2022年3月4日に月の裏側へ衝突する人工物とみられる天体(Credit: Gianluca Masi/The Virtual Telescope Project)

【▲ 2022年3月4日に月の裏側へ衝突する人工物とみられる天体(Credit: Gianluca Masi/The Virtual Telescope Project)】

地球からは直接見ることができない月の裏側。そこに、かつて打ち上げられたロケットの一部とみられる人工物が間もなく衝突するとして話題になっています。

発端は、2022年1月後半に明らかにされたビル・グレイ氏による予測でした。今からちょうど7年前の2015年2月に打ち上げられたスペースX社の「ファルコン9」ロケットの第2段が、2022年3月4日に月の裏側へ衝突する見通しであることが判明したというのです。

グレイ氏は世界中のアマチュアおよびプロの天文学者に向けて有償・無償で提供されている天体シミュレーションソフトウェア「Project Pluto」を手掛けるプログラマーです。この予測は話題を呼び、英国のBBCやガーディアン紙の電子版、米国のCNNをはじめ、国内外の様々なメディアによって報じられました。

このファルコン9の第2段は、宇宙天気観測衛星「DSCOVER」の打ち上げに用いられた機体です(国際識別ID:2015-007B/NORAD ID:40391)。DSCOVERの打ち上げはアメリカ航空宇宙局(NASA)とアメリカ海洋大気庁(NOAA)の共同ミッションで、同衛星を搭載したファルコン9はアメリカ東部標準時2015年2月11日18時3分に、アメリカ合衆国フロリダ州のケープ・カナベラル宇宙軍施設第40発射台から打ち上げられました。

ペイロードのDSCOVERを太陽周回軌道に至る軌道へ投入することに無事成功した第2段は、近地点高度5万6380km・遠地点高度64万1294km・軌道傾斜角34.5度の長楕円軌道を、約24日8時間周期で周回し続けていました。機体に搭載された推進剤は既に使い尽くされ、現在は制御が効かない状態にあるとされています。

【▲ DSCOVRを搭載したファルコン9ロケットの打ち上げ】
(Credit: NASA Kennedy Space Center)

ところがその後、月の裏側に衝突するのはファルコン9の第2段ではなく、中国が2014年10月に「嫦娥(じょうが)5号T1」の打ち上げに使用した「長征3号丙」ロケットに関係する物ではないかとする説が浮上しました。

嫦娥5号T1は、2020年に打ち上げられて月面のサンプルを地球へ持ち帰ることに成功した月探査機「嫦娥5号」のテストとして打ち上げられた試験機です。WIRED Media傘下の宇宙技術系オンラインメディア「Ars Technica」のエリック・バーガー記者は、2月13日付の記事で次のように伝えています。

問題の物体がファルコン9ロケットの第2段ではない可能性に気付いたのは、アメリカ航空宇宙局ジェット推進研究所(NASA/JPL)のエンジニアであるジョン・ジョルジーニ氏でした。この物体には発見当初から実際はDSCOVERを打ち上げたファルコン9の2段目ではなのではないかという疑念が持たれており、仮にもし本当にファルコン9の2段目なのであれば、このような軌道にはなっていないだろうと言います。

指摘を受けて予測の誤りを認めたビル・グレイ氏によると、DSCOVERが打ち上げられた2015年当時、グレイ氏や他の観測者が夜空に未確認の天体を発見して「WE0913A」という仮符号を付けました。さらに観測を続けた結果、この天体がおそらくは人工物体であることがわかり、やがてDSCOVRの打ち上げに使われたロケットの第2段が有力候補となったと言います。

いっぽう中国側は、物体が嫦娥5号T1ミッションに関連する可能性を否定した見解を表明しています。中華人民共和国外交部の汪文斌報道官は2月21日に開かれた定例記者会見の席上、AP通信の質問に対して「嫦娥5号ミッションのロケット上段は地球の大気圏へ安全に突入して燃え尽きた」と回答しました。

ただ、問題の物体は2014年の「嫦娥5号T1」の打ち上げに使われた長征3号丙ロケットに由来する可能性が指摘されているもので、AP通信も質問時に「2014年に中国から打ち上げられた月探査ミッション」と述べています。しかし、汪報道官は2020年に打ち上げられた「嫦娥5号」の名前を挙げており、会見の場で認識に齟齬が生じていた可能性があります。この点に関しては汪報道官の見解を伝えた海外メディアのSpaceNewsや、Project Plutoのウェブサイト上で予測を更新し続けているグレイ氏も言及しています。

さて、ファルコン9の第2段から転じて長征3号丙の関連物と予想される物体は、2月6日から9日頃にかけて地球上の望遠鏡から観測しやすい位置を通過しました。イタリアのアマチュア天文家有志らが運営するリモート天文台「The Virtual Telescope Project!」は、現地時間2月8日夜にその光跡を撮影することに成功しており、公式ウェブサイトに写真を掲載しています。

また、グレイ氏が活動するProject Plutoがウェブサイトに掲載している情報によりますと、この物体は日本時間2022年3月4日21時25分58秒に、月の裏側にある直径約536kmの「ヘルツシュプルング」クレーター内部(北緯5.18度・東経233.55度の位置)に衝突するとされています(誤差は±数秒/数km)。なお、この物体は2022年1月5日にも月から非常に近い距離を通過したとされています。

 

関連:2020年11月から地球を周回している「ミニムーン」やはり人工物だった

Source

  • Image Credit: Gianluca Masi/The Virtual Telescope Project
  • Project Pluto - Pseudo-MPEC for 2014-065B = NORAD 40284 = Chang'e 5-T1 booster = lunar impactor on 2022 Mar 0
  • Project Pluto - Corrected identification of object about to hit the moon
  • The Virtual Telescope Project - Chang’e 5-T1 (not a SpaceX Falcon 9 upper stage) booster going to hit the Moon: a memorable coverage of its last fly-by (8 Feb. 2022)
  • Ars Technica - Astronomers now say the rocket about to strike the Moon is not a Falcon 9
  • 中華人民共和国外交部 - Foreign Ministry Spokesperson Wang Wenbin’s Regular Press Conference on February 21, 2022
  • SpaceNews - China claims rocket stage destined for lunar impact is not from its 2014 moon mission

文/豊原行宏