“第2の月” だった小惑星「2024 PT5」が、本当に月の破片であると判明

2024年9月から11月まで、月が2個になっていたのはご存知だったでしょうか? といっても肉眼で見えるような話ではないですが、直径約10mの小惑星「2024 PT5」が、この時期に地球の周回軌道に入り “第2の月” になっていました。

“第2の月” という言葉は本来比喩表現ですが、少なくとも2024 PT5に対しては直接的な意味合いもありそうです。ローウェル天文台のTheodore Kareta氏などの研究チームは観測データを分析し、2024 PT5は実際に月の破片であると結論付けました。2024 PT5は過去の天体衝突によって月の表面から飛び出した破片の1つであることになります。

月の破片である可能性が高いことが示された小惑星は「カモッオアレヴァ(Kamoʻoalewa)」(※1)に次いで2例目となります。また、カモッオアレヴァとはわずかに異なる性質があることから、月への天体衝突に関する研究など、いくつかの分野の研究に対し、基礎的なデータを提供することになりそうです。

※1…Kamoʻoalewaに対するカタカナ字訳は一般的に「カモオアレワ」ですが、ハワイ語の発音に忠実ではないとされています。より原語に近い表記としては「カモッオアレヴァ」や「カモ・オーレヴァ」などが提案されています。本記事ではカモッオアレヴァ表記とさせていただきます。

「2024 PT5」は数か月限定の “第2の月”

地球の周りを公転する衛星の数を尋ねられれば、普通は「月」のただ1つである、と答えるべきでしょう。ただし厳密な話をすれば、「天然で、かつ恒久的な衛星」という但し書きをする必要があります。と言うのは、地球の近くを通過した小惑星が、稀に地球の重力に捉えられ、地球の自然衛星となる場合があるからです(※2)

※2…より正確な定義は、軌道エネルギー(地心エネルギー)がマイナスになる期間のある天体を “第2の月” としています。

このような小惑星は、専門用語としては「不規則天然衛星(Irregular Natural Satellites; NES)」という言葉がありますが、どちらかと言えば “第2の月” や “ミニムーン” など、より口語的な表現が論文などでもよく使われます。

図1: 地球を固定して見た場合の、2024 PT5の位置の変化。黄線になっている範囲が、地球を重力的中心とする “第2の月” である期間となり、1周する前に地球周回軌道を離脱します。(Credit: Tony Dunn / 日本語の追加は筆者(彩恵りり)による)
【▲ 図1: 地球を固定して見た場合の、2024 PT5の位置の変化。黄線になっている範囲が、地球を重力的中心とする “第2の月” である期間となり、1周する前に地球周回軌道を離脱します。(Credit: Tony Dunn / 日本語の追加は筆者(彩恵りり)による)】
図2: 2024 PT5の地球からの距離と軌道エネルギーを表したグラフ。赤色で示された軌道エネルギー(Geocentric Energy)がマイナスである期間(薄い赤帯で示された期間)が、2024 PT5が地球の “第2の月” であった期間です。(Credit: Theodore Kareta, et al.)
【▲ 図2: 2024 PT5の地球からの距離と軌道エネルギーを表したグラフ。赤色で示された軌道エネルギー(Geocentric Energy)がマイナスである期間(薄い赤帯で示された期間)が、2024 PT5が地球の “第2の月” であった期間です。(Credit: Theodore Kareta, et al.)】

地球の周りでは、常に “第2の月” となる小惑星の捕獲と離脱が繰り返されており、例えば1mサイズならば常時1個以上が地球の周りを周回していると考えられています。ただしあまりにも小さいため、その大半は見つかっていません。2024年8月には、今回の話の主題となる直径約10mの小惑星「2024 PT5」が発見されましたが、これは “第2の月” である小惑星の観測史上5例目のケースであり、地球周回軌道に乗る前に発見された史上初の例です。 “第2の月” に関するより詳しい説明は、2024 PT5が発見された際に書かれた下記の解説記事も参照してください。

“第2の月” は月の破片なのか?

ところで、地球に接近する小惑星は無数にありますが、その大半は “第2の月” になることはありません。地球に対する小惑星の相対速度があまりにも速すぎるため、地球の重力に捕まることがないからです。 “第2の月” となるには、相対速度がかなり遅い必要があります。言い換えれば、小惑星は地球と似たような(太陽中心の)公転軌道を持つ必要があります。

地球と似た公転軌道を持つ小惑星は、長期的には不安定です。なぜなら地球という、小惑星と比べれば極めて強い重力を持つ天体がそこに存在するからです。加えて地球は、月というかなり強い重力を持つ天体を衛星として従えており、地球と月の位置関係は常に変化します。これらの天体が小惑星の公転軌道を簡単にかき乱してしまうため、かなり短期間で別の公転軌道へと変化してしまうでしょう。同様に、外部からやってきた小惑星が、偶然この公転軌道に入り込む可能性も、ゼロではないもののかなり低くなってしまいます。

このため、地球と似たような公転軌道を持つ小惑星は、その多くが月に起源を持つのではないかと考えられています。月の表面に天体が衝突すれば、大小さまざまな破片が飛び散ります。月は地球と比べて重力が弱く、大気も薄いため、破片が月の重力を振り切ることも珍しくないでしょう。

このように、地球と似た公転軌道を持つ小惑星が月の破片である可能性が指摘されているのは、小惑星に関する他の区分である「準衛星(Quasi-satellite)」でも議論されています。準衛星は、一見すると “第2の月” と似ている用語ですが、準衛星と “第2の月” は意味が全く異なる用語であることに注意してください。簡単に言うと準衛星とは、実際には衛星ではないのに、見た目上は衛星であるかのように見える天体であり、 “第2の月” と異なり、どの瞬間も真の衛星ではありません。準衛星については、下記の解説記事も参照してください。

図3: 天然の小惑星であることに疑いの余地がないか、かなり少ないと推定されている “第2の月” の一覧(タップ/クリックで拡大表示)。他の数十例の候補は人工物である疑いがあります。(Credit: 彩恵りり)
【▲ 図3: 天然の小惑星であることに疑いの余地がないか、かなり少ないと推定されている “第2の月” の一覧(タップ/クリックで拡大表示)。他の数十例の候補は人工物である疑いがあります。(Credit: 彩恵りり)】

ただし、 “第2の月” は天然の小惑星ではなく人工物であるという、もっと身も蓋もない可能性もあります。地球の重力を振り切り、月やさらに遠くの天体を目指す探査機を打ち上げると、それを輸送するロケットのステージもまた、地球を離れて独自の太陽中心の公転軌道に乗ってしまいます。これらのスペースデブリはいつまでも観測で追うことはできないため、数年から数十年後に再発見されると、しばらくの間人工物とは気づかれないことが時々発生します。

前章では、 “第2の月” であるような小惑星は5例あると書きましたが、これは天然の小惑星であることに疑いの余地がないか、かなり少ないものとなります。これ以外に数十例の “第2の月” 候補の発見がありますが、いずれも人工物であることが確定しているか、その可能性がかなり高いと考えられています。この中には「2020 SO」のように、正式に小惑星として一時的に登録されてしまうケースもあります。

「2024 PT5」は月の破片と判明!

Kareta氏らの研究チームは、5例目の “第2の月” である2024 PT5について、詳細な観測と分析を行いました。Kareta氏らは当時発見されたばかりの2024 PT5について、2024年8月14日にローウェル・ディスカバリー望遠鏡で、2日後の16日にはローウェル・ディスカバリー望遠鏡にNASA赤外線望遠鏡施設も加わった観測を行い、天体表面からの可視光線および赤外線の反射光から組成を推定するスペクトル分析を行いました。

その結果まず、2024 PT5は間違いなく天然の小惑星であることが確認されました。表面の物質はケイ酸塩を主体とする典型的な岩石であり、また中身の詰まった岩石であることと一致する公転軌道の変化が観測されました(※3)

※3…直径数十m以下の小さな物体は、太陽の放射圧の影響で公転軌道が大きく変化します。この時、中身が詰まっている天然の小惑星よりも、隙間の多い宇宙船やロケット部品の方が、質量あたりの表面積が大きいため、より大きな軌道の変化が観測されます。この性質を利用し、軌道の変化度合いからその物体の性質を知ることができます。

図4: 2024 PT5のスペクトルを、小惑星や月のスペクトルと比較したグラフ。黒色で示された2024 PT5のスペクトルの値と良く一致しているのは、上段の小惑星ではなく、下段の月サンプルであることが分かります。(Credit: Theodore Kareta, et al.)
【▲ 図4: 2024 PT5のスペクトルを、小惑星や月のスペクトルと比較したグラフ。黒色で示された2024 PT5のスペクトルの値と良く一致しているのは、上段の小惑星ではなく、下段の月サンプルであることが分かります。(Credit: Theodore Kareta, et al.)】

スペクトルについてもう少し詳しく調べて見ると、どの小惑星とも微妙に一致しない結果が得られました。むしろ一致するのは、過去の月探査計画で持ち帰られた月のサンプルです。月のサンプルと2024 PT5では、わずかに異なる性質を示す可能性を考慮したとしても(※4)、典型的な小惑星と性質が一致しないことを考えれば、2024 PT5は月の破片である可能性が高いと考えるのが自然です。Kareta氏らはこれらの結果を元に、2024 PT5は月の破片であると結論付けています。

※4…調べられた月のサンプル(ルナ24号・アポロ14号・アポロ17号で採取されたもの)は粉末状ですが、2024 PT5は宇宙空間で高速の自転をしていることが示唆されているため、表面の粉末は剥がれ落ちてしまう可能性があります。粉末と塊ではわずかに異なるスペクトルを示すことがありますが、今回はデータの質の問題や、他の小惑星とのズレが大きいことを考慮し、月と一致するという結論を出しています。

同じく月の破片である「カモッオアレヴァ」と比較

図5: カモッオアレヴァが月から飛び出した破片を起源とする可能性を念頭に描かれたイメージ図。今回の研究ではここに2024 PT5が加わることになります。(Credit: Addy Graham(University of Arizona))
【▲ 図5: カモッオアレヴァが月から飛び出した破片を起源とする可能性を念頭に描かれたイメージ図。今回の研究ではここに2024 PT5が加わることになります。(Credit: Addy Graham(University of Arizona))】

正体が月の破片である可能性が高いと考えられている小惑星は珍しく、確実とみられている例は他に469219番小惑星の「カモッオアレヴァ」しかありません。カモッオアレヴァは準衛星であり、2024 PT5と同じく、地球と似たような公転軌道を持ちます。そして2024 PT5が月の破片であることが確実視されたことで、初めて比較研究が行えるようになりました。

2024 PT5と比べると、カモッオアレヴァはごくわずかに赤っぽい色をしています。このような赤っぽい変色は「宇宙風化」の兆候を示していると考えられます。大気や磁場などの保護するものがない真空の宇宙空間に長期間物体が晒されると、電気を帯びた粒子や微小隕石の衝突によって表面に物理的・化学的な破壊が生じます。これが宇宙風化です。

カモッオアレヴァがいつから宇宙空間を漂っていたのではないかは定かではないですが、2024年の研究では、100万~1000万年前に生じた「ジョルダーノ・ブルーノ」クレーターを起源とするのではないかとする説があります。また、カモッオアレヴァの宇宙風化の度合いや、公転軌道が比較的安定していることから考えると、カモッオアレヴァが数百万年間宇宙空間にあったと考えても特に矛盾しません。

この事実を踏まえると、宇宙風化がそれほど進んでいない2024 PT5はより “若い天体” であり、カモッオアレヴァよりも後の時代に月から飛び出したと推定されます。これは、両天体の大きさから考えても矛盾しません。推定直径は、カモッオアレヴァが40~100mであるのに対し、2024 PT5は約10mです。小さな破片を宇宙に飛び出させるには、小さな天体衝突でも十分です。そして小さな天体衝突は大きな天体衝突よりも高頻度で起こるため、2024 PT5を飛び出させるような衝突が、数百万年より短い間隔で起こったとしても不思議ではありません。

いずれにしても、月の破片と推定される小惑星が2つ見つかったことは大きな成果です。2つの天体を比較する研究ができるだけでなく、お互いが似ている性質を持っていることから、カモッオアレヴァや2024 PT5が極端すぎる性質を持つ非典型的な天体ではないことがはっきりするからです。今回の研究成果は、月への天体衝突の頻度の推定だけでなく、更なる月の破片や “第2の月” 捜しに対する基礎的なデータとなるでしょう。

 

Source

  • Theodore Kareta, et al. “On the Lunar Origin of Near-Earth Asteroid 2024 PT5”. (The Astrophysical Journal Letters)

文/彩恵りり 編集/sorae編集部