東京大学と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は5月8日、超小型深宇宙探査機「PROCYON(プロキオン)」について、イオン・スラスターに生じていた問題が解決できず、宇宙機の加速ができないことから、目標としていた小惑星2000 DP107の接近観測(フライバイ)を断念すると発表した。
PROCYONは2014年12月3日に、小惑星探査機「はやぶさ2」などと共にH-IIAロケットで打ち上げられた超小型の深宇宙探査機で、東京大学とJAXAが開発を手掛けた。機体は1辺が約60cmの立方体で、質量は約65kgという小柄な機体だが、小型のイオン・スラスターや深宇宙用の通信装置、カメラなどを搭載しており、立派な小惑星探査機である。
打ち上げ後の状態は正常で、今年4月6日には、「深宇宙での発電・熱制御・姿勢制御・通信・軌道決定に成功すること」、「超小型電気推進系の深宇宙での動作に成功すること」、そして「超小型電気推進系が所定の性能で一定の増速量を達成すること」という3つの項目からなるノミナル・ミッションを達成したことを発表、またアドバンスト・ミッションに位置づけられている「GaNを用いた高効率X帯パワーアンプによる通信」にも成功し、超長基線電波干渉法(VLBI)による航法も実施されている。
そしてPROCYONは究極の目標として、2つの小惑星からなる二重小惑星の2000 DP107のフライバイを目指していた。しかし今年3月10日の運用終了数時間後に、イオン・スラスターの内部で金属ごみ(フレーク)によるスクリーン・グリッドとアクセル・グリッド間の導通(短絡)と思われる事象が発生した。
イオン・スラスターには、イオンを引き出して加速するための、直径0.4mmの孔が数百個開いている。1つ1つの孔は電極となっており、これをグリッドと呼ぶ。イオン・スラスターの放電室でプラズマ化された推進剤は、まずスクリーン電源から高い電圧を与えられたスクリーン・グリッドによって放電室から引き出され、次にアクセル電源から負の電圧を与えられたアクセル・グリッドによって加速され、噴射される。だが、両グリッドが短絡していることで、高電圧を加えられず、PROCYONは加速ができない状態となったのだ。
その後、PROCYONチームは様々な手段を使って復旧に当たったものの、まだ回復にはいたっていないという。
現状のまま飛行を続けると、地球との最接近距離は300万km弱となり、地球スイングバイ(地球の重力を使って探査機の軌道を変更すること)によって小惑星2000 DP107にフライバイするために必要な最接近距離(地球から約50万km以内)まで地球に近づくことができず、また今後、仮にイオン・スラスターが回復したとしても、残された期間では、小惑星に向かうための地球スイングバイ条件を整えることができない状況となったという。そのためPROCYONチームは、小惑星2000 DP107へのフライバイを実施しないことを決定した。
また、小惑星2000 DP107よりも容易に、かつ、科学的成果が得られる距離まで接近できる小惑星は今のところ見つかっていないことから、小惑星の接近観測に関しては厳しい状況にあるという。
ジオコロナ観測装置LAICA(Lyman Alpha Imaging CAmera)による観測や、その他の工学実証実験の継続など、今後のPROCYON運用については、関係者で協議していくという。