観察可能な性質がブラックホールと似ている必要があります。

ブラックホール代替天体「グラバスター」とは?

図2: ブラックホールとグラバスターの構造の違い。ブラックホールには事象の地平面と特異点がありますが、グラバスターにはどちらもありません。(Credit: 彩恵りり)
【▲ 図2: ブラックホールとグラバスターの構造の違い。ブラックホールには事象の地平面と特異点がありますが、グラバスターにはどちらもありません。(Credit: 彩恵りり)】

このような背景を基に考え出されたブラックホール代替天体の1つが「グラバスター(Gravastar)」です。これは「gravitational vacuum condensate star」を縮めて作られた用語であり、日本語に訳せば「重力・真空エネルギー凝縮星」といった意味になります。vacuumは直訳するとただの真空ですが、実際は真空のエネルギー、言い換えると「暗黒エネルギー」のことを意味します。

暗黒エネルギーとは、宇宙の膨張速度を加速させていると考えられている正体不明の力であり、重力とは逆向きの力として作用しています。反重力と似ていますが、厳密に言えば反重力とは別の概念となります。

グラバスターの外見はブラックホールと瓜二つですが、中身は全く異なります。グラバスターの内部には暗黒エネルギーが詰まっており、外向きに膨張しようとします。一方でグラバスター自身も重力を持つため、暗黒エネルギーと重力が釣り合う大きさで膨張も収縮も停止した状態となります。このため、重力が強すぎて光すらも逃げ出せなくなる領域は発生しません。

また、グラバスターの重力の源である物質は、特異点という1点に集まらず、暗黒エネルギーと重力が釣り合っているグラバスターの表面で薄い殻を作っています。物質は重力崩壊を起こしていないため、普通の物質とはかけ離れた性質を持つと予想されているものの、それでも物質です。この物質でできた薄い殻は、ブラックホールであるならば事象の地平面が形成される距離よりもわずかに外側に存在するため、グラバスターは事象の地平面を持ちません。

このようにしてグラバスターは、ブラックホールの厄介な問題の原因となる、特異点と事象の地平面という2つを回避しているのです。

このようにグラバスターは、ブラックホール代替天体の中では最も注目されている人気のモデルの1つですが、大きな弱点もあります。それは「グラバスターの作り方が分からない」という点です。グラバスターが生成された後の安定性に関する理論モデルは構築されていますが、恒星のような天体からグラバスターを生成するプロセスが分かっていないのです。

もちろん、この宇宙に暗黒エネルギーが実在するかどうかも決着していないという前提もありますが、仮に暗黒エネルギーが実在するものだとしても、どのようなプロセスを経てグラバスターのような暗黒エネルギーの塊が生成されるのかはよく分かっていません。いくらブラックホール代替天体として優れたモデルでも、現実の宇宙に存在できなければ机上の空論になってしまうでしょう。

グラバスターの作り方を解明!

ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ大学フランクフルト・アム・マインのDaniel Jampolski氏とLuciano Rezzolla氏の研究チームは、理論モデルを用いた研究を行った結果、グラバスターの具体的な生成プロセスを解明したと発表しました。

重力崩壊が起きている現場では、重力の影響で時空の性質が急速に変化しています。今回両氏は、重力崩壊の研究でよく使われている理論モデル「オッペンハイマー=スナイダー崩壊」を基盤とし、暗黒エネルギー由来の、重力に反発する力の存在を考慮に入れ、時空がどのように変化するのかを数学的に解析しました。

図3: 今回明らかにされたグラバスターの生成過程。収縮する時空(赤色)と膨張する時空(青色)がお互いに出会う点(星印)でグラバスターは安定化します。その大きさはブラックホールとほぼ一緒です。(Credit: Daniel Jampolski & Luciano Rezzolla)
【▲ 図3: 今回明らかにされたグラバスターの生成過程。収縮する時空(赤色)と膨張する時空(青色)がお互いに出会う点(星印)でグラバスターは安定化します。その大きさはブラックホールとほぼ一緒です。(Credit: Daniel Jampolski & Luciano Rezzolla)】
図4: 今回の研究成果を基にしたグラバスターの内部構造の想像図。外側の青色部分が収縮する時空、内側の赤色部分が膨張する時空を表しています(図3とは色が逆なことに注意)。(Credit: Daniel Jampolski & Luciano Rezzolla)
【▲ 図4: 今回の研究成果を基にしたグラバスターの内部構造の想像図。外側の青色部分が収縮する時空、内側の赤色部分が膨張する時空を表しています(図3とは色が逆なことに注意)。(Credit: Daniel Jampolski & Luciano Rezzolla)】

その結果、時空は「重力崩壊で収縮する外側の時空」と「暗黒エネルギーの力によって膨張する内側の時空」の2つの領域に分かれることがわかりました。たとえて言うなら、収縮する時空はスイカの皮の部分、膨張する時空は果肉の部分に対応します。

一定時間が経過すると、収縮する時空と膨張する時空はお互いに同じ大きさとなります。すると、重力と暗黒エネルギーの力がお互いに釣り合うため、それ以上は膨張も収縮もしなくなる安定状態となります。お互いが釣り合っている表面の部分では、物質が特異点に崩壊せずに薄い殻を形成します。まさにこれは、グラバスターとして想定されている構造に当たります。

今回の研究で注目されるのは、理論モデルとしてオッペンハイマー=スナイダー崩壊を使ったことです。これは、重力崩壊でブラックホールが生成される過程を探る研究でよく使われる理論モデルであり、現実の宇宙にもある程度対応しています。つまり今回の研究は、この宇宙において、恒星の重力崩壊でブラックホールではなくグラバスターが生成されることが現実的にあり得ることを示唆しているのです。

また、今回の理論モデルで生成されたグラバスターの直径は、ブラックホールとほぼ一緒です。私たちは遠い宇宙にあるブラックホールを観測していますが、実はこれがグラバスターであったとしても、これまでの観測結果と矛盾しないことになります。

とはいえ今回の研究結果は、いかなる条件でもグラバスターが生成されることを示しているわけではありません。今回の研究では、あまりに高密度な天体からスタートすると、暗黒エネルギーによって内側が膨張する前に、重力崩壊によって1点に潰れてしまい、グラバスターではなくブラックホールが形成される場合があることが分かったためです。

ただし、今回の研究で示されたグラバスターになる天体の限界値は、今回とは別の理論で示された限界値(ブハダール限界)よりも小さな値であり、このことは興味深いです。簡単に言えば、グラバスターではなくブラックホールになってしまう天体が、この宇宙には存在し得ないかもしれないのです。

今回の研究は、これまでその方法が不明であったグラバスターの生成プロセスを示したという点で興味深い内容です。この宇宙にあるブラックホールのように見える天体は、実際にはグラバスターであるかもしれません。ただし現時点では、ブラックホールである可能性が否定されたわけでもありません。私たちの宇宙にあるのがブラックホールなのかグラバスターなのかを確定させるには、さらなる研究や観測が必要となります。

両氏はさらに現実の天体に近い条件で理論モデルを適用することで、もっと正確なグラバスターの生成条件を突き止めることを目指しています。また、この研究が進めば、2024年に両氏が存在を予言したグラバスターの入れ子天体「ネスター」が生成される条件が分かるようになるかもしれません。

ひとことコメント

グラバスターはブラックホール代替天体として人気なので、具体的な作り方が分かったのは結構インパクトがあるよ!(筆者)

 

文/彩恵りり 編集/sorae編集部

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参考文献・出典